そして勇者は帰る方法を探す

ナガト

そして勇者は帰る方法を探す



 ここではない違う世界。

 一人の少年は勇者として召還された。


 迷宮に潜むミノタウロス、深海に潜むリヴァイアサン、そして悪の根元魔王。

 仲間を連れた勇者はあらゆる困難を乗り越え、世界を救った。

 全てを乗り越え、その後にあるのは夢見た順風満帆の異世界スロー生活を楽しもうと勇者は思っていた。

 姫からの求婚、可愛い魔術師の仲間からも告白を受けている。

 これからの生活でにやけが止まらない勇者だった。


 が、その時が訪れることがなく勇者は元いた世界へと送還されしまった。



 あれから数ヶ月。

 現世では高校生二年生である勇者は、血なまぐさい生活から一変してまた元通りの穏和な日常を過ごしていた。

 異世界ファンタジー能力からなのか、不思議なことに勇者が現世に帰ってきた時は時間が全く経っておらず勇者が高校生活を再び送ることにはそれほどの苦労はなかった。


 しかし、何起きないつまらない日常に勇者は退屈に感じていた。

 日々が真新しく剣と魔法が存在したあの頃の生活を思い出す度に懐かしく感じられる。


「はぁ……」


 教室の窓側の最後尾の席に座っている勇者は人知れずため息をつき空を見上げる。

 そこには鉄の固まりが空を飛んでいた。

 確かに命の危険がないことは良いことだ。食事にも困ることがない。

 異世界での冒険で何度食料不足に陥り、魔物を食べる羽目になったかわからない。

 しかし、いつからか勇者はこう思うようになった。



 あの世界に帰りたい。と



 そして思い立ったが吉日、すぐに勇者は異世界に帰る方法を探し始めた。


 異世界側から召還でき送還できるのだ、ならば現世から自分が異世界へと転移する事も可能なのではないか、と考えた。

 休日を使っての図書館通い、オカルト系の書物を読みあさり魔法、魔法陣、異世界に関しての知識を探す。

 しかしなかなか成果は見られなかった。


 異世界では抑えるのに必死なほど溢れてきた魔力は、現世では全く感じられない。

 ならばまず異世界でやった体内にある魔力を感じ取るという方法を試してみた。

 深夜、家族が寝静まったのを見計らって風呂場に向かった。

 桶に水を並々と溜め、目の前に置くとその中に両手を入れると、目を瞑りゆっくりと深呼吸をして体の中にある魔力を感じ取る。

 魔力を感じ取れると、今度は水の中に入れた手に集中させた。


 魔力を感じ取れても放出するのは中々に難しい。

 そこで魔力を放出しやすくする方法の一つが水に魔力を送り出すという方法だった。


 手に集中してから数十秒。

 次第に桶に溜まっている水が光を放ち始める。

 これが魔力。

 大きな玉の汗を額に浮かべた勇者は桶の中で輝く水をみる。

 その虹色のオーラを見つめる表情は満足げだった。


 魔力の存在の証明。

 それだけでも大きな一歩となる。


 しかし、この世界では魔力の濃度が薄いのか勇者の体への魔力の通りが悪い。


「これは練習が必要だな……」


 そう呟きながらもどこか嬉しそうな表情だった。




 魔力の存在から数週間がすぎた。

 未だ異世界へ帰れる目処がたっていないが、着実と魔力を体に馴染ませていた。


「ミニウォーターボール」


 入浴時、浴槽に浸かった状態で手のひらから小さな水の玉を出す。

 魔力を元に水の生成。威力こそないが初心者の魔法の練習には重宝されていた。

 魔力、魔法の存在は完璧に証明できたと言えるだろう。

 ならば最後に召喚魔法を見つけるのみだ。


 最初に召還されたときの魔法陣を思い返してみた。

 勇者の記憶の中からいくつかの魔法陣が思い浮かぶ。


 思い浮かんだ魔法陣を紙に描いていくと、どれが召喚魔法の魔法陣だったのか見比べて見たが正直どれかわからなかった。

 一通り全ての魔法陣を使ってみようと勇者は考えたが、確かこの中の魔法陣には一国を破滅させるほどの威力を持った爆裂魔法があったことを思いだす。


「博打(ばくち)じゃねーか……」


 他にも竜を召還する魔法陣や大洪水にさせる魔法陣などもあるので、当たれば良し、外れれば日本、強いては地球崩壊になりかねない。

 とんでもない魔法陣を思い出したものだとうなだれながら勇者は魔法陣を実行するのを断念した。



 翌日、勇者はいつものように朝ぎりぎりの登校で席に座る。

 鞄を漁り取り出したのは昨日描いた魔法陣だった。

 あれからいくつかまた新しく思い出し、今では十数枚にもなる。

 それも思い出す度に物騒な効果しかないので試そうにも躊躇われるものばかりだ。

