第十話 『奴が王? 初管制塔はイマイチな感じ』

 幹線道路の歩道をひたすら走り、ファミレスの横の信号を渡ったところで、例の忌々しい叫び声が聞こえてきた。

 自転車の警官が避難誘導をしている。

 俺たちは人の波を避け、ファミレスの裏手から妖魔の居所へと近寄る。呼吸を整えながら敵の居場所を探ると、そいつはハンバーガーショップの店先に陣取り、破壊活動にいそしんでいた。


「二人とも、頼む」


 ひかると詩乃さんが、懐からスマホ型巫装ぶそうアイテムを取り出す。


「待って」


 止めたのはアネットだ。


「何、アネット?」

「今回の妖魔は、今までのより格段に強いはずよ」

「あれが?」


 ひかるがウノシーに一瞥をくれる。確かにサイズはでかいが、その外見は、紙コップの体にハンバーガーの頭部、背にはポテトを背負っているという、コミカルなものだった。紙コップからでたらめに生えたスプーン、フォーク、ストローが、時には地を踏みしめ、時には街路樹を薙ぎ直し、その仕草が不気味と言えば不気味だが、強敵というにはちょっとフォルムに難ありといったところだ。あの姿から想像するに、今回の苗床はファストフード店の雇われ店長ってところか。


「僕たちの『赤の片眼鏡』が、段違いの強さを示している」

「ええ」


 アネットも頷く。


「下級妖精が使う『緑の片眼鏡』では測定できない強さよ」

「そんなに?」


 詩乃さんが驚きのかけらもない表情で驚く。


「二人とも、油断しないで」

「わかった」


 ひかると詩乃さんは、それぞれの連れの妖精に頷き、そしてお互いに頷き合った。

 ひかるの右手と、詩乃さんの左手に握られた浄心器じょうしんきが空中で交差する。そして、打ち合わせもなかったのに、二人は同じタイミングで胸の前に突き出した。


「サモン・ピュリンセスガーブ!」


 光が溢れ出し、次の瞬間ひかるはピュリメックに、詩乃さんはピュリルーンに変化していた。

 ウィルの奔流に気づいたウノシーが、こちらに向き直る。

 二人の祓魔姫ふつまひめは一歩踏み出し、俺と妖精は物陰に身を寄せた。


「希望を導く、科学の煌めき……ピュリメック!」

「希望を導く、魔導の輝き……ピュリルーン! ぴゅりーん☆」


 二人が可憐なポーズを決める。


「ウノシーーー!」


 妖魔が鮮やかな色のスプーンとフォークを二本ずつ構える。「二人まとめて相手になるぞ」ってことか。


「ガトリングナックル!」

「アーンド、ヘキサゴンナックル☆」


 ピュリメックとピュリルーンが同時に拳を繰り出す。相当連打しているように見えるが、ウノシーはそれをスプーンとフォークで受け流す。攻撃が身体に届いていない。

 逆に怪物は、フォークで背中のポテトを刺し、それを振り回してきた。先に攻撃の途切れたピュリメックがポテトを喰らい、跳ね飛ばされる。


「ピュリメック⁉」


 気を取られたピュリルーンに、今度はウノシーのスプーンが叩き付けられ、直撃した彼女は道の向かいにあるマンションまで吹っ飛んで、壁にクレーターを作った。


「ぐ……っ」

「大丈夫、ピュリルーン?」


 歩道に落ち、片膝を突くピュリルーンに、ピュリメックが慌てて駆け寄り、助け起こす。


「やっぱりこのウノシー、強いわね」

「……まだまだ、序の口よっ☆」


 二人は次なる攻撃に向けて間合いを測る。


「召喚、土星霊・弐の型!」


 先にしかけたのはピュリルーンだ。

 彼女の飛ばした護符は妖魔の前で蜘蛛の姿に変わると、紙コップ状の身体に生えたスプーンやフォークを数本まとめて糸で絡め取った。慌てて引きむしりにかかるウノシーだが、そこに隙が生まれた。


「メック・ルチノーイ!」


 そこにピュリメックが武器を召喚する呪文を唱える。その手から肩にかけてロケット砲が現れた。中東あたりの兵士が好んで使う、アレだ。


「喰らえ!」


 ピュリメックの発射した砲弾は火を噴きながら滑空し、蜘蛛の糸でもがくウノシーの中心部に狙い過たず命中した。

 大爆発と共に、周囲の街路樹やら砂利やらが飛び散る。


 がらん。

 地面に、身長ほどもある焼け焦げたスプーンが一つ、転がった。


「これで少しは……」


 二人の祓魔姫ふつまひめは、次の攻撃に入るべく身構える。


 土煙が晴れる。

 そこには、身体の中央がへこみ、身体のストローから液体を吹き出した妖魔が立ち尽くしていた。


「やったぁ☆」

「いいえ、まだよ」


 喜ぶピュリルーンをピュリメックが諫める。

 見れば、爆発と火炎の影響を受けたのは、地面に転がっているスプーンのみであり、他の部位はストローから吹き出す液体で緩和され、目に見える打撃は与えられていないようであった。


