4−6 ラストチャンス
翌日、渓は後輩三人を集めて早速六月の商店会に向けて企画を練り直すことにした。
「俺たちにはたぶん”軸”がまだない。赤川さんの店にあるものとかこの街の人が抱えている課題とかに引っ張られすぎて、自分たちが本当に何をしたいのかを見失っていたんだ。そこをまず固めよう」
「”軸”ですか……改めてそう言われると難しいですね」
理人が腕を組んで考え込む。
「”軸”っていうのは譲れないものとか、なくなったら困るものでもいいらしい。宗介、お前はそういうの何かある?」
「うーん、そうっすねぇ……俺はこの活動自体が『なくなったら困るもの』かな。暇なのって耐えられないんすよ。忙しい方が充実してるって感じがするというか」
「へぇ、そうなのか。てっきり入学したての頃から忙しいサークルに入って後悔でもしてるのかなと思ってたけど」
「そんなことないっす! 俺、予定ないとすぐだらけちゃうんで助かってるんすよ」
「なら安心したよ。真美ちゃんはどう?」
渓が尋ねると、真美はもじもじとうつむきながら小さな声で答えた。
「私は……廃墟とかレトロなもの撮るのが昔から好きだったけど、趣味悪いって言われるのが怖くて誰にも言えなかった。でもマチカツ部にいたら堂々と写真撮ってフリーペーパーに載せてもらえるし、商店街のこととか商店主さんのこと知るほどシャッターを押したくなる瞬間が増えてきました。だから、えっと……結局何が言いたいかというとマチカツなくなったらまた友達いない日々に逆戻りだなぁってそう思います」
一年生二人の回答に、渓は頷きつつも考え込んでいた。
活動に加わったばかりの二人がそんな風にマチカツ部のことを大切に思ってくれているのは嬉しい。だがやはり人によって一番大事なものは少しずつ違う。ここに集まっている四人、そしてここにいない花笑と慶隆。六人がそれぞれ違うきっかけで集まり違う思いで活動してきた。なら、マチカツ部に共通している軸とは何なのか。
渓が腕を組んで黙っていると、宗介は深いため息を吐いて言った。
「ていうか、たまにはミーティングもシャレオツなカフェでやりません? いっつも同じところで考えてるから煮詰まるのかも。そもそも何でスナックにこだわってるんすか?」
その言葉に、渓はハッと顔を上げる。
「……それだ。それだよ宗介!」
「え?」
「どうしたんですか伊佐見さん」
宗介だけでなく理人までもがきょとんとしている。渓は思わず立ち上がって、声を大にして言った。
「”居場所”だ。俺たちに共通しているのは”居場所”なんだ」
「居場所……?」
「俺たちがマチカツに関わっている理由はそれぞれ違うけど、それでも共通してるのは俺たちがこの商店街に居場所を感じてるってことなんだ。大学の授業でもなく、バイトでもなく、他のサークルでもなく、俺たちはこのうずら通り商店街に自分を受け入れてもらえる何かを感じてここにいる」
「確かに……」
理人は一年生二人と顔を見合わせる。
「けど、俺たちがこうして集まっていられるのは間さんが実際にこうして物理的な居場所を提供してくれたからだ。もしここのスナックをミーティングとかで使わせてもらっていなかったら、俺たちはここまで活発に活動できなかったかもしれない」
「それ分かります。私、ここに来るとお店っていうよりもなんだか自分の家みたいな感覚になってきちゃって」
「あらやだ、真美ちゃんにそう言われると嬉しいわねん」
夜の仕込みの準備をしている間がカウンター越しににこにこと微笑んでいる。
「俺たちにはスナックHAZAMAっていう居場所があった。でも街の人にとってはそうじゃない。うずら通り商店街でゆっくり過ごそうと思っても、ここには誰かと一緒に待ち合わせたり、のんびり座ったりできる場所がないんだ」
理人はパソコンを立ち上げ、以前自分で作った商店街のマップを開いた。
「確かにそう言われてみると、ゆっくり時間を潰せるような業態の店ってここにはないですね。スナックは夜だけの営業だし、ラーメン屋はどうしても食べたらすぐ出なきゃいけないイメージがある。例えば買い物帰りにちょっと休憩するために寄るような場所が今はないみたいです」
「そう。だから、俺たちが作る新しい店はこういう風にした方がいいかもしれない」
