4−2 後輩と後輩



「街のためって何なんだろうな……」


 城山から企画を作り直せと言われた日から数日。


 思わぬ批判で学生たちの思考はすっかり止まってしまい、「スナックHAZAMA」で頭を抱える日が続いていた。


「そういや理人って何でマチカツ部に関わってるんだっけ?」


「今更ですか」


「悪かったな、今まであんまり気にしたことがなくて」


「いやそっちじゃなくて、名前の方です。ずっと僕に対してだけ『長野くん』ってよそよそしかったから気持ち悪かったんですよ」


「あれ、そうだっけ」


 そう言いつつも確かに理人に遠慮していたという自覚はあった。とっつきやすい雰囲気の花笑や慶隆とは違い、理人はあまり自分から渓に話しかけてくるようなタイプではないので距離感がつかめずにいたのだ。


 だが最近は彼と二人で作業をすることが増えていたので、いつの間にか自然と彼の名前を呼べるようになっていたのだろう。


「まぁいいですよ。呼びやすい方で呼んでください。で、僕がマチカツ部に関わっている理由ですか」


「そう。花笑さんと慶隆さんには聞いたことあるけど、理人のは聞いたことがなかったから」


 すると理人はずれてきていた眼鏡をかけ直してから話しだした。


「僕の地元って結構山奥なんですけど、実はあるアニメ映画の舞台になってるんです」


「え、そうなの?」


 理人は頷くと、その映画のタイトルを告げた。興行収入で殿堂入りしているような国民的なアニメ映画だ。舞台となった山奥の温泉宿の豪華絢爛な絵で話題になっていたが、まさかモデルがあったとは。


「そうだったんだ。俺今まで知らなかったよ」


「そうでしょうね。地元の一部の人間しか知りませんから。実は公開当時、映画のプロモーションのためにコラボ企画の提案があったらしいんですけど、市役所がそういうイレギュラーなことは受け入れられないって拒否したらしいんです」


「なるほど。あの映画が公開されたのってもう十年くらい前だっけ。あの頃は今ほどロケ地巡りとか盛んじゃなかったもんなぁ」


「そうですね。それで結局あれだけ映画がヒットしてもロケ地のことは知られないまま地元ではますます観光客が減って、過疎化も進んでいます」


 理人は深いため息を漏らして俯いた。


「僕は地元の景色が好きです。それがあの映画に出てきた時はすごく嬉しかった。けど、市役所職員の父さんにコラボ企画を拒否したって話を聞いた時、地元のことを嫌だなって思ってしまったんです。自分たちの町を盛り上げる機会をみすみす失って、本当にもったいないって」


 理人の口調が速くなっていく。口数が少ない彼がここまで一人で喋っているのは見たことがない。そういえば語り出すと長いと自分で言っていたっけ。渓はあえて口を挟まず黙って彼の話を聞いていた。


「だから僕はリベンジしたい。今度は自分がアニメを作る側になって、堂々と言ってやろうと思ってるんです。この景色は地元の景色ですって。それで地元の人たちに自分たちの町の良さをもう一度知って、自信持ってもらいたいなって。その参考にしようと思ってまちづくりの授業を受けてたら花笑先輩に会って」


 そこまで言って彼はハッと口を覆った。


 急に熱が冷めたかのようにおどおどとして、メガネをいじりながら渓から目をそらした。


「あ、あの、別に笑ってもらって構わないんですよ。アニメーターになるなんてバカな夢だと思ったでしょ。オタクの妄想かよって」


 だが渓は首を横に振った。


「お前、ちゃんと地元のこと考えていて偉いよ。俺みたいに地元がない人間にはそういう発想浮かばないし」


 渓の言葉に理人はしばらく黙っていたが、やがてふっと笑った。


「親には馬鹿にされたのに……肯定してくれたのはこれで三人目です」


 他の二人が誰なのかは容易に想像がつく。


 そして自分自身の言葉を思い返した渓はふと気づいた。


(待てよ。俺はこの街のことちゃんと考えていたか……?  赤川さんの店を維持することだけを優先しちゃってたんじゃ……)






 朽端大学に新入生が入ってきた。


 本格的な新入生歓迎シーズンとなり、連日開催されるサークル紹介では渓たちもマチカツ部のブースを設営し勧誘を行った。


 合格発表の日にパンフレットを配ったこともあって、文化系の少人数サークルにしてはブースに立ち寄ってくれる新入生が多かったと言っていいだろう。


 渓と理人の二人ではとても対応が間に合わず、無理言って四年生の二人に来てもらったり、菊地教授も呼んでプチ講義形式でまちづくりについて説明してもらったりした。


 だがなかなかサークルに入ることを決める新入生は少なかった。


 説明を聞いて興味を持った新入生を集めてうずら通り商店街の案内をしたのだが、あまりのすたれっぷりに引いてしまったのか、結局最後まで入部の意思が揺るがなかったのは二人だけ。


「もう少し勧誘続けますか?」


 理人に聞かれて渓は首を横に振った。


「いや、とりあえず今の段階ではあんまり人数が多すぎてもこっちがまとめきれなくなる。俺は商店街の現状を見て二人残ってくれただけでもマシだと思うよ」


 週末になり、渓たちは二人の新入生を「スナックHAZAMA」に迎えた。今日は久しぶりに花笑と慶隆もいるし、間はもちろん菊地教授にも来てもらっている。


 新入生二人は緊張した面持ちで身を強張らせながらスナックの扉をくぐる。その様子を見て渓はなんだか懐かしくなった。ほんの三ヶ月前には自分も同じように恐る恐るこの店に入ったっけ。


「じゃあまずは自己紹介をお願いできるかな」


 渓が声をかけると新入生のうちの一人が進み出た。


 ツンツンと固めのワックスでセットした黄色に近い茶髪に、ごつめの装飾がついたレザージャケット、そして刺繍の入ったジーンズ。ぱっと見、田舎のホストのような外見だ。彼はすっと息を吸うと、小さなスナックには十分すぎるくらい大きな声で自己紹介をした。


「自分は上井宗介かみいそうすけっす! 大学生になって意識高ぇことやりたいって思って入部決めたっす! よろしくっす!」


 もう一人の方は、宗介とは対照的に猫背で大人しい雰囲気の女子であった。首からは高そうなカメラを提げている。


「……み、三宅真美みやけまみです。あの、私、その……この商店街の、レトロ感がすごく気に入って……」


 真美は口をもごもごと動かしながら小さな声でそう言った。


 パチパチパチと、間が素早いリズムで拍手を送る。


「宗ちゃんに真美ちゃん! 良いじゃなーい、個性的で!」


「まぁ間さんには敵わないですけどね」


「そういうイサミンは気をつけておかないと、二人に比べて見劣りしちゃうわよう!」


「うっ」


 痛いところをついてくる。


 だが同時に渓は心踊らずにはいられなかった。自分とは全くタイプの違う二人が加わって、ここから新しいマチカツ部が始まっていくのだ。



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