第十一話 『感情が肉体を凌駕しちゃった』

 王⁉

 帝国なのに王かよ! ……とかは置いといて、出てくるの早すぎだろ!

 今の二人では、太刀打ちできないんじゃないか?


 そうこうしている間に、ディプレスというらしいその男は、地面に向かって手招きをした。すると地面を割って戦闘員が生えてきた。二十人は居るか。

 ディプレスは相手にしないとして、二十人の戦闘員をアネットとターヤだけで倒すことができるのか、俺にはわからない。

 俺は何もできない。くそっ、歯がゆい!


「おい、ダリー」


 ディプレスが戦闘員に命令した。ざらついて、いやらしい響きを感じる声だ。


「そこに倒れている、新しい祓魔姫ふつまひめに挨拶したい。お連れしろ」


 戦闘員は「ダリー!」と返事をすると、隠れている俺たちの横を素通りし、倒れたピュリメックとピュリルーンの所へと向かう。そしてそれぞれを二人がかりで羽交い締めにすると、ディプレスの目の前に引き摺っていった。

 屋上で睥睨するディプレスの前で、並べられた二つの十字架で磔にされたようなピュリメックとピュリルーン。彼女たちから滴り落ちる水滴は、流血のように痛々しい。


「初めまして、新しい祓魔姫ふつまひめ。私の名前はディプレス。ヴォイダートの王にして、虚無をもたらすものの王。この世界を虚無に染めるためにやってきた」


 ディプレスが勝ち誇った笑みを浮かべながら挨拶する。だが祓魔姫ふつまひめは、力なく戦闘員にぶら下げられ、辛うじて浅い息をしていることだけ確認できた。


「?」


 ディプレスが首を傾げると、ふわりと浮き上がり、ピュリメックの前に着地した。


「十年前の祓魔姫ふつまひめは、もうちょっと骨があったかと思うが……おい、聞いているのか?」


 ディプレスがピュリメックの顎を持ち上げ、その姿勢から平手打ちを喰らわせる。


「くぅっ」


 ピュリメックが小さく呻く。


(あの野郎! ひかるに何しやがる!)