渓は理人からノートパソコンを借りると、パワーポイントを起動して大きい文字でこう書いた。
「街の人にとって新しい居場所になるようなカフェ」と。
その場にいた後輩三人がノートパソコンのモニタを覗き込んで息を飲む。キッチンにいた間も気になったのか作業を中断してこちらへやってきた。
「……いいですね、これ」
理人が嚙みしめるようにつぶやいた。宗介も真美も縦に頷く。
「メニューの発想は惣菜屋の企画とそんなに変わらない。この辺はお年寄りが多いから、そういう人たちが食べやすいような和食を用意したり、ドリンクもコーヒーだけじゃなくて抹茶とか用意するといいかもしれない」
「和菓子屋の安城さんのところとコラボして、和菓子をスイーツとして出せるといいかもしれませんね」
「それありっすね! なら、コンセプトはモダンと和の組み合わせってのはどうっすか? 商店街とか神社の雰囲気に合わせて和風をベースにしつつ、俺たち若者が関わってるアピールにモダンな雰囲気も取り入れて」
「いいね、それなら若い層のお客さんも入りやすそうだ」
「だったら店員の衣装もそれっぽくしましょう……単なる和服とかエプロンじゃなくて、両方を組み合わせた感じに」
「『居座り鴉』の衣装が参考になるかもな。あれデザインしてるのってどんな人なんだろう」
次から次へとアイディアが浮かぶ。メモを取る手が止まらない。
間がクスクスと笑って渓の肩を叩いた。
「良いわねぇ、イサミン。ここ三ヶ月で一番引き締まった顔してるわよん」
「ありがとうございます。俺もそう思います」
忙しい時ほど時間はあっという間に過ぎる。
ついに迎えた六月の商店会。渓たちにとって、空き店舗を使った事業の提案はこれでラストチャンスだ。
「イサミン、発表頑張ってね。企画書見たけど、すごくいいと思うよ」
今回の商店会には花笑と慶隆も駆けつけていた。二人の就職活動も最終局面に入っており、もうすぐマチカツ部の活動に復帰できるという。
「ありがとうございます。俺も今回は自信もって発表できそうです」
やがて商店主たちがぞろぞろと集会所に集まってきた。
高木は相変わらず渓たちの方を一瞥するとフンと鼻を鳴らす。いつもならば苛立つその態度にも今回は動揺することはなかった。渓はあえてにっこりと笑みを返す。その反応に戸惑ったのか高木は一瞬うろたえ、渓から視線をそらして自分の席に向かった。
やがて全員が揃い、会議室の一番奥に座る城山が学生たちの方を見て口を開いた。
「さて、今日の商店会が補助金の締め切り前の最後のチャンスだ。企画はできたのか?」
「はい。もう一回、発表させてください」
渓は立ち上がると、宗介と真美に視線で合図を送る。二人は手際よく企画書を配りだした。
先に中身を見た商店主たちから「おお」と感嘆の声が上がる。彼らが見ているのは企画の詳細の部分ではない。真美がうずら通りで撮った写真がいくつも並べられているページだ。どれもプロが撮ったと言っても分からないレベルのクオリティで、商店街の情景が魅力的に写っている。
「うずら通り商店街には素敵なところがたくさんあります。歴史もあるし、お店の人たちは個性的で面白いし、普通のスーパーには売っていない商品も置いてあったりする。でも、普通の街の人にとっては近寄りがたくなっています。ここでゆっくり過ごせる居場所がないからです」
理人にバトンタッチして、彼から現状調査についてのパートを説明してもらう。街頭アンケートをしたり、大学で意識調査をしてみた結果だ。
うずら通り商店街に対してほとんどの人が素通りするか必要なものを買って済ますだけで終わっていて、それ以上に商店街に滞在する理由はないと答えている。一方で、よく出かけるとしたらどういう場所かという質問に対しては、多くの人がピーコックストリートのチェーン系のカフェに行っているのだという。
「そこで、俺たちは街の人にとって居場所になるようなカフェを作ることを提案します」
詳細のメニューや店舗の内装については一年生二人が説明した。二人は緊張しつつも、何度も発表練習をした甲斐があってすらすらと話していた。まだ10代の彼らが必死に説明する様子を商店主たちも温かい眼差しで見守っている。
