第二十四話
「快楽がそこにはあった。赤く燃えたぎるような舌が私の口の中に侵入し、蹂躙する。蛇のように口の中でのたうちまわる舌は、私の歯をなぞり、私の舌を平らげ、唾液を吸い取った。舌と舌がからまりあう淫靡な音が書斎の中を席巻し、耳の奥底まで届いてくる。私は何もすることができなかった。腕で振り払うこともできない。瞼を閉じることもできない。歯で女の舌を噛み切ることもできない。犯されるのをただただ受け入れ、身を任せることしか私にはできなかった。しかし、確かにそこには快楽があった。毛細血管を通って快楽が体のそこかしこに行きわたる。それは肺から送りだされる空気のように劣化するものではない。大動脈を出た快楽も、大静脈を通って心臓に戻ってくる快楽も厳密に同量であり、同質であった。快楽は無限に体中を循環する。体を駆け巡る快楽は、舌を伝って女の体にも届いていた。いや、女は私の中に生じた快楽を舌で吸収しているのかもしれない。何分経ったか、いや、何時間経ったかはわからないが、ようやく女は私の唇から離れた。女の口の周りは唾液でべとべとになり、それを長い舌で絡め取る。気持ちいいですか、先生、女は言う。よりつややかな声で、言う。先生が恐怖で穢されるのであれば、私の舌で先生の恐怖を舐めとります、生への恐怖を打ち消すものは、生の快楽です、先生は私の料理を食べて、私の快楽を浴びて、私の腕で眠るんです、そうすれば、先生は恐怖などに怯える必要はありません、自分の体の中に巣食っている大蛇を思い出す必要はないんです、先生を覆うのは恐怖ではなく、快楽です、恐怖を根源とする文学ではなく、快楽を根源とする文学を書いてください、私と一緒に書きあげましょう、世界もそれを望んでいるはずです、人間はいかに喜びに突き動かされているのか、人間はいかに快楽を原動力として動いているのか、それを世界に知らしめるのです、先生と私ならきっとできます、先生、私はあなたのためなら、なんだってできるのです、女は力強く言う。先生は、私は先生のためならこの身を投げ出すことだって厭わないのです、女は、言った。私の目からは、いつの間にか大粒の涙が溢れていた」
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