「ウ、ノ、シー!」


 ウノシーが気合いをこめて身を反らすと、腕を絡め取られた糸が引きちぎられ、身体にできたへこみが膨らんで、元通りになってしまった。


「あの攻撃を受けて、腕一本とは……」


 俺の隣でターヤがつぶやく。


「このサイクルを腕の本数だけやるのは、ちょっとキツいわね……」


 ピュリメックも相手の防御力の高さに舌を巻いているようだ。

 ちょうど二人が、俺たちが隠れているマンションの陰まで後退してきた。


「ピュリメック、ピュリルーン、もっと広がって攻撃するんだ。広い角度から攻撃を加えて、相手の防御を分散させるんだ!」


 作戦を提案する。腕も脚も有限ではないから、一カ所にそれらを集めてしまうより、半包囲して腕の位置を分散させてしまった方が、攻撃が当たりやすいであろうと判断した。


「よし」

「わかったわ☆」


 二人は、今度はウノシーを挟むように立つ。

 敵がもぞもぞと腕を移動させている間に、二人は同時に籠手を天にかざす。


「イマジナリア・リアライズ!」


 一糸乱れぬ詠唱。ピュリメックの手には電動はつりハンマーのような道具が、ピュリルーンの指先には一枚のカードが現れた。


「このパイルバンカーで、スプーンごと身体を貫く!」


 言うやいなや、ピュリメックは引き金を引き絞った。

 破裂音と共に、尖ったハンマー部が打ち出される。それは銛のようにウノシーのスプーンを貫き、そのままコップ型の胴体に縫い付けてしまった。


「ザ・フール!」


 ほぼ同時に、ピュリルーンが叫ぶ。

 彼女の指先を離れ、空を切るカードから、ボロを纏った男が実体化する。かと思うと男は縦に真っ二つに裂け、肉といい骨といい、あらゆる内臓をウノシーに向けて発射した。それぞれが珪化したような硬さをもっているようで、敵の身体に着弾してはがつがつと重い音を立てた。相変わらずのグロい攻撃は、コップ部に小さな傷をいくつも作った。


「当たっては、いるわ!」

「ちょっとずつはダメージが行っているはずよ☆」


 着地して、敵と距離を取る二人。


 効いた。

 何とか妖魔の硬い防御を抜いた。

 しかし、このペースでしかダメージが与えられないのでは、非効率的なことこの上ない。

 ウノシーは痛みと怒りで地団駄を踏んでいる。道路を踏みならしながら、数十本のストローをハリネズミのように立てる。


「ウノシー!」


 突然、ストローからおびただしい量の水が噴き出した。

 四方八方にまき散らされた水は、ガラスを割り、アスファルトを陥没させ、マンションの化粧タイルを吹き飛ばした。


「きゃっ!」

「ああっ!」


 想定外……いや、強いと警告されていたのに。これは俺のミスだ。

 防御する暇も無く、ピュリメックとピュリルーンが放水銃の餌食になる。水圧で空中高く打ち上げられた二人は、全身ずぶ濡れになって俺たちの隠れた建造物の後方に落下した。

 視線を向けると、二人とも倒れ伏してふるふると動いている。常人なら即死する高さから落下しているが、大丈夫だろうか……フェアリーシールドを信じるしかない。


 それより、まずい事態だ。

 二人の祓魔姫ふつまひめが、後方に追いやられたということは、今、俺たちは前衛だということだ。

 俺たちに……何かできるか?


「ゥウノシーーー!」


 妖魔が勝ち誇った叫び声を上げる。

 その声に案内されるように、人影がファストフード店の屋上に姿を現した。黒いマントを羽織り、黒い燕尾服、黒いシャツ……黒ずくめの男だ。手には手品師が使うようなステッキを持っている。


「あれは!」


 思わず口を突いて言葉が飛び出す。


「奴を知っているの?」


 アネットの問いに俺は頷く。


「十年前のことだ……俺とひかるの乗った通園バスを襲った集団の中に、あいつがいた。ウノシーや……戦闘員のようなものを指揮していた」

「奴の名はディプレスという」


 ターヤが押し殺した声を出す。


「ヴォイダート帝国の王だ」

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