第3話 社長の憂鬱

 恥の多い生涯を送って来た。

 自分には、会社の仕事というものが、見当つかない。自分は東北の田舎に生れたので、地下鉄をはじめて見たのは、よほど大きくなってからだった。 



 ……なんて感じで一日も早く、こんな仕事は辞めたいと思っている。

 毎日思っている。

 「恥の多い仕事」っていうのがあるなら、まさに今やっているこの仕事のことだと思う。


 経営多角化企画という社内コンペに必ずひとりひとつは応募すること、という時間外労働ありきのまったくもってブラックな通達があった。

 やる気のなかった俺は趣味全開の企画書を提出して、これならよもや採用はされまいと思っていたら、どういうわけか取締役会全会一致で採用されてしまった。

 他の連中はどれだけつまらない企画を提案したんだ!?


 まとまった額の予算を預けられ、社内ベンチャーとして総務部に机と電話をひとつ貸し与えられた。

 パソコンは専用に一台貸与されたが、電話とFAXは総務部と共用だった。


 課題は山積みだが、自分がさっさと手を引けるように半自動的にまわる仕組みを作ること、コストをかけるところと手を抜くところのメリハリが最優先だ。

 経理システムと通販を含むホームページの作成は系列子会社に格安で発注できた。

 店の場所は秋葉原一択だろう。逆にそこであれば、雑居ビルの上層階だろうが地下だろうがむしろ隠れ家的でいいかもしれない。

 内装は知り合いのデザイン事務所にほぼ実費のみでやってもらえることになった。

 先方の担当もノリノリだったから、きっとそういう趣味の人だったのだろう。

 実際に作業する工務店の社長は苦り切った顔をしていたけれど。


 表に出るスタッフ(つまり「メイド」だ)はホームページで求人募集するとともに、系列の人材派遣会社に優秀な販売スタッフを何人か斡旋してもらった。店の繁盛具合と本人の働き方次第では正社員への登用もあり、だ。実際、今フロアを仕切っている女性は優秀で、先日正社員への登用を本社に具申した。

 メイドは接客さえしっかりできれば読書好きかどうかとかはどうでもいい。むしろ本、特に「薄い本」に対する愛着とかはかえって邪魔だ。仕事と割り切って、失礼な言い方だが主な顧客になるであろうオタク相手にも「普通」に接客できる技術があればそれでいいのだ。


 逆にそれを支える仕入部門こそがこのベンチャーの肝だ。

 深夜アニメや新刊のコミック、ライトノベルを隈なくチェックしオンラインゲームもたしなむ、そんな人として終わっているような人たち。

 SNSや各種投稿サイトをチェックしまくり、あたりをつけた人物には片っ端からメールを送った。

 絵を描ける人、書評サイトでのレビューが秀逸な人、それからそういったオンライン上のゆるいコミュニティで人の輪のハブとなっている人だ。

 言っちゃなんだが、オタクは自分の趣味に突き抜けていることが多いから、その人の言うことを鵜呑みにすると大外れを引くことがある。リスク回避のためにも、極端なオタクが自分にしか通じない言葉で熱く語る面白さを、普通の人に判るように翻訳できる「凡庸なオタク」が必要なのだ。売れそうかどうかの見極め、オタクたちの取りまとめ、あわよくばマネジメントまでできそうな人物。

 使える奴に育ったら、これも正社員に登用だ。


 そもそも返信が来ない人も多かったし、報酬のあまりの低さに一度上げた手を降ろした人も多かった。

 それでも数撃ちゃ当たるで、充分な人数は確保できたし、何人かは玉石混交の「玉」の原石みたいな奴もいた。

 特に拾い物だったのが、何通りもの絵や字体を描き分けられる少年だった。おまけにキャッチコピーのセンスもいい。

 POPはキャッチコピーを書かせる奴と、絵や文字を描かせる奴を何通りも組み合わせて作るつもりでいたのだけれど、こいつにならひとりで5人分くらいの仕事を発注できそうだ。書評サイトの選書やレビューのセンスもいいから、時々フリーハンドで好きに動かしたら面白いものが出来るかもしれない。


