3−4 「中の人」な一日
合格発表当日。
「うずらちゃん」作戦は渓たちが思っていた以上に功を奏した。
突貫工事で男子学生による手作りの着ぐるみはさすがにクオリティが高いとは言えなかったが、その絶妙に気の抜けた仕上がりがかえって新入生たちにウケたらしい。千葉県船橋市の某キャラと同じ法則である。
「かわいいー!」
「え、これ何のキャラ? いがぐり?」
「いやいや鳥っしょ」
「ちょっと一緒に写真撮らせてくださーい!」
着ぐるみを着た渓は新入生だけでなく在学生にまで引っ張りだこ。人ごみの中であちらこちらに連れまわされ、ただでさえ蒸し暑い着ぐるみの中は赤道直下のような環境になりつつある。
フリーペーパーの配布状況は以前全くはけなかったのが嘘かのようだった。とりあえず50部だけ持ってきていたのだが5分経たないうちにあっという間に底をつき、慶隆