「具体的な内容は以上です。で、最後に一つお伝えしたいことがあります」
渓がそう言うと、隣に座っている理人がハッとした顔で視線を向けてきた。当然だ。ここから先は事前に打ち合わせていない内容なのだから。
渓は大きく息を吸うと、会議室中に響く声で言った。
「俺は覚悟を決めました。この事業が軌道に乗るまではうずら通り商店街から離れません。卒業も、就職もしません」
「ちょっと伊佐見さん……!」
理人が渓のシャツの裾を引っ張るが、渓は揺るがずその場に立ち続けた。
会議室内はどよめいている。商店主たちはまだ疑っていたのだ。この学生たちはどこまで本気なのだろう、今は必死になっていたとしてもいずれ卒業のタイミングであっさり手放してしまうんじゃないだろうかと。
だからこそ渓からそんな言葉が出てくるとは想定していなくて、彼らは慌てていた。
学生がここまで本気で自分たちの商店街のことを考えている。それなのに自分たちの方はどうだろう。彼らの企画を支えてやる覚悟はできていたのだろうかと。
商店会長の城山が立ち上がる。
皆の視線が彼に集まる。
「伊佐見、お前の覚悟はよく分かった。企画についてだが」
城山は会議室全体にぐるっと視線を巡らせて、そしてもう一度学生たちに視線を向け、はっきりとした声で言った。
「俺は認めようと思う。他のみんなはどうだ?」
商店主たちは互いに顔を見合わせていた。やがて一つ、手が挙がる。
「アタシはもちろん支える気マンマンよう!」
「間さん……!」
間は長すぎるつけまつげでばちんとウインクをしてきた。
そして彼につられるようにしてまた一つ、二つと手が挙がる。青果店のみどりに、パン屋の麦田。関わりの深い商店主から順に、次々に手が挙がっていく。
「俺は認めねぇ!!」
高木の怒鳴り声が響いた。
「俺たちが認めたら、商店会から支援金を出資しなきゃならないんだろう! こいつらのお遊びに貴重な金を投資してたまるかよ! そんならパチ屋の誘致の方がよっぽどマシ……!?」
高木の言葉を遮ったのは、隣でおずおずと手を挙げる斉藤の姿だった。
「斉藤てめぇ! 俺を裏切るのか!」
「う、裏切るとかそういうことじゃないですよ高木さん……私はあくまで自分の店の売上のことを考えた時に、パチンコ店よりも彼らのカフェの方が有益だなってそう思っただけで……あ、あと妻がパチンコ店は嫌だってうるさいんですよぉ……」
斉藤は蚊の鳴くような声で言い訳をしつつも、その手はまっすぐに挙げられていた。
「あとは高木、あんただけだが」
「俺はぜってぇ認めねぇ!」
「そうか。なら……」
城山がとった行動に、その場にいた全員が目を見張った。彼は高木のすぐそばまで歩み寄るとすっと体制を低くした。一瞬、高木を殴ったりするのではないかとひやひやしたがそうではなかった。
城山は、高木に向かって頭を下げたのだ。
「頼む。あんたも賛成してやってくれ。こいつらが失敗した時は俺が全部責任を取るから」
「城山さん……!」
城山の姿に、渓は目頭が熱くなるのを感じた。
自分の祖父に近い年齢の男が、自分のために頭を下げてくれている。家族でもないのに。昔から知り合いというわけでもないのに。
高木はいたたまれなくなったのか、舌打ちを一つしてから城山の顔を上げさせた。
「クソッ。みっともねぇ真似はやめろよ、城山。俺だけ悪者みてぇじゃねぇか……ああ分かった、分かったよ! 賛成すりゃいいんだろっ!」
そう言って、ヤケになったのか勢い良く手を上にあげた。これで全員だ。
「……弦田君」
城山が会議室の隅に座る弦田に声をかける。
「見ての通りだ。補助金の申請書を出すから、一応課長に報告しておいてくれるかな」
「わかりました。お待ちしてます」
弦田の口調はいつも通り淡々としていたが、その表情は心なしか少し柔らかい。渓と視線が合い、弦田は小さく縦に頷いた。
「伊佐見、そしてマチカツ部のみんな」
城山に声をかけられ、渓は慌てて姿勢を正す。
「もう後戻りはできないぞ。それでもやるんだな?」
その答えに迷う必要はなかった。隣に座る他のメンバーも皆同じ気持ちだという自信があった。
「はい。絶対やりきってみせます」
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