第46話
「やった、着いたよ英ちゃん。水を止めよう」
僕は英ちゃんをなんとか元気づけた。
「うん、だいぶ痛くなくなったよ。オレ、もう、歩けるよ。2人ともありがとう」
土管の水は止まってはいなかった。地面が揺れ、びゅうびゅうと風が吹きすさぶ中、僕らはみんなで力を合わせてハンドルを回した。
「せーの!」
赤いハンドルはゆっくりと回り、それにつれて水の流れも止まった。ハンドルは僕らを帰すまいとするかのように、元に戻ろうとする。
「よし!鎖を柵にかけてカギで止めよう!」
僕は夢中で鎖を柵に引っ掛け、南京錠で閉じた。
「やったー!」
ハンドルは鎖に引っ張られて回るのをあきらめ、水の流れる音は、とうとう聞こえなくなった。ただひょうひょうという風の吹きすさぶ音だけが僕らの耳に入る。
「さあ、三人とも急いで降りて!早く土管を通って帰るの!」
「三人ともって、サオリは?」
僕はサオリの顔を見た。風に吹かれて長い黒髪が彼女の顔をおおいかくす。その髪の向こうでサオリは
「わたしはここに残るわ。キミたちの街には行かない。わたしはここで、この街と一緒に消える」
「そんな!ダメだよ!オレたちと一緒に行こうよ!」
英ちゃんが泣きながら言った。僕もカッコも、もちろん考えは同じだ。
「ありがとう。でも、それは許されない。あの“さまよい”たちを置いて、わたしだけが助かるなんてありえない。キミたちが最後の子供達。英ちゃん、あんまりカッコをいじめちゃダメよ。カッコはよく英ちゃんを見捨てなかったね。えらいわ。その気持ちをいつまでも忘れないで。孝くん。キミのピアノがなければ、わたしは行動を起こせなかった。本当に素敵な演奏だった。できればもう一度聴きたかったな」
僕は言葉が出てこなかった。熱い涙が頬を伝っている。サオリもほほえんでいるがその目からは僕らと同じように涙があふれていた。
「さ、早く降りて。ここまでの努力がムダにならないように」
僕らはサオリと最後の握手をした。そして英ちゃんから降りはじめて、カッコ、僕と続いた。僕は最後にもう一度サオリの顔を見た。サオリは、これ以上はないという笑顔を見せてくれた。
「さよなら、サオリ」
「さよなら、孝くん」
僕は思い切って鉄の足場を降り、土管の出口に立って待っていた2人に合流した。風はいつのまにか、ぱったりと止んでいた。ここへ来た時と同じように、静まり返っていた。でもまだ揺れは続いている。もう、いつ崩れてもおかしくない。
英ちゃんは来たときと同じ型の懐中電灯を手に持っていた。
「これもおまじないのつもり」
英ちゃんは、にっと笑った。その時だった。僕らの頭上から
――ラン、ラ、ラン・・・
という歌声が聴こえてきた。
『月光』だった。サオリが歌っているんだ。僕らはその歌声を合図に、土管の中へ走り出した。
――ラン、ラ、ラン・・・
歌声がだんだん遠くなる。カンカンと足音を響かせながら、僕らは最初の角にさしかかった。後ろを振り返ると、あの土管の出口は暗やみにまぎれてほとんど見分けがつかなかった。その時、大きな揺れが襲った。
――ラン、ラ、ラン・・・
かすかに聞こえていたサオリの歌声が地鳴りの音でかき消された。
ずずずず、どしんどしんと生きた心地のしない音がした。
僕らは頭を抱えてしゃがみこんだ。音と揺れが収まってから、英ちゃんは懐中電灯を出口の方に向けた。土煙のむこう、僕らから10メートルくらい後ろで土砂がくずれて、土管がふさがっていた。
「あ、危なかった」
僕はぞっとして言った。あと数十秒遅かったら、生き埋めになっていたはずだ。それから僕らはもう後ろを振り返らずに、ひたすら走り続けた。
――さよなら、サオリ・・・
よろめき、時には転びそうになりながら、僕らは暗闇の中を進む。
「また角だ。曲がるよ。」
先頭の英ちゃんが言う。何度も角を曲がる。心臓が爆発しそうだ。足音だけが響く。懐中電灯のまるい光がゆらめく。
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