第19話

「ウヒョーおもしれー!」

「おースゲースピード!」

 僕らはそれぞれ気に入った自転車を選び、まずモールの一階を猛スピードで走り回った。僕は前々から欲しかったブリヂストン製の黒いマウンテンバイクにまたがった。こんな場所を自転車で走れることなんかないから、ものすごいスリルがあった。ソファーや植木をギリギリのところでよける。洋服を売っているの店の中をゆっくりと走る。ペダルをこぐ音と、ブレーキのキキーという甲高い金属音があたりに響き渡る。

 サオリは僕らの様子をソファに座ってじっとながめていた。

 その時僕に、ふと何を考えているのかわからないサオリを少おどかしてやろうという意地の悪い気持ちがわき起こった。昨日初めて会ったばかりだけど、ニコリともしないサオリの他の表情を見たい気がしたんだ。そこで僕は彼女のそばを通り過ぎてから突然向きを変え、ソファに向かって勢いよく突進した。その時サオリの顔がほんの少しだけこわばったのを、僕は見逃さなかった。僕はささいな満足感を味わい、サオリのすぐ手前で急ブレーキをかけ、ドリフトして自転車を止めた。

 「自転車乗るの上手ね」

 サオリはすでにいつもの無表情に戻っていた。でも僕は秘密の悪事が成功したので気にならなかった。サオリは驚くとあんな顔をするんだ。そして僕は何事もなかったかのように話を続けた。

 「うん。学校が終わるとみんなで毎日どこかへ出かけるんだよ。あの調整池でも何回か自転車で走り回ったんだ。こないだなんか英ちゃんやほかの友達とサイクリングロードを走ったんだけど、迷って横浜の方まで行っちゃって、大変だったよ。帰るのが遅くなって怒られちゃったよ」

 「そうなの。ねえ、随分はしゃいでいたけど、今、楽しい?」

 「うん、だってこんなところを自転車で走ることなんてないし、最新型の自転車にも乗れるんだもん、メチャ楽しいよ」

 「そう、よかった。いくらでも遊んで大丈夫だからね。どんどんやって」

 なんでサオリがそんなことを言うのか気になったけど、英ちゃんとカッコの僕を呼ぶ声がするので僕は自転車の方向を変えてそちらに向かった。

 「じゃ、行ってくるね」

 「いってらっしゃい」

 僕は再び全速力でペダルをこいで二人のところへ向かった。

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