第四章 女子に前線を任せて自分だけ管制塔役なんて無理だと思った
第十二話 『妖精の国へご招待』
「『二人に増えた謎の少女は、未確認構造物と闘い、街を守っていた』か。この前も、うちの近くであったな。この辺りも物騒なことだ。現場の舗装も、まだ修理していないみたいだし、守も気をつけるんだぞ」
「『謎の少女』が勝ってるんだから、今のところ安全なんじゃない?」
土曜日の朝食。
ダイニングでカフェオレを飲みながら新聞を読む父さんに、俺は極力興味のないふりをして答えた。
メディアの力は恐ろしい。新聞やテレビが
「ふーん、その子たち、学校とか大丈夫なのかしらねぇ」
「何にせよ、こんな子どもに危険なまねをさせないで、警察がもっと頑張ってほしいもんだな。ごちそうさま」
父さんは食卓を立つと、出張の準備を始めた。
俺もその『危険なまね』の片棒を担いでいると知ったら、父さんは何と言うだろうか。
いやいや、心配をかけるわけにはいかないな。
父さんが家を出た後、朝食の片づけを終えた母さんも仕事に出かけていった。今日から泊まりの仕事があるとかで、しばらく帰ってこない。
今日は二回目の作戦会議だ。
ひかるの家も詩乃さんの家も今日は両親が居ないということだが、女の子の家に押しかけるのもどうかと思ったので、今回も我が家を提供することになった。もっとも、ひかるは自分の部屋に俺たちを入れることを頑なに拒んでいたし、詩乃さんは「占いによると、古屋君の家が最高」とか言っていたというのもあるが。
「今回は、提案があるわ」
部屋に集まるなり、アネットが口を開いた。
皆が赤い狐に視線を向ける。
「ピュリメックとピュリルーンを女王様に謁見させ、女王様にパワーアップをお願いするの」
「私たちを?」
ひかるが目を丸くする。
「可能なの?」
「もちろんだよ」
ターヤが懐のポケットから、紙片を何枚か取り出す。こいつ、有袋類だったのか?
「ここにあるチケットは、『境界の門』の使用許可証、イマジナリアの入国許可証、女王様との謁見許可証だよ。これがあれば、二人は女王様にお目にかかることができる」
「これからの闘い、最後に闘ったウノシーと同じか、それを上回る戦闘力をもつ個体が出現してもおかしくないと思うの。それらと満足に闘うためには、
「やる」
詩乃さんが即答する。
「ちょっと待ってよ」
ひかるが止める。
「大丈夫なの?」
「大丈夫って?」
アネットが問い返す。ひかるは話を続けた。
「妖精界に人間が入ること、女王様が本当に力を貸してくれるのかということ、そのチケットでちゃんと人間界に戻ってこられるのかってこと」
「一応、チケットは往復有効よ」
「それに、女王様も、最近のヴォイダート帝国の隆盛に頭を悩まされているから、きっと
ひかるの不安に、二匹の妖精は何の懸案もないように答えた。
「あのさ、ターヤ……」
俺もいろいろ聞きたいことがあった。
「その『境界の門』って、チケットがないと使えないのか?」
「使えないことはないけど……一応、チケットがない者の使用は禁じられているよ」
「この前、ディプレスが門を発生させてワープした。ということは、ヴォイダート帝国に『境界の門』のレプリカが建設されたのは、ほぼ確実か?」
「残念ながらね。そのために人間界にウノシーが大量発生していると、僕は考えている」
「もう一つ。
その言葉に、ターヤが顔をしかめる。
「おお、何と恐れ多い!」
「仕方ないわよ」
なだめるアネット。
何だ? 闘えない理由でもありそうだな。失礼なこと聞いちゃったかな。
「実は、女王様は代々、イマジナリアが黒ウィルの影響を受けないよう、国全体を覆うバリアーを張るというお仕事があるの」
「そりゃ……とてつもない仕事だな」
「それにより、イマジナリアは黒ウィルの影響を受けず、安全に浄化されたウィルを汲み出すことができ、その結果、人間たちの思いの力は強さを保っているの」
女王様がのこのこ戦場に出て行ったら、本陣は丸裸。人間界では心の均衡が崩れるってわけか……
「だから、女王様はお城を離れることはほとんどできない。その代わり、信頼できる人間にイマジナリアの守護と、妖魔の討伐を依頼するようになった。それが『
