第十五話 『わらしべ長者的な』

 気づくと謁見の間の外から、脚を引き摺るような音がたくさん聞こえてきた。

 お互いそれに気づいて、俺が女王を慎重に下ろすと、負傷して支え合う妖精の兵士たちがよろよろと入ってきた。


「陛下、ご無事でしたか」

「陛下、面目次第もございません」

「陛下……」


 女王がそれに片手を上げて応える。文官の服装をしたウサギの妖精が駆け寄り、女王の胸元に光る掌をかざすと、彼女の肌に血の気が戻った。


「皆、よく戦ってくれた。礼を言う」


 兵士たちは口々に謙遜しながら頭を垂れた。女王は話を続ける。


「余もウノシーと闘い、敗れかけた。今までにない強さのウノシーだった。だが、ここにいる人間がそれを倒し、余を救ってくれたのだ」

「おお」


 妖精たちが歓声を上げる。


「何とお礼を申したらよいやら」


 高官とおぼしきフクロウ妖精が、折れた錫杖にもたれたまま、感謝の姿勢を示した。


「いや、俺……必死だったもんで」

「謙遜するな、守」


 女王がほほえみかける。


「この者は守という。守のために、勝ち鬨をあげよ!」

「おおー!」


 彼女の命令によって、兵士たちは武具を鳴らし、文官たちは拳を挙げて、歓声を響かせた。

 英雄なんて、死と隣り合わせで正直無理とか思っていたけど、こういうの悪くないな。女王も助かったし、こんなに多くの人(ほとんどは動物型妖精だけど)から感謝されるなんて機会も、滅多にないはずだ。


「さて」


 歓声が収まり、女王が俺の方に向き直った。


「お主に礼をしたいのだが……救国の英雄にどんな褒美を授けたら釣り合うか、正直悩んでいる」

「褒美⁉」


 思わずオウム返しをしてしまった。

 褒美とは、なんともおとぎ話チックな展開だ。一つの手榴弾が大きな褒美に……って、『わらしべ長者』みたいな幸運だ。じっくり考えないと。


「何なりと申してみよ。小国故、経済力には限度があるが」


 フクロウが後ろから小声で促す。

 折角、妖精たちの英雄になったんだ。俗世的な物をもらってもつまらない。悩みは深まっていく……が、そんな俺を見て何を勘違いしたのか、女王が顔を赤らめた。


「その……余を所望なら……くれてやっても構わん。国と抱き合わせだが……」


 女王の爆弾発言に「おお」と妖精たちからどよめきが漏れる。

 それって、結婚してデジールを治めろってこと⁉


 でかい!

 でかすぎる!

 その名の通り一国一城の主ですか?


 返す言葉もなく女王の顔を見ると、その気恥ずかしそうな表情に、ひかると詩乃さんの顔が重なった。

 あいつら、今頃イマジナリアでオレンジ色の胴着でも着て修行しているに違いない。


 この瞬間、俺は何で許可証も無しに『境界の門』に飛びこんだかを思い出した。

 そして、欲しいものも。


「力がほしい」

「力……とな?」


 女王が反芻する。


「そう、力……ウノシーを倒す力」

「デジールを救っただけでなく、深淵の妖魔との闘いにまで力を貸してくれるということか?」

「うーん、それはわからない」


 俺は正直に話すことにした。


「結果としてそうなれば俺も嬉しいけど……実は友達が祓魔姫ふつまひめになって、ウノシーと闘っているんだ。ただ、祓魔姫ふつまひめになるのはいつも女子ばかりで、俺は見ていることしかできなかった。それがずっと嫌で、俺も闘う力がほしいと思ったんだ。ここに来たのもそういう理由だ」

祓魔姫ふつまひめ……人間の若い女性を決戦兵器として運用する、イマジナリアのテクノロジーか。確かに男は祓魔姫ふつまひめになれない」


 女王は頷いた。


「イマジナリアは妖精界の中でもウィル制御技術において最先端のものを持っている。例えばこれ」


 女王が自分が纏っている樹皮色のマントをつまむ。


「これはフェアリーシールドでできたマントだ。十分な防御力を発揮するためには、魔法で織り上げ、縫い目をなくすことが必要とされる。デジールではマントにするのがやっとだが、イマジナリアでは、祓魔姫ふつまひめのきらびやかな衣装に作り上げることができる」


 あのドレスにそんな技術がつぎこまれているとは、驚きだ。そしたら『絶対にめくれないスカート』なんて、もはやオーバーテクノロジーの域なんじゃなかろうか。


「そして、祓魔姫ふつまひめの籠手……あれも恐ろしい力を持った品だ」


 驚いて言葉を失っていると、女王は神妙に話を続けた。


「あの籠手は、身を守るための物ではない。極薄に作成した魔法陣を積層配置し、妖精界を構成するエネルギー『ウィル』を自在に引き出すことができる力を持っている。小型化とウィルの引き出す能力に特化しすぎたため、なぜか女性にしか反応しない品になったと言われている」


 相変わらず言葉もなかった。あのヒラヒラコスチュームに、そんな強力な力が秘められていたとは。そして、祓魔姫ふつまひめの力は男には使用不可能、か。


「だが」


 女王は明るい表情に切り替わった。


「デジールのテクノロジーは、男にも使いこなすことができるぞ!」

「本当か?」

「うむ、安心しろ。守も闘う力を得ることができるぞ」

「おおー! で、どんな力だ?」

「言わば『魂を憑依させて闘う』力だ。余の闘いを見ていたであろう?」


 女王の闘い?

 えーと、白い水着のような衣装? ……いやいや。二刀流? ……違うな。両腕が甲殻と獣皮に変化したことか? ……それだ。白い細腕が膨れ上がるようにあの姿になったんだ。

 フクロウがまた講釈を垂れる。


「女王陛下は、動物の魂を身体に憑依させる術を使える巫女でもあらせられるのです。将軍クラスの高官になると、陛下から魂を一つ拝領し、『魂の発動者』として活躍します。ただ、魂はたくさん埋めこんでも持ち主を乗っ取る危険性もあるため、普通は一つしか憑依させません。ヒト妖精である陛下だけが、二つの魂を安定して活用することができるのです」

「つまり、守も二つの魂を扱うことができるということだ」


 女王が輝く笑顔で締めくくった。


「儀式の間の用意を。将兵には傷の手当てと休息をさせよ」


 女王は命令すると、着替えのために数名の侍女と思われる鳥の妖精を連れて謁見の間を後にした。

 取り残された俺は、あっという間に傷ついた将兵に取り囲まれてしまった。


「ありがとう、英雄よ!」

「あの強力な妖魔をどうやって?」

「陛下をお救いくださり、感謝いたす!」


 にわかに英雄になった俺は質問攻めにあった。

 感じたのは、この国の臣民は皆、女王への忠誠心が高いということだ。特に武官の士気が高い。能力者の士官を中心として、勇猛果敢な軍団を形成しているようだ。今回は強力なウノシーの急襲に為す術もなかったようだったが、見たところ小型の都市国家程度の規模であるデジールが生き残っているのは、女王のカリスマ性が大きいのかも知れない。

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