 俺の脳は、瞬間的に沸騰した。

 手近にあったコンクリート片を引っ掴み、腕を振りかぶる。


「や、やめろ! 僕たちには手も足も出ない!」

「落ち着いて!」

「わかってる、わかってる……」


 俺は何とか気持ちを落ち着けようとして、自分に言い聞かせた。

 が、


「ふんぐあーーーっ!」


 怒りが理性を凌駕し、気がつくと俺の腕は全力でコンクリート片を投げつけていた。

 その瓦礫はディプレスを掠め、ウノシーのストロー内に吸いこまれていった。ナイスコントロールじゃない、偶然だ。


「ウッ、ノォ~~~!」


 咳きこむウノシー。

 やがて、


「ノシ、ノシ、ノッシ!」


 ウノシーが思い切り咳払いすると、コンクリート片の詰まったストローがぽろっと抜け落ち、地面に転がった。

 呼吸を落ち着ける仕草をするウノシー。

 しかし、その前でディプレスは、肩で息をして、呼吸を高ぶらせていた。

 よく見れば、頬にうっすらと傷ができ、黒い血液がうっすらと滲んでいる。どうやらコンクリート片がかすったらしい。


「おのれ……人間の分際で……」


 俺に傷つけられたことにすっかり激高して、肩を振るわせるディプレス。


「あああーーー、何てことを!」

「まずいまずいまずい! どうしよう!」


 俺の周りをアネットとターヤが走り回り始めた。


 どうって……


 まずは、アネットとターヤを抱えて、ただ後ろ向きに逃げたら攻撃されるから、次の隠れ場所は後ろのマンションか。でも逃げたらピュリメックとピュリルーンが……

 ディプレスの挙動を窺っていると、奴はステッキで軽く地面を小突いた。

 どんっ。

 視界が急にぶれ、俺は地中からの音波のような衝撃に見舞われた。身体が五十センチは跳ね上げられ、仰向けに倒される。


「ぐあっ!」


 内臓に直接振動を加えられるような、不快な衝撃。思わず胃を抑えて吐き気を堪える。

 うずくまる俺の左右に、アネットとターヤが落ちてきた。彼らの方が軽い分、受けた衝撃も大きかったようだ。落下した二匹は激しく咳きこみ、のたうち回っている。


「そこに隠れている奴らを全部引きずり出せ! 八つ裂きにしてくれる!」


 ディプレスの命令で、戦闘員が二人の祓魔姫ふつまひめを放り投げて俺たちに向かってくる。思考フェーズは強制終了だ。まずはアネットとターヤを……

 考える前に身体が動いた。両腕に二匹の妖精を抱え、身体が反射的に回れ右をする。

 だが、身軽な戦闘員の方が足が速い。そして後ろから、ディプレスの姿が!

 いざ走り出したものの、戦闘員の雑多な足音はすぐ後ろに迫っていた。


 終わりか……

 走りながら捕縛されるのを意識した。


 その時――


 ヴィーン……ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!


「ダリー?」

「ダリー!」

「ダリー……」


 背後で爆音が響いたかと思うと、ばたばたと戦闘員が倒れていく音が聞こえてくる。じきに追っ手の足音はなくなっていた。


「…………?」


 恐る恐る振り返る。

 二十人の戦闘員は皆揃って、黒い血だまりの中に倒れ伏していた。

 そして、隣に立っていたファミレスの屋根には、ガトリング砲を小脇に抱えたピュリメックと、倒れたまま片手でキツネの影絵をして、辛うじて生存をアピールするピュリルーン。


「お前ら、いつの間に⁉」


 ディプレスが怒りの余りに奥歯をバリバリと鳴らす。


「戦の傷を癒やす『火星・弐の護符』を、ピュリルーンから受け取ったの!」


 ピュリメックが、じゃきっとガトリング砲を掲げて微笑む。

 そうこうしている間にピュリルーンも光に包まれ、彼女もよっこらしょと立ち上がる。

 先にパートナーを回復させるなんて、ピュリルーンは優しいな。


「私たちは、チームなの! 各個撃破しなかったのが、運の尽き☆」

「やってくれる!」


 ディプレスが拳を握る。だが、彼は無理矢理怒りを押し殺した。


「……だが、新しい祓魔姫ふつまひめに出会えたのはよかった。久しぶりにいたぶり甲斐のある新鮮な祓魔姫ふつまひめだ。今度また遊んでやるから、まずは私が直々に作ったウノシーを倒して見せるがいい!」