「そういうわけで、ひかると詩乃をイマジナリアへご招待~、したいんだけど……」
「いいよ」
「……うん、いいわ」
詩乃さんはいつも通り即答。少し遅れてひかるも承知した。
三人で玄関に下り、靴を取ってくる。まさか室内の移動だけではないだろうから、このくらいの準備はしないと。
「何で守も?」
「あ? つい流れで」
俺は持ってくる必要はなかった。照れ笑いが湧くに任せ、靴をベッドの下に突っこむ。
「では……」
アネットが片眼鏡のフレームをかりかりと回し、飾り鎖を何個か爪で弾いた。眼鏡の赤いレンズに文字のような光が灯り、それが複雑に変化していく。
「空間座標軸、固定。『境界の門』、召喚!」
ぎんっ、と音がして、俺の部屋に突如として古風な門が現れた。左右の門柱の間は一メートルくらい、門扉の高さも二メートルくらいだ。門扉の奥に部屋の壁面はなく、オーロラのような光が揺らめく霧のかかった空間が見て取れる。これが異次元か! 意外と綺麗なんだな。時計模様がついた紫のトンネルとかだったら全力で止めていたところだ。
ターヤはその不思議な空間に躊躇なく脚を踏み入れる。
「古屋君……私、強くなってあなたを守るから」
詩乃さんはターヤに導かれ、門の中へと消えていった。
ひかるも続いて霧の中へと足を踏み入れようとして、直前で振り返った。
「守、あのさ……」
言葉の歯切れが悪い。何か、いつものひかると違うな。どうしたんだろう。
「何?」
「私……今、見たい映画があるんだけど……」
「うん」
「でさ、一人じゃちょっと映画館に入りづらいなーって思って……」
「うん」
急に何を言い出すんだ? まあ、一人で映画館に入りづらいってのはわからんでもないけど……
「だーかーらー!」
ひかるの意図を酌み取りかねていると、彼女は焦れて地団駄を踏んだ。
「イマジナリアから帰ったら、映画館についてきて! あ……もちろん、シアターの中までね!」
「わ……わかったよ」
「忘れるんじゃないわよ。忘れたら針千本飲ますわ、比喩抜きでね! じゃ、行ってきまーす!」
強引だな。ひかるは幼稚園からずっとそうだった。でもまあ、それがひかるらしいと言えばひかるらしい。さっきみたいにもじもじされると、逆に変に勘ぐってしまう。
最後に、アネットが残った。アネットは毛皮の中をごそごそして、小さなパイナップルのような、モスグリーンの物体を差し出した。
「もしも私たちのいない時にウノシーが襲ってきたら、これを使って」
「これは?」
「対消滅手榴弾」
アネットの口から、妖精のイメージとはかけ離れた物騒な言葉の羅列が飛び出した。
「『対消滅』って、地球ごとウノシーを葬り去りそうな名前だな」
「そんな大それたものじゃないわ。これには、黒ウィルに取り付いて対消滅するように魔法をかけてあるの。一個で一匹しか退治できないから、本当に危ない時に使ってね」
アネットはそう言い残すと、異次元に飛びこんでいった。
俺だけが、ぽつんと部屋に残された。
とりあえず、いつでも必殺の武器を使えるよう、ジーンズのベルトに手榴弾を引っかけた。
門が、輪郭を失い始める。
…………
女子が二人も、小さな妖精と共に、危険な妖魔と闘いを繰り広げている。
「頭をひねって考える」とか言ったが、俺が助言できることはほとんどない、常軌を超越した闘いだ。俺はほとんど傍観者……むしろ、今後の激しい闘いを考えれば二人のアキレス腱のような立場になっていくだろう。
門は上から徐々に消え始めている。
ウノシーが発生したら、安全なところへと逃げる? いや、ここまで深く二人に関わってしまった以上、そんなまねはできない。傷ついていく二人を物陰から見続け、自分だけ隠れて、守られていくのなんて、もう耐えられなかった。
力がほしい。
二人を助けたい……二人に助言し、鼓舞する以上の、せめて手助けができるくらいの力がほしい!
あとは身体が勝手に動いた。
俺はベッドの下の靴を引っ掴み、半分ほど消えかけた『境界の門』に身を躍らせていた。
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