第43話

「向こう側から、もうここにはいたくない、っていう子供の心がこちらに響くと、少しのあいだだけ通路が開くの。そして、その通路を通ってやってきた子達は二度と戻らない。ううん、戻れない」

 駐車場の“さまよい”の群れのあいだを僕らは縫うようにして走る。白い小さな影は、次々と現れては後ろへと流れるように消えていく。彼らにぶつかったところで、なんの衝撃もないけれど。

 「もしかして、僕がお母さんとケンカしてそのまま家を出てきた時に、あの土管が通じたってこと?」

 「わたしには原因はわからないけれど、孝くんに思い当たることがあったなら、そうかもね」

 「ボクもあの日、お母さんに怒られていやな気分だったんだ」

 カッコが一番うしろから、鎖をジャラジャラ鳴らしながら言った。

 「実は、オレも、あの日ママに怒られて・・・ものすごいムシャクシャしてたんだ」

 英ちゃんも白状するように言った。

 「きっと3人の気持ちが響き合って通路が開いたのね」

 「そんなことって・・・もしそうだとして、サオリはいつからここにいたの?サオリも神隠しにあったってこと?わわわわ!」

 僕は駐車場の倒れてきた外灯を間一髪でかわして聞いた。

 「そのとおりよ。ただ、わたしはもっともっと昔、もういつかもわからないくらい遠い昔にここへ来たの。やっぱりお母さんとケンカして・・・。でもわたしはそのお母さんの顔は思い出せないの。あんまりここの暮らしが長すぎたのね。わたしが住んでいたところで覚えていることは山奥の、きれいな川の近くに住んでいたっていうことだけ。来ている服も、こんなワンピースじゃなくって帯のある着物だった」

 きれいな川・・・そうか、だからサオリは泳ぎが上手だったんだ。それにしても、着物って・・・そんな昔だとすれば、サオリはいったい何歳なんだ?

 「ここがどうやって成り立っているか教えるわ。ここは子供たちの『たかぶり』が必要なの」

 「昂りって?」

 英ちゃんがゼイゼイ言いながら聞き返す。

 「キミ達の喜びとか、興奮とか、そういう気持ち。それがここを作っている大もとなの。だから、その逆にキミ達が悲しんだり、落ち込んだりすると、その度にどこかが崩れたわけ。子供が絶望していなくなれば、最後にはここはなくなる」

 そうサオリが言い終わった瞬間、ものすごい揺れが僕らをおそった。そして建物がくずれる轟音。

 僕らが振り返ると、ショッピングモールリリィが煙をもうもうと上げながら、一階部分からくずれようとしているところだった。


 ごおおおお、ガコンガコン、バリンガシャン、どどどどどっ。


 あらゆるものがこわれる音が響き渡る。長方形の巨大な建物はスローモーションのようにゆっくりと、真ん中からへこみ始める。そして叫び声をあげるように煙の中へすこしずつ消えてゆく。すっかり建物をおおいつくした灰色の煙がすごい勢いで僕らの方へ襲いかかろうとしていた。まるで僕らを飲み込もうとしているようだった。僕らは再び走り出した。もはや揺れは収まることなく、ずうっと続いていた。

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