 しかし、確実にこの中の一つが召喚魔法だと確信していた勇者は必死に召喚時の魔法陣と目の前の複数の魔法陣を照らしあわせる。


 すると、突如一枚の魔法陣が強い光を放ち始めた。

 勇者は魔力を流していない。

 何事かとクラスメイトが勇者の方をみる。

 しかし、勇者も今の状況がわからずただ慌てるのみ。


 そして更に光が強くなり光が教室中を埋め尽くすと次第に光が収まり始めた。

 ゆっくりと瞼を持ち上げるとそこは石で作られた地下室だった。

 勇者とクラスメイトの足下には見知った魔法陣が大きく描かれている。


「や、やり、ましたッ!」


 肩で息をしながら喜ぶ少女の声。

 その方向を見ると、そこには以前勇者を召還した姫さまがそこにいた。

 勇者の召喚魔法の魔法陣と、異世界での召喚魔法が共鳴しクラス転移を果たしていたのだ。


 勇者は突然のことで嬉しさよしも、驚きと動揺で一杯となった。

 いや、それよりも不安で一杯になっていた。


「ど、どういうことだ!」


 テンプレートにクラスのリーダー的存在の茶髪が口を開く。

 それに同調されほかの生徒も声をあげ始めた。


 しかし、勇者はそれどころではない。

 嫌な予感がする。

 いや、嫌な予感しかしてこなかった。


 戸惑っている姫の後ろで控えている神官がガシャンと強く地面をたたく。

 その音に驚いたクラスメイトは全員が静まり神官を見た。


「姫様の前でなんという行為! 静粛にせぬか!」


 お前もな、と勇者は思いつつもクラスメイトの中に隠れる。

 本当に嫌な予感しかしなかったのだ。

 勇者は自分の勘を信じ、隠れることに徹する。


「前の勇者はそんな無礼は一切働かなかったぞ!」


 まだ起こり足りないのか召喚時の勇者のことを取り上げ勇者たちを罵倒する。

 いや、あれはただ脳が状況に追いつけず場に流されただけです。と過去を思い出しながら心の中で弁明する。決して無礼を働かないで置こうと思っての行動ではない。

 そんなこともつゆ知らず神官は荒くれる。

 そこに姫が仲裁に入った。


「まあまあ、異世界から召還された勇者様方に我々の常識を押しつけてはいけませんよ」

「し、しかしなが姫様……」


 と言いつつ姫の目が鋭くなったことに気が付いて渋々と再び背後に待機した。

 はぁーとクラスメイトがため息を付く。

 未知の場所に、顔の厳つい神官に怒鳴られればため息も付くことだろう。


「えっと、すみませんでした。申し訳ございませんが国王がお待ちしておりますのでわたくしについて着てくれませんか?」

「は、はあ……」


 全員がなされるがままになり、姫の後ろを着いてあるく。

 勇者はこの際にバックレようと考えたがクラスメイトを囲むように兵士が着いてきたので断念した。


 辺りは全て勇者が見覚えのある城だった。

 この先を右に曲がった所に国王がいる。

 そんなことを思いながらクラスメイトになるべく隠れるようにあるいた。


「おお、勇者たちよよくぞ参られた!」


 案の定と言うべきか、国王も代が変わっておらずふくよかな体型をした中年おやじだった。

 勇者の目の前では常に笑顔を絶やさないが、こいつがどれだけ腹黒いのか勇者は知っている。

 以前の召喚に対して今回は大人数だったことに国王は一瞬驚いたが、その張り付いたスマイルはすぐに形成させられた。


「さて、此度そなたらを召還したのは他でもない。どうか、我々の世界を救って欲しく召還した」


 国王曰く、以前勇者が魔王を見事に討伐を果たした。

 それは激しい戦闘で魔王の死と共に勇者も死ぬことに。

 勇者の犠牲により全ては平和になったはずだった。

 しかし、魔王の息子がここ五年の歳月で急激に力を付け、再び世界の危機に陥っている。

 というものだった。


 勇者は、俺死んでない、ということと、そもそも五年で力付けるならいくら倒しても意味ないじゃん、というのと、てか俺を強制送還させなければこの召喚いらなくね? と色々ツッコみたいがそこをぐっと堪えた。


 そして不安的中。

 また血なまぐさい日々が始まるのだ。

 今度は自分よりも経験がないクラスメイトというお荷物をつれて。


 異世界に戻ることを望んでいた。

 その為に高校二年の毎日はそれにつぎ込んでいたのだ。

 しかし、勇者の求めるものは異世界スローライフだ。

 深いため息を吐く。


 勇者は密かに、元の世界に帰る方法を探すことを心に決めた。

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