7. 夢先案内人

死んだ魚の眼をしている。それが、僕が目の前の少女を見たときの第一印象だった。多分、僕もいま同じ眼をしているのだろう。彼女はじーっと僕の方を、特に目ん玉のあたりを凝視している。この子が、噂に聞いていた水晶玉の中の童女、なのだろうか。黒い髪が肩のあたりまでかかり、前髪は紫のヘアピンで分けられている。そして背中にはなにやら赤いリュックサックを背負っていて。そこら辺で見かけたら、ちょっと内気で不気味なただの女の子だ。目に色がないところが、この場所ではより不気味さを演出しているけれど。


「どうだった...あのドビュッシー...」


声まで暗かった。まるでこの誰もいない街の一部かのように、いるようでいない、もはや街そのもののようにも思えてくる。そんな、安く言うなら覇気のない声色で、彼女はそう言った。ドビュッシー...体育館で目覚めたときに聞いたあれのことだろうか。


「とてもあの場所に似合った曲だったけれど、あれは、えーっと...きみの演出だったの?」


「うん...ちょっと怖がらせてみようと思って」


「別に怖くはなかったよ」


むしろ綺麗だった。冷たい空気の漂う校舎、体育館の片隅を照らす月の光、そこにはドビュッシーの月光がとてもよく馴染んでいた、と僕は思う。一言で言えば幻想的だった。


「...私、名前、早苗。このイマジナリータウンの案内人。夢先案内人って呼ばれたりしてる。この街を作ったのは君だから、案内というかこの事象の説明をする感じだけど」


「早苗さん...でいいのかな。この街は、僕が作ったっていうの?そんな能力ぼくには全くもって皆無なんだけれど」


「能力、とか、事象、とか、そういう理論や理屈はこの現象に存在しない。非現実的な現実にリアリティーを求めても、大げさに言えば、アインシュタインも相対性理論も飛び越えた、ある意味成るべくしてなった、あるいは成るべくしてならざるを得なかったとしか言えないよ。世の中にある怪奇現象や都市伝説だって、説明のつかない、根拠が吝かなものばかりなのが、例えとしてはわかりやすいのかな。全て空想から成り立っている。そしてこの街に君が創造者としていることは、ある意味怪奇現象とも言える。もともと水晶玉の噂だって、あんな風に外側の世界ではだいぶ浸透しちゃっているのも不快だし、だけどそれだって怪奇現象的な噂話として、やっぱり空想として成り立っていたわけで。ないと思っていた空想の世界は、こんなにもあっさりと君を取り込んだ、或いは君が作り上げられる世界だったんだよ。私はちょっと君からしたら部外者かもしれないけれど、案内人の務めを任されてる以上、イマジナリータウンが出来上がったとき、その創造主に合わないわけにはいかないんだ」


そこまで言って、彼女はふぅ、と息を吐いた。そして、「君がここに導かれた経緯だけなら、説明できなくはなさそうだけどね」と付け加えた。誰もいない街。人がいないから車は走らず、電車は通らず、街のすべての機能が停止していて、それなのに都合よく自販機からは飲み物が当たり前のように出てくる。


「それは、君が創造者だからだよ。たとえば君がコンビニでなにか買いたいと思えば、そのコンビニだけ一時的に機能する。さすがに店員までは創りだせなさそうだけどね、君は」


空想は理想である。

そこにいま僕はいる、ということになるのか。でも、それならば、と僕は疑問符を口にした。


「他に、こういう事例はあったりするのかな?」


「それが説明しづらいんだけど...君の創造力があまりに強かったから、他のイマジナリータウンは全部この街に集約している状態なんだよ。水晶玉の行き先が決まってこの街になっちゃってる。それを解決しなくちゃいけないのも私の仕事なんだよね.....。イマジナリータウンを行き来するのが私の楽しみだったのに、その歯車だけ狂ってしまったよ。多分それは、君にとっても不都合なんだろうけどさ...。だから私は、これからイマジナリータウンの仕切り直しをしにちょっとの間いなくなる。君の街と、他の街を切り離さないと、誰も報われないじゃない?」


そう言ったあと、彼女はなぜか小悪魔のような含みのある笑みを僕に向けた。


「こちらとあちら、どちらに比重を置くのかは君の自由だよ。だけど忘れないで」


両方を取ることは出来ないから。

そう言うと、彼女、早苗さんはパチンと指を鳴らして、姿形を眩ませてしまった。イマジナリータウン。僕が作り上げた街並み。確かに、そこに別の街が(彼女の言う通りあるならば)割り込んでくるのは頭の痛くなる話だった。

だけどその頭痛も、翌日には止むことになる。僕にはどうも孤独耐性が備わっていないと、改めて思い知らされるのだった。

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イマジナリーフレンド かず。 @kazu0330

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