夏色の残滓
ごんべい
夏色の残滓
どこかの街の、どこかの浜辺で海を眺めていた。
僕はいつまでも大人になりきれない子ども。人生という時間を浪費し、生きているのか、死んでいるのか、よく分からないままに呼吸をしている。
別に、過去に何か嫌なことがあったわけじゃない。
僕は生まれたときからそうなのだ。何事にもやる気が起きない。ただ、ぼーっと景色を眺め、スマートフォンを眺め、映像を眺め、活字を眺め、世の中を眺め、ずっと傍観者でいられるつもりでいた。
だけど、現実はそうはいかない。僕には当然、子どもから大人になるべき時期がやってきた。
何かに理由を求めたかった。
誰かに責任を押し付けたかった。
だけど、無理だった。自分という人間の下らなさが今の状態を引き起こしている。
大学は中退、まともな職にも就けず、フリーター。落ちぶれた僕をまともに相手してくれる人がいるはずもなく、ただ僕は自らの怠惰さの結末を糾弾されている。
親には申し訳ないことをした。友達には合わせる顔はない。先生には二度と会いたくない。
だから、僕の隣にいる彼女は僕の記憶が生み出した、残り滓だ。
「君、ずいぶんと元気が無いね」
涼しそうなノースリーブのワンピースに、麦わら帽子。彼女の周りだけ、気温が下がっているかのような清涼感がある。
潮風に吹かれる腰まである艶やかな黒髪が綺麗で、僕はつい見惚れてしまった。
「元気だしなよ。まだ、君は大丈夫だから」
そう、声をかけて欲しい。
誰かに無価値な僕の存在を認めて欲しい。だから、彼女の口から漏れ出る言葉は全部僕の妄想だ。
「ほら、立ち上がって、勇気を出そう? 私がついてるよ」
そんな都合のいい存在はいない。この世の中のどこにも。せめて記憶の中だけでも彼女に慰めて欲しくて、幻覚を見ている。
君は、僕に振り向いてはくれなかった。当然だ。僕は君を眺めていただけ。
「無理しなくていいから。辛いこと全部受けとめてあげるから」
僕がまだ学生という身分だったころ、遠くから眺めていた。廊下ですれ違って微笑みかけてくれるだけで、嬉しかった。
それだけで、満足だった。だけど、それだけで満足すべきじゃなかった。
僕はもっと、何か、頑張るべきだった。せめて自分が好きになった相手くらいには、好きになってもらう努力をするべきだった。
「だから、泣かないで。男の子が泣いてちゃダメだよ」
ああ、そう。僕の中で、僕はいつまでも子どもだから。空想で語りかけてくる君の姿はいつも、学生の頃で止まっている。
そして、空想の温もりが消える。
波が寄せる音で、君の声が聞こえなくなる。ジリジリと僕を照らす太陽で、君の温もりが消える。
君が、他の誰かと付き合ったという噂を耳にした、そのときの記憶を、潮風が運んでくる。
ああ、僕はまた、君の残滓に失恋する。
夏色の残滓 ごんべい @gonnbei
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