第12話

 ふたたび土管からは水が勢いよく流れ出し、穴をのぞき込んでいた英ちゃんを吹き飛ばすところだった。

 「わわわなんだよ!クショババ!」

 下から英ちゃんの声がして、カンカンと昇ってくる足音が聞こえた。僕とカッコはすわりこんで英ちゃんの戻ってくるのをぼんやり見ていた。

 「危ないな!何でハンドル離すんだよ!」

 柵を乗り越えて、英ちゃんはカッコにむかって大声でどなった。

 「そんなこと言ったって、ひとりじゃ無理だよ。こんなのできても1分くらいが限界だよ。これじゃ戻れるわけないよ」

 カッコは立ち上がって、珍しく言い返した。

 「だいたい、僕は穴なんか入りたくなかったんだ。なんで、僕を連れてきたんだよ。2人のせいだぞ。どうしてくれるんだよう。家に帰りたいよ。責任とれよ!」

 カッコは僕と英ちゃんに向かって大声で文句を言い始めた。自分で行くと言っておきながら、なんてことを言うんだと僕は思った。英ちゃんは両足をふんばって、両手のこぶしを握りしめてカッコをにらみつけていた。でも、カッコは相変わらずしゃべり続けた。

 「なにが探検隊だよ。帰ったらお母さんにいいつけるからな。もう、ウチに来たって上げてやらな・・・」

 つぎの瞬間、英ちゃんはカッコに向かって飛びかかっていた。

 「クショババ!クショババ!クショババ!クショババ!」

 そう叫びながら英ちゃんは両手でカッコの顔をものすごい勢いでかきむしった。ふいをつかれたカッコはなすすべもなくやられた。カッコはのけぞって尻もちをつき、そのまま大声で泣き出した。英ちゃんはカッコを見下ろして肩でぜいぜい息をしていた。そして英ちゃんも泣き出した。

 僕はそれを見て、そんな場合じゃないのに思わず笑ってしまった。クショババ攻撃がおもしろすぎたのだ。しかもケンカして2人とも泣いているし。

 「2人とも、やめようよ。とにかく、何か考えなきゃ。そうだ、ハンドルを2人で押さえて、一人が土管を戻って、また助けに来るっていうのは?」

 僕がそう言うとカッコは

「僕はヤだよ。一人でなんか無理だよ」

 と涙をふきながら言った。

 「オレだって嫌だ。だって、もし途中で水が流れたら、またここに押し出されて、穴から落ちるかもしれないじゃん。死んじゃうよ」 

 英ちゃんもそう答える。僕もそのとおりだと思った。でも、それじゃあ一生、ここに3人でいなきゃならない。


 いつの間にか日はかたむいて、空はオレンジ色に染まっていた。ぼくらはみな座って、黙ったままうつむいていた。お腹がペコペコだった。もう何も考えられない。

 しいんと静まり返ったこの場所に、僕ら以外音を立てるものはいなかった。ざざざと土管から流れる水の他には。

 いや、いないはずだった。けれどもその時、僕はかすかな足音を感じたんだ。まさかと思いながら僕はそちらへ目を向けた。ほかの2人も気づいたらしく、僕と同じ方を見ている。

 夕日を背にして大通りを歩いてくる影があった。

 逆光で顔はよく見えない。でも背格好は僕らくらいだ。白いワンピースを着ているから、女の子だということは分かった。

 僕らは言葉が見つからず、ただ彼女が来るのを立ち上がりもせずに見ていた。女の子も無言だ。そのうちに、ようやく顔が確認できた。知らない子だ。髪は肩のあたりまであって、おかっぱで切りそろえている。眉はきりりと引き締まって、瞳は黒目が大きく、ぱっちりしていた。僕のクラスのどの女の子よりも、美しい顔をしていた。そしてぼくらの手前でぴたりと足を止めた彼女は、そこで初めて口を開いた。

 「キミたち、ここにいつ来たの」

 鈴の音のような声が響いた。

 「いつって・・・ていうか、君は・・・?」

 そう言った僕はキツネにつままれたような顔をしていたに違いない。

 「わたしは、サオリ。キミたちは?」

 サオリは表情を変えずに言った。僕らと同い年くらいのはずなのに、なんだかずいぶんと大人びた口調だった。

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