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「いや~。ユッチも
そんなニヤニヤと甘ったるい声がしたのは、詩緒里が立ち去って一拍置いてからだった。
心の整理が付かずぼんやりしていた悠一は急に現実へ引き戻される。
「なっ――今井さん、何で・・・」
悠一は体育館の角に立っている菜穂を見付けて動揺気味に呟いた。黄色いナイキのシャツと黒のハーフパンツ、足元はサンダル履きで小脇にボールを抱えている。いかにも練習から抜け出して来た恰好だ。
「何かね~、話してる声が聞こえてさ。誰かなと思って、丁度休憩中だったから見に来たんだわ。そしたらユッチがいるし」
「あ、ああ。そうなんだ」
「いやあ、でも、女の子と体育館裏で密会してるからさぁ。もう、ビックリしたよ~」
「いや、別にそんなんじゃなくて・・・」
慌てて否定する。当然、冗談で茶化しているのは分かっていた。だが、半ば本気でそちらに話を持って行きたそうでも有り、菜穂にそう思われるのは嫌だった。
「ちょっと、少し前に助けてもらって。それでちょっと、お礼を言ってただけで」
「ふ~ん。そっかぁ」
菜穂が大袈裟なほど残念そうに肩を竦める。
「だけど、さっきの人ってあんまり見ない顔だなぁ。先輩とか?」
「同じ学年の久路さんだよ」
「えっ、マジ? あんなカワイイ子が同じ学年にいたんだ! 知らなかった~」
「カワイイ?」
菜穂の言葉につい首を傾げた。確かに、詩緒里の顔立ちは整っている。だが、表情に
しかし、怪訝そうな顔をする悠一には気付かず、菜穂は少し夢見るような調子で詩緒里の姿を反芻する。
「うん、超カワイイじゃん。あんな色白で細くって、目もめっちゃパッチリ系だし、如何にも儚げな感じでさあ。私なんか、筋肉ばっかの
女子から見るとそんな物なのだろうか。菜穂はこれで乙女チックな所があるし、余計にああ言う人形っぽいタイプに惹かれるのかも知れない。
「あーあ。折角ユッチにカワイイ彼女が出来たと思ったのになぁ」
「だから、そう言うの止めてよ」
再び蒸し返されて、口を尖らせた。菜穂は「ごめん、ごめん」と笑いながら謝り、一転、そこで真顔になった。
「でもさ、冗談抜きでユッチは彼女でも作るとか――んーん、別に彼女じゃなくても良いんだけどさ。もっと、積極的になった方が良いよ」
「今井さん・・・」
「ユッチが話すのとか苦手なのは知ってるけどさ、もっと人間関係作ってかなきゃダメだって。じゃないと、この先、本当に大変になるかも知れないよ。もっと、色んな人と付き合わないと」
小脇にボールを抱えた菜穂が、近寄って来て悠一の肩を優しく叩いた。その目は悠一とほぼ同じ高さで真直ぐに向けられている。真摯その物に、それだけ本気で心配してくれていた。
だが――。
「無理だよ。俺には・・・」
「そんな事無いって!」
耐えられずに俯く悠一に、菜穂が詰め寄る。
「ユッチは出来るよ。さっきの子とだって普通に話せてたじゃん。あんな風にすれば良いんだって! ちょっと頑張れば出来るからさ。ね? ガンバろ!」
菜穂が悠一の肩を掴んで揺さぶった。足下でボールが跳ねて転がって行く。
菜穂の意見は正しい。悠一も自分のヘタレ加減は理解している。今の悠一はほとんど周囲と
それは間違いない。
「私も協力するから。あ、そうだ。バスケ部とか入んない?」
「バ、バスケ部? オレが?」
「うん。ほら、ユッチって別に運動とか苦手でもないじゃん」
「まあ、それは」
確かに、特別不得手ではない。と言って、もちろん得意がるほどでもなく、悠一は運動も勉強も至って普通だ。スペックは中の中。身体能力も頭も、何をさせても平均的な成績をしている。そういう意味では、やろうと思えば、バスケも最低限ぐらいは出来るだろう。
「でも、今更だし」
「そんな事無いって。高校から始めてる部員も割といるしさ。ウチも強豪じゃない分、色々緩めだし。仲間が出来ると楽しいよ。合宿とかでコミュ力も絶対上がるから」
「う、うん・・・」
「あー、別に体育会系が苦手なら他でも良いんだけどさ。でも、とりあえず何か考えてみようよ。ユッチなら絶対できるから、ガンバってみようよ」
「うん。まあ、出来るだけ」
なるべく笑顔を作って曖昧に頷く。それで少しでも菜穂を安心させたかった。
自分は部活に入るべきなのだろうか。人間関係を鍛えるには有効な手段だとは思う。運動部なら尚更だろう。
ただ、それだけに、そうした集団の中で関係を上手く構築できなければどうなるのか。失敗すれば取り返しがつかないのではないか。そう考えて怖くなってもしまう。
「また相談して。電話とか、メールでも良いからさ」
そう言い残して、菜穂はボールを拾い、部活に戻って行った。
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