4−3 マチカツ部流お花見



「ああああもう無理っす!!」


 悲鳴をあげたのは一年生の宗介だ。隣に座る真美もぐったりと疲れた表情でうなだれている。


(一年生にいきなり考えさせたのはまずかったかな……)


 授業のない土曜日。渓と理人、そして二人の一年生の四人で朝から「スナックHAZAMA」に集まり、空き店舗の企画を練っていた。


 次の商店会まであと二週間。あまり時間はない。今日一日集中して企画をまとめてしまいたかった。だが自分たちで納得のいく企画がなかなか出てこないまま昼を過ぎようとしていた。


 城山が言った「街のためになる」ということ。その答えが、彼らの中ではまだ明らかにはなっていなかったのだ。


「ごめん、入ったばっかりのお前たちには難しかったよな。あとは俺と理人でまとめるから、お前たちは今日はもうここで……」


 渓の言葉の途中、宗介はぶんぶんと首を横に振った。


「もう、そういう意味じゃなくて! こんなに桜満開の日になんで大学生が屋内で大人しくしてなきゃいけないんだって話っすよ!」


「え?」


「パーっとやりましょうよ! 俺大学でそういうのやってみたかったんす!」


「うーん、でも俺も理人もそういうお花見とかやったことないしなぁ……」


「型なんてどうでもいいっす、桜見て盛り上がってりゃそれでいいんすよ! さぁ行きましょ! その方が気晴らしになりますって」


 宗介はそう言うなり、渓と理人の返事を待たないまま企画書が何枚も広げられた机から彼らを引き剥がした。


「みっちゃーん、お酒持っていってもいい?」


「いいわよん。お代は後でちょうだいねん」


 宗介はまだ入部したばかりというのに、未だに渓たちが踏み込めない「みっちゃん呼びの壁」を軽々と乗り越え、おまけにあらかじめ持ってきていたのか自分のメッセンジャーバッグからブルーシートを取り出した。


「ていうかお前未成年だろ。酒はダメ」


「えー、ケチだなぁ」


 文句を言う宗介に無理やりウーロン茶のペットボトルを持たせてスナックを出ようとすると、間が「ちょっと待って」と引き止めた。


「あぶないあぶない、忘れるところだったわー。ゴミ袋も持って行った方がいいわよん。毎年お花見の後ってゴミがすごいから」


「ゴミ……」


 間に渡されたゴミ袋を見て、渓はふと動きを止めた。


「伊佐見さん? どうしたんですか」


 真美が気にして覗き込んでくる。


 渓は顔を上げると、間にゴミ袋をもっともらえないか尋ねた。間はきょとんとしていたが、ストックはたくさんあったのか店の奥からゴミ袋を大量に持ってきた。二十枚以上はあるだろう。


「ゴミ袋そんなに必要ないんじゃ……」


 理人も怪訝そうな顔つきでぼやいたが、渓はにっと笑みを浮かべて答えた。


「せっかくなら俺たち流の花見にしよう」






 古巣市の一番のお花見スポットといえばピーコックストリートの桜並木だ。桜の木が植えられている部分は芝になっていて、毎年春になると地元の人たちや朽端大学の学生達を中心に木の下が賑わうこととなる。


 今年も例外なく人がごった返している桜並木の下で、人々の注目は桜よりも風変わりな四人組に集まっていた。風変わりと言っても三人は普通の大学生だ。だが一人は着ぐるみ……うずら通り商店街のマスコット「うずらちゃん」である。


「朽端大学マチカツ部です。お花見のゴミ回収しますのでお声がけくださーい!」


 渓が声をかけると、やがてまばらにお花見の席を立つ人が出始めた。彼らは自分たちの集まりの中で出たゴミを集め、渓たちのところに持ってくる。


「君たち学生さんかい? 偉いねぇ、ゴミ拾いのボランティアなんて。助かるよ」


 老人会らしき集まりの中からゴミを持ってきた男が感心したように言った。


 他の人たちも皆「ありがとう」と言って渓たちの持つゴミ袋にゴミを入れていく。溜まっていくものは廃棄物だが、同時に感謝の言葉も集まってくる。


 晴れやかな桜が舞う空の下で、薄暗いスナックの中で複雑に絡み合った頭の中が少しずつほぐれていくような感じだ。


「やってみて良かったですね」


 理人が渓に向かってぼそりと言った。渓がこの提案をした時は嫌そうな顔をしていたが、今はその様子はない。


「海沿いの中学にいた時、夏休みに海水浴場のゴミ拾いボランティアをやるっていう行事があったんだ。最初は俺もだるいなって思ってたけど、けっこう感謝してもらえて嬉しかった記憶があってさ」


「なるほど。企画に詰まっているからストレートに『街のため』になることやってみようってことですね」


「そういうこと。少しでもヒントにつながればいいけどな」


 渓はぐるりと周囲を見渡す。桜を見に老若男女いろんな人が集まっているが、全体的には高齢者が多い印象だ。


「古巣市ってけっこうお年寄りの割合多いよな」


「そうですね。前にフリーペーパーを置かせてもらいに図書館に行ったじゃないですか。あの時に街の歩みをまとめている掲示を見たんですけど、古巣市って都心部から離れててちょっと土地代が安いから、高度経済成長期あたりにベッドタウンとして移住してくる人が多かったみたいですよ」


