第九話
それまでほとんど手をつけていなかったお給料を使って、あらゆる言語の辞書を鮫島さんに取り寄せてもらった。ほとんどの文字自体はよく見知っているものなのだが、見慣れない記号があったり、発音の構造、分節の切り方はまったくわからない言語だった。見当をつけることもままならないので、とにかく多くの辞書を用意しなければならなかった。先生への封筒は灰になり、私への封筒は辞書へと姿を変えていく。
見ず知らずの言語を辞書を頼りに判別するという作業には、どこかわくわくするような気持ちよさを感じさせるものがあった。宝探しをしているような楽しさ、未知の世界を旅するようなちょっとしたスリルを感じさせる。その探検の向こう側には、必ず先生が待っている。そう確信しながら、私は作業に没頭した。
二週間ほどの作業の後、ついに私は先生の使用していた言語を特定することに成功した。やはり世界の中でも小さな地域のみで使われている言語であり、なぜ先生はその言語を使って手記を残したのかという疑問が強くなる。その疑問も、あの手記を解読すれば解明されるかもしれない。
先生の書いたものを読んでも、先生にたどり着くことはできない。瀬戸口さんはそう言った。しかし、近づくことはできる。しかも、まだ誰も歩いたことがない道を歩いて先生に接近するのだ。他のすべての道が先生のいるところまで届いていなかったとしても、私だけが知っている道は、先生にたどり着けるかもしれない。いや、たどり着くに違いない。
私は部屋のカーテンを開けて、春真っ盛りの優しく暖かな光を取り込んだ。
体全体で日差しを受け止めて、変わっていく私を実感する。
日常で使っている言葉とは全く違う言葉で、新しい世界を泳ぐ。
その空想は、私を喜ばせた。
しかし、泳ぐためには準備を進めていかなければならない。私と先生の世界を、構築しなければならない。
私は立ち上がり、部屋を後にした。
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