後編
エンドロールを最後まで見終わってから、映画館を出た。外に出たら、太陽の光がとても眩しくて仕方なかった。目をゴシゴシとこする。そっと目を開けたら、彼のものとよく似た背中を雑踏の中に見つけた。
――あ!
心の中で彼じゃないと思いつつ、走り出さずにはいられなかった。角を曲がって行った背中を追いかける。
遅れてわたしも角を曲がったのだけれど、やっぱり求めていた姿はなかった。気のせいだったのか、見失ってしまったのか。もしかしたら、その両方なのかもしれない。
「急に走り出したから、びっくりしたよ」
ふいに声をかけられて、ふり向いた。駆けてきた吉田さんが、息を切らし立っている。そこで、吉田さんを置き去りにしてきたことにようやく気づいた。
「わたしったら……ごめんなさい。つい夢中になっちゃった」
「いいよ、別に。気にしていないから。僕を忘れたんだから、よっぽどワケがあったんだろう?」
「ちょうど知っている人を見かけたの。ずっと会っていないから思わず……でも、ちがってた」
「そうか、残念だったね。僕にも、そういうときがあるよ。元気だったら、きっとどこかでばったり会えるさ」
わたしと吉田さんは、仕事先の関係で紹介されて知り合った仲だ。デートは、これで三回目。交際は、まだ一か月にしかならないけれど、お互いの性格や好きなものなどを学び合い、絆をつくっているところだ。いつのまにか穏やかに流れる彼との時間が大切になっていた。好きすぎて、いっぱいいっぱいだった初恋と比べたら、ウソみたいに余裕まである。
「藤岡さんは、SNSとかやらないの? どうしても消息を知りたかったら、検索するって手もあるけど」
「ううん。そこまではしたくないの。会えるときは、きっと嫌でも会えると思うし」
「いいね、そういうの。僕は好きだよ。なんか運命的って感じだね」
吉田さんは、聞いていて恥ずかしくなることを真顔で言う。それが耳に心地よく響いて、妙にくすぐったい。
前の泣きたくなるような恋とは、まるで正反対の恋だ。
何年も引きずっていた初恋とさよならをしたあの日――中納と最初で最後のキスをかわした夜から一週間後、わたしは彼にメールを送った。『貸してあげたパーカーは、返さなくていいです』と、たった一文だけ。あとになって、中納の事情を聡くんから聞かされたからだ。彼とのあいだに授かった子供を、彼女が流産したらしい。
『でも、これだけは本当だ。おまえは、俺なんかが手を出せないぐらい、他の誰よりも大切な女の子だったよ』
それに彼の本心を聞けたから、これで終わりにしようと思った。彼への思いを断ち切ることにしたのだ。
やがて、わたしも吉田さんと結ばれることになるだろう。二人によく似た子供が何人か生まれて、一緒に老いていけたらと願っている。だけど、中納のことはきっと忘れないと思う。思い出して、深く息を吐くことがあっても。
「今日はあったかいな。小春日和だ。影がはっきりしている」
吉田さんの言葉に促されて、足元を見た。やわらかな日差しが降り注いだアスファルトには、縹色の空よりもずっと濃い二つの影が落ちている。
「そうだね。あったかくて気持ちがいいね」
彼を見上げて、わたしが答えると、吉田さんはわたしの隣に来た。慰めるようにピタリと腕と腕をくっつける。彼の優しさがじんわりと胸に染み渡った。
「行こうか、おなかがすいただろう」
「駅前に新しいカフェができたんだって。そっちに行ってみない?」
その腕に自分の腕を絡ませて、わたしたちは歩き出した。
今度は、きっと、この腕を離さない。
(END)
深く息をはく。 このはな @konohana
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