「ああそうか、なんか色々つながったかも。うずら通り商店街の近くにある公団住宅って確か1960年代に建てられてるんだよな? うずら通り商店街も創立50年を過ぎてるし。あの辺一帯が賑わったのが今から50年くらい前ってことだな」


「そうでしょうね。で、その時この街に住み始めた若い人たちが今高齢者になっていて、その人たちの子ども世代は自立して街を出て行った。それで少子高齢化が進んでいるってところでしょう。以前赤川さんに聞いた話だと、公団住宅には一人暮らしの高齢者がけっこう多いみたいです」


「独居老人……ニュースで特集やってたの見たことあるけど、この街でも同じ問題が起きているかもしれないんだな」


 渓と理人が真面目な話をしている傍ら、がっくりとうなだれるうずらちゃんの着ぐるみ。


「イサミン先輩……着ぐるみ暑いっす……」


 中に入っているのは宗介だ。渓よりも小柄な宗介はうずらちゃんの中の人の後継者として抜擢されたのである。


 ちなみに体格で言えば真美が一番適任だったのだが、入ったばかりの一年女子にそんなことをお願いするような勇気は渓にはなかった。彼女は今、ゴミを集めながら首から提げている一眼レフで桜の写真を撮って自由気ままに振る舞っている。


「ほら、もう少しやったら休憩するからそれまでもっとうずらちゃんをアピールして!」


 渓がうずらちゃんの背中を叩くと、宗介は少しヤケになったのか「ええい!」と言って着ぐるみの羽をばたつかせながら「ぴよっ! ぴよぴよー!!」と叫び始めた。周囲でどっと笑いが起こる。


 しかし一人の少女だけは違った。その子はむすっとした表情で渓たちに近づいてくると、ビシッとうずらちゃんを指差して言った。


「うずらちゃんはそんな風に鳴かないよー」


「じゃあどんな風に鳴くのか教えてほしいチュン!」


 宗介の余計なアドリブ。おかげでより一層うずらちゃんのキャラがぶれていることに彼は気づいていない。


「もっと、こう! キューン! キューン! キュピピピピッ! ってかんじ!」


「キューン!?」


 思った以上に具体的なアドバイスに宗介が戸惑っていると、少女の母親らしき若いお母さんが駆け寄ってきた。


「娘がごめんなさいね。この子、うずらちゃんのことが大好きみたいで」


 彼女はそう言って娘を抱きかかえると、渓たちの顔を見てふと何か気づいたように言った。


「あの……あなたたち、もしかしてうずら通り商店街で活動してるっていう学生さん?」


「あ、はい、そうですけど」


 すると彼女は渓たちに向かって深々とお辞儀をしてきた。


「私、斉藤の妻です。主人がいつもお世話になっています」


「えっ、斉藤って……あの『さいとう薬局』の!?」


 あまりの驚きに渓の声は思わず裏返った。


 斉藤の年齢は確か50代後半でこれでも商店街の中では若い方である。一方、妻だと名乗った彼女に関しては年を取っていたとしても30代前半にしか見えない。こんなに年の離れた若くて綺麗な奥さんがいたなんて聞いたことがなかったのだ。


「斉藤さーん。ケーキ開けちゃうわよー!」


 彼女は主婦友達らしき集まりと一緒にお花見に来ていたらしい。彼女と同世代の女性に呼ばれ、「今戻りまーす」と慌てて返事をする。


 彼女は戻り際、渓たちに向かって優しげな微笑みを浮かべて言った。


「あなたたち、赤川さんのお店をどうにかしようって考えてるんでしょ? 主人はパチンコ屋の誘致をしたかったみたいだけど、私はあなたたちの案に賛成。やっぱり子どもと一緒に歩きやすい商店街がいいもの」


 彼女は「あ、そうだ」と何か思いついたようにハンドバッグの中から名刺を一枚取り出して、渓に向かって差し出した。


「私、主婦ブログやっているの。古巣市のママ友さんたちけっこう見てたりするから、お店の内容とか決まったらぜひブログで宣伝させてね」


「あ、ありがとうございます……!」


 渡された名刺には彼女のブログのURLが書かれていた。すぐにスマートフォンでアクセスしてみる。古巣市の美味しいレストランとか、季節のイベントの紹介をしているブログのようだ。ほぼ毎日更新されていて、しかも毎回10人以上の人がコメントをしている。彼女曰く、一記事あたりの平均PV数は1,000PVだという。一人の主婦がやっているブログにしてはすごい盛り上がりだ。


「僕たちの企画、こういう人たちが紹介したくなるようなものにしたいですよね」


 理人の言葉に渓は頷く。


 自分たちの知らないところでも応援してくれる人たちがいる。期待してくれている人がいる。


「俺、誰のためにこの企画を作るべきか見えてきたかもしれない」



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