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 そのやり方には時間が要ると言う。そこで、お互いの都合にかんがみて、悠一の学校が無く、京介が午後休診である週末まで待つ事になった。即日と行かなかったのは残念だが、もともと厚意を受けている立場だ。あまり無理は言えない。

 その代わり、もし辛いようなら、と診察をしてから不安を抑える薬を処方してくれた。また、それでも耐えられなければいつでも来てくれとも言ってくれた。

 そうした配慮も有り、ずいぶん気は楽になっていた。おかげで、薬にも頼らず、結城医院に駆け込みもせず、当日まで我慢できた。

 その日、受付から案内されたのは何も無い部屋だった。中央にリクライニングのような椅子と丸椅子が一つずつ置かれているばかりで、後は無地の壁とブラインドのかかった窓しかない。

 ここまで連れて来てくれた綾子が電灯をつけた。壁が眩しい白さで反射し、余計に空白感が強まる。部屋のサイズは談話室と同じぐらいだが、倍近くにすら感じるほどだ。

「じゃあ、そこの大きい方の椅子に座って、しばらく待っていてね」

 そう言い残して綾子が出て行くと、静寂の音が聞こえて来そうな気がした。

 そこは医院の上の階にある部屋だった。入る前に横目で施術室と表示されたプレートが確認できた。その文字に、先日の京介が見せた光景が思い浮かぶ。

 この前、初めてこの病院に来た日、諸々の方針が決まった最後に、京介は具体的な手法を説明してくれた。曰く、悠一の見ている夢を具現化するのだと。

「俺は、何て言うか、ちょっと変わった体質でな。まあ論より証拠か。ちょっと手を良いかな?」

 意味が分からずきょとんとしていた悠一に、京介はそう続けた。

 指示されるまま掌を上にして差し出す。するとその下に左手が添えられ、挟み込むように右手の掌が載せられた。その細く痩せた掌は、見た目よりも柔らかく暖かだ。

 その状態で深呼吸し、リラックスするよう促される。

「良いかい? それじゃあ何か頭の中に思い浮かべて欲しい。そうだな、適当に好きな動物辺りにしておこうか」

 意図を測り兼ねつつも、悠一は諾々だくだくと従った。何が良いだろうか。好きな動物と言われても咄嗟には浮かばず、本当に適当に来る途中で歩道橋の上にいたカラスを頭に描いた。

 その時だ。

 

――カァッ!


 短い鳴き声に宙を掻く羽ばたき。微かに風が揺れて目の前の机に烏が降り立っていた。右に、左にと飛び跳ねながら首を廻らし、その度に爪が机の表面を打って硬い音を立てる。

 それはまごかた無き思い描いた姿形だ。

 悠一は唖然として言葉を失った。何が起きたのか理解できず、思考が停止する。これは何の冗談なのか。

「ふぅ」

 烏はしばらく机の上を跳ね、今度は飛んで行くと部屋の中をぐるりと旋回し、京介の吐く息と共に薄らいで消えて行った。

「多分、黒木君が頭に浮かべたのはあの烏で間違いないはずだ。これが、俺の体質でね。心の中の物を現実に映し出させられる」

 手を放して座り直し、説明する京介の言葉は、しかし、ほとんど耳を通り抜けていた。呆気あっけにとられ、混乱すばかりだ。種も仕掛けも無いのか。催眠術でもかけられたのではないか。そんな疑いが頭の中を堂々巡りする。

 一方で、京介がどうして悠一の話を信じてくれたのか、腑に落ちた気もした。本当にこんな事が出来るなら、それは不思議では無い。

 その後、悠一が落ち着くのを待って、京介は更に詳しい方針を語ってくれた。毎日のようにあの夕日の夢を見ているのであれば、悠一の中に何らかの発生源が存在する可能性が高い。そこで、京介はその体質を利用し、その部分を呼び出す。そこから、現象の本体にもアプローチ出来るのではないか、と。

 正直、その理屈にはまだ実感が無い。半信半疑以上には成れずにいる。ただ、目にした物も否定は出来なかった。それはまさに特別な術とさえ呼ぶべきものだ。

 その術を施してくれる。これで何とかなるかも知れない。そんな光明こうみょうが見えた気がした。

「ごめん、ごめん。遅くなった」

 この前と同じような短いノックの後、京介が入って来た。白衣に赤毛の格好は、やはりどこか医者らしくない。それでも今はそこはかとなく頼もしく見えた。

 挨拶をかわし、幾らか世間話をして緊張もほぐれる。それから京介は穏やかな笑みを浮かべて「じゃあ始めようか」と宣言した。



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