第44話
「昔は子供がたくさんいたから、神隠しにあう子達も大勢だったの。わたしはここに迷い込んできた子達をできるだけ楽しませて、昂らせるためにいるの。でも、どんなに楽しく毎日を過ごしても、やがてどの子も帰りたがるわ。そして、帰れないことに気づいた頃にはすっかり気力を失って・・・」
「そして“さまよい”になるんだね」
僕はサオリが話す前に言った。
「そう。そのとおり。だから、カッコはあのままだったら“さまよい”になってたかもしれない」
「うわあ、そんなの嫌だよ」
「そうよね。わたしも嫌でしかたがなかった。今まで何千、何万という子供たちが“さまよい”になっていった。でもわたしにはどうすることもできなかった。今日までは」
「どうしてサオリだけが残ったの?」
英ちゃんがどうもわからないという顔で聞く。
「わたしは選ばれた子供なの。なぜなのか、わたしだけが“さまよい”にならないの。どんなにつらい思いをしても、わたしはなくならない。わたしは死ぬこともできない・・・だから仕方なく、わたしは年をとることもなく、子供の姿のままずうっと昔からこの仕事をしてきた」
なんてことだ。僕はサオリがかわいそうで仕方がなかった。どんなにつらいだろうか。いつまでも子供の姿のまま、ひとりぼっちで生きて、ただ子供たちを“さまよい”になるまで見続けるなんて。
「さっきも言ったけど、子供がたくさんいたころは、ここも活気にあふれていたの。子供たちだけで村を作ったり、時には船を作って航海したり。でも長い年月が経って、だんだんと向こう側から来る子供たちがなぜか減ってきたの」
「少子化の影響だね」
カッコが得意そうに言った。
「とにかく、ほとんど子供が来なくなった。幸せな子供たちが増えたのかもね。ここはなんとか持ちこたえていたけど、なくなるのは時間の問題だった。そして久しぶりにキミたちが来た。でも、3人しかいないから、『昂り』が足りなくて、団地はほとんど崩れちゃった。そしてリリィだけが残ったの。わたしはいつもどおりキミたちを楽しませようとした。わたしも楽しかったよ」
僕は短かったけれどもサオリと過ごしたこの街でのことを思い出していた。プール、花火、ローラーブレード。みんな一緒にゲームセンターで一日中遊んだこと。サオリが作ったたこ焼き。そして僕のピアノで流した涙。
「でも、きのう孝くんのピアノを聴いて、ようやくわかったの。わたしはずうっとひどいことをしていたんだって。帰りたい子供たちを帰してあげられなかった。もうすぐここはなくなる。無になるでしょう。最後の最後にあなたたちを帰すわ。何が何でも」
僕らは昇りはじめた朝日に照らされた、三谷団地のデコボコになった大通りを調整池に向かって一直線に走っていた。揺れはだいぶ大きい。道路が大きく割れて深い谷になっているところもあったし、逆にアスファルトが盛り上がってとても危険な場所もあった。ちらっと後ろを振り返った僕はあっと声を上げた。
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