 ディプレスは薄笑いを浮かべると、虚空に門を発生させ、その中に消えていった。


「気まぐれだけど、消えてくれて助かった」


 ターヤが胸をなで下ろす。


「ウノシーだけなら、何とかなりそうね」


 アネットも心底安堵した表情を浮かべていた。

 確かに、発する威圧感からして恐ろしい相手だった。妖精たちが心から安堵しているのもわかる気がする。


 二人の祓魔姫ふつまひめは、ファミレスの屋根から跳ぶと、俺とウノシーとの間に割って入った。


「これよ、これ! ピンチの後にテンションマックス!」

「二人でかかれば、どうにでもなるわ☆」


 完全回復した二人は、自信に満ちあふれていた。まるでパワーアップしたかのようだ。


「いくよ、ピュリルーン」

「オッケー。……召喚、太陽霊・陸の型☆」


 ピュリルーンの投げた護符は、ピュリメックのドレスに吸いこまれていく。すると、彼女の身体が徐々に色と輪郭を失っていき、ついには姿が見えなくなってしまった。


「う……ウノシー?」

「こっちよ、妖魔さん! ルーン・ホーミング・エネルギーボルト!」


 ピュリルーンの掌から、三本の青白く光るエネルギーの矢が飛び出した。上空で旋回したエネルギーは敵の姿を認めると、踊るように飛びながら妖魔に体当たりを敢行する。


「ウノシー!」


 腕のフォークとスプーンがエネルギーを斬り払う。しかしその瞬間、爆発的なエネルギーの奔流が流れこみ、妖魔に衝撃を与えていた。


「ゥゥゥウノシー!」


 苦痛と怒りに任せ、ピュリルーンに背中のポテトを乱れ投げるウノシー。丸太のようなポテトを乱れ飛ばす怪物の攻撃に、ピュリルーンに防御を余儀なくさせる。


「ナイス集中攻撃☆」


 籠手を構えながら、微笑むピュリルーン。


 刹那。


 ぞぶり。

 ウノシーの白い身体に穿たれる刺し傷。


「ウウウ……!」


 ぞぶり、ぞぶり……

 突然我が身に開いた傷跡に、ウノシーは呻き声を上げた。白いコップ型の身体から吹き出す、黒い血液。


「よそ見はいけないわね……」


 妖魔の傷口に、細い槍の穂先が現れる。そこから槍の生えた白金の籠手と光る長手袋、細い腕、そして、先ほど姿を消したピュリメックの姿が現れた。


「ウウウ、ウノ……!」

「もう遅いよ☆」

「ぅおおおおおおっ、メック・コレダー!」


 ピュリメックの両腕から、紫色の電撃がほとばしる。槍を通して無理矢理流しこまれた超高圧電流は、雷鳴のような轟音を立てながらウノシーの腹の中で狂喜乱舞するように暴れ回る。


「ウノシー……」


 ついにストローから黒煙を上げる妖魔。


「ふんっ!」


 ピュリメックが妖魔の腹部から槍を引き抜き、蹴飛ばしざまに宙返りをして間合いを広げる。


 どぅっ。

 初めてウノシーが倒れた。

 やっと弱ったのか。


「とどめ、行くよ!」

「わかった☆」

「プラスチックゴミにしてあげる……メック・ピュリファイアー!」


 起き上がろうともがくウノシーに、容赦なく黄金の大砲をぶっ放すピュリメック。

 妖魔の腹部に開いた大穴に、さらに狙いを定めるピュリルーン。


「ルーン・ピュリファイアー! タイプ・ベールゼブブ!」


 ウノシーの足下にぼうっと現れた魔法陣からハエの大群が現れ、ウノシーの身体といい、旨そうなハンバーガー状の頭部といい、手当たり次第に喰い始めた。そして、ハエどもはものの数秒でその身体を完全に喰い尽くし、一匹残さず魔法陣の中に消え失せた。





「排除、完了!」

「お仕置き、おしまい☆」


 ……終わった。

 見回せば、大破したファストフード店、コンクリートの露出したマンション、薙ぎ倒された街路樹、至る所が陥没した道路……

 まるで……戦場のようだ。


 あれだけの攻撃を受け、一時は重傷だったはずの祓魔姫ふつまひめたちは、堂々と勝利宣言している。

 俺と二匹の妖精は隠れ場所から飛び出し、祓魔姫ふつまひめたちの元へ駆け寄った。


「ごめんっ!」


 ヘッドバットする勢いで頭を垂れ、開口一番に謝る。


「ごめん、二人とも。俺のせいでピンチになった」

「そんなこと、ないよ☆」


 ピュリルーンがしゃがみこみ、アスファルトが広がる俺の視界に、笑顔とアンスコを割りこませた。


「古屋君が、攻撃を分散することを教えてくれたから、おとり攻撃を思いついたんだよ☆」

「そ……そうよ」


 ピュリメックも、取って付けたように同意する。


「それに、ピンチを体験できて楽しかったし……」

「ピュリメック? それどういう……」

「何でもないっ!」


 ピュリメックは何かを隠すように、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

 皆の顔から微笑みとも苦笑ともとれないものが漏れる。





 しかし……

 こんな闘いを、これからも続けていかなくてはならないのか。

 幹部が作ったウノシーが特別に強いのか。それとも、これからは今のように強力なウノシーと連戦していかなくてはならないのか……

 俺は……助言だけで二人を勝利に導き、晴れて祓魔姫ふつまひめから解放することができるのか?


 今日の一戦は、いろんなことを考えさせられた。しかし、一つだけはっきりしたことがある。


 俺たちはディプレスを倒さない限り、平穏な毎日には戻れないということだ。

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