ビタースウィート

たれねこ

ビタースウィート

 私、吉木佳奈には小学校のころから片思いをしている相手がいる。

 それは小野孝弘君だ。小学校四年生のクラス替えで初めて同じクラスになり、秋の運動会前に行われた席替えで初めて同じ班になった。同じ班になって、初めてまともに話した。そんな関わりの薄い私に対しても、困っていたら声を掛けてくれたり、引っ込み思案な私の代わりに気持ちを察してくれて、発言してくれたりと彼は優しかった。

 私は彼のそんな優しさにいつしか心惹かれ、恋という甘い感情を抱いた。私は彼の笑顔や仕草を目で追いかけ、時々、気づかれないように物理的に追いかけたりもした。

 しかし、同じ班になったのはそれから三ヶ月間だけで、クラスも五年生からまた別々になった。

 私は中学・高校と彼と同じ学校に行けるように努力した。彼の希望の学校がどこかを知るために必死に聞き耳を立てたり、職員室に忍び込み、彼の進路調査を盗み見たなんてこともあった。そんな努力の甲斐もあって、高校二年生になった春。またしても私は彼と同じクラスになることができた。

 幸運はそれだけでなかった。委員会も一緒になったのである。それは全くの偶然で、誰も立候補がいなかったので去年も同じ委員をしていたからという安易な理由ときまぐれで立候補したら、同じタイミングで彼も手を挙げていたのだ。

 そのときばかりは神様に感謝した。ホームルームが終わり、休み時間になると、

「えっと、吉木。委員会のことだけど、先生が渡したいプリントあるから来いって言ってたんだけど……」

と、ちょっと不安そうな声で彼が話しかけて来た。

「うん、知ってる。私、一年の時も同じ委員会だったから……えっとね、そのプリントも簡単な連絡事項や委員会の集まる場所なんかが書かれてるものだと思う。去年も配られてたから」

「そうなの? 頼りになるなぁ! じゃあ、とりあえずプリントは俺が貰いに行ってくるからまた後でな」

 彼はほっと安心そうな表情を浮かべる。そして、数歩歩いて立ち止まり、私の方に向き直り、

「そういや、吉木となんかやるのって小学校以来だよな? なんかちょっと珍しいというか懐かしいというか……変な感じだよな。とにかく、これからまたよろしくな」

と、笑顔を向けながら話す。そして、教室から出て行った。

 私は顔が真っ赤になるのを感じる。彼が私のことを覚えててくれたのがただただ嬉しかった。今までずっと抱いてきた、ただただ夢のように甘いだけの恋愛感情に溺れていくのを実感した。

 それから、委員会をきっかけに彼と話す機会が増えた。まるであの頃に戻ったようで、ふわふわと心が浮ついた気持ちになる。それはまるでわた飴のような甘くてふわふわで――。

 そう、今の私の感情はわた飴そのものだ。時間を置いたら、わた飴と同じようにベタベタとして嫌らしい感覚が付きまとう、その表裏を秘めた危うい感情――。


 ある日、委員会が長引き、夕焼け差し込む誰もいない教室で二人きりで帰り支度をしていた。先に支度を終えた彼が、私の方に近づいてきて立ち止まる。

「なあ、吉木。いつも委員会では助けてくれてありがとな。吉木がいなかったから、けっこうテンパってた場面多かったかもだわ」

 彼の唐突な感謝の言葉に頭がフリーズする。

「そ、そんなことないよ。私だって、小野君にはいつも助けられてるよ。委員会のときもそうだけど、私がなかなか自分の意見言えずに困ってるときは助け舟出してくれるし、連絡事項とか代わりに言ってくれるし……私の方がいつもいつも助けられてるよ! 本当、いつもありがとう……」

 自分で何を言っているのか分からなくなる。しかし、彼はそんな私の言葉を真っ直ぐに受け止め、嫌な顔をするどころか笑顔を向けてくれる。

「そっか。俺たち、意外と気が合うのかもな」

 彼のその言葉に思わず視線を落とす。照れてしまい、顔を上げられなくなったのだ。

「じゃあ、吉木。またな」

 彼はそう言うと教室から出て行った。私は、教室の扉が閉まる音と共に、力なく椅子に座り込む。先ほどの彼の言葉を反芻して、頬が緩み、熱を帯びているのを感じる。

 そして、深呼吸をすると、ふと溢れ出る甘い感情が私に囁く。今から追いかければ、もしかしたら一緒に帰られるかもしれないと――。

 私は急いで帰り支度をし、小走りに教室を飛び出し、昇降口で靴を履き替え、彼の後を追った。

 彼は校門の所に立っており、もしかして私のことを待っていたのだろうかと甘い考えが脳裏をよぎる。ゆっくりと近づいていくと、実際は誰かと話しているのだと気づいた。

 私は思わず立ち止まり、慌てて近くの木の影に隠れる。そして、彼が歩き出したのを確認すると、後を追うように校門を出た。

 そして、私の目線の先には、彼の隣を仲睦まじく手を繋いで歩く、背が少し低く、柔らかな長い茶髪を揺らすかわいらしい横顔の女生徒の姿――。

 私は心の中に抱いている甘い感情と認識のなかに、それとは違うドロドロとした苦い感情が湧きあがってくるのを感じる。今日に限って夕焼けはやけに綺麗で、染まる赤と濁る視界――その対比するかのような不思議な光景を私はただただ見ていた。


 どうして、彼の隣に私はいられないのだろうか?


 私が今まで抱いてきた――たとえ届かなくても、ずっとずっと思い続けてきた私の恋心は、ドロドロさと甘さだけを残し、少し不快な苦味が加わり、醜い砂糖菓子のような嫉妬に形を変える。

 この今の甘くも苦みの強い気持ちも、時間という流れの中で、別の一生懸命になれることを見つけたり、彼以外の誰かに気持ちを向けることで生じる熱で、砂糖菓子と同じくゆっくりと溶けていくのだろうか?

 未来のことは分からないが、今日も明日もこれからも私は彼への気持ちは変わらないだろう。そして、彼と話したり、彼の笑顔を見る度に、今日のことを思い出し、甘く苦い、醜い砂糖菓子を心の中に作り続けていくのだろう――。

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