 万引きやメイドに対する痴漢は間違いなく発生しそうだから警備会社にちょっと特殊な依頼をしたが、その分報酬も上乗せしたおかげで、変なコスプレみたいな格好をさせることになってもきちんとした人物を派遣してくれた。


 そして肝心の商品調達。ここに初期の資金のかなりを費やした。

 コミックやライトノベルの新刊は、書籍取次を通して注文してもなかなか希望通りの数は納品されない。ならばいっそ取次を飛ばして直接取引、しかも委託販売ではなく買い取りで話を持ちかけた。取引する出版社の数は限られているから経理事務は一般の書店に比べてむしろ楽かもしれないレベルだ。

 手持ちの資金をドンと開示して、前金でむこう3年分の新刊の希望部数の買い取りと、優先的な重版の買い取り(というか、こちらの希望数をうちのために刷ってもらうのだ)契約を交わすことに成功した。


 スモールワールド理論というものがある。

 知り合いの知り合いをたどっていくと、5人くらいのつながりで世界中の人とほぼつながる、というものだ。

 うちで雇った(正確には、その都度仕事を発注する個人事業主だが)オタクたちのつながりで、薄い本界隈の大手サークルの主催者とはほぼ連絡が取れた。

 一定の資金援助と買い取りの契約で目玉の新刊はうちの店に並べられることになった。



 POSレジは顧客管理システムとリンクしている。

 そこから顧客の属性と読書傾向のビッグデータ(と呼ぶにはあまりにも小さいが)がフィードバックされて仕入に活かされる。

 また、レシートには接客の評価のアンケートサイトに繋がるQRコードを印字し、メイドたちの評価にをしてもらっている。(結果的にどの顧客がどのメイドをお気に入りかもそれで判ってしまうのは内緒の話だ:危険な兆候があったら本社総務部のそういう部署に動いてもらうことにしている)



 そして全てのスタッフや取引先とはこれら一切のシステムに関する守秘義務契約を交わした。

 ネズミーランド並の厳しさだ。

 POPのライターや絵師は少しずつ入れ替わったりしているが、今いるスタッフの人脈で探しているから、情報漏洩の心配はほぼない。

 メイドもだんだん派遣を減らして人件費の安いアルバイトにシフトしているが、面接段階で守秘義務契約の話をして脅しをかけているから、こちらもまず心配はない。かつて酔った勢いでポロッとSNSに漏らしてしまった子がいたが、本社の顧問弁護士を使って、2親等までみな破産するような慰謝料をせしめて、その事実をそれとなくネットに流した結果、都市伝説のようにこの店の裏側に触れるのはご法度という空気が定着した。


 

 こうして、オタクの殿堂は出来上がった。

 メイドたちによる、あざといがそつのない接客。

 気の利いたPOPが眼を惹き、見逃していた思わぬ良作にも出会える。

 よそでは売り切れて重版待ちの話題の新刊も、ちょっと前に流行ったシリーズも、ここに来れば99%手に入る。

 暑い中、寒い中、ビッグサイトで行列したのに、完売で買えなかったあの新刊もここにある。



 売場を回す気の利いたメイド長。

 抜群の仕入センスを持つオタクのリーダー。

 ときどき思いがけない良作を発掘してくる少年。

 ここまで作れば、俺の仕事はもう終わりだろう。

 本社に戻ったら、ひとつ役職が上がるんじゃなかろうか。



 いい知らせと悪い知らせがある、本社の元上司から電話があった。

 どっちから先に聞きたい?


 いい知らせは、フロアリーダーの女性と仕入リーダーの青年が無事正社員に登用された。

 悪い知らせは、池袋に2号店を出すことになって彼女がその店長として指名されたから、君にはまだしばらくそちらで社長をやってもらうことになる。


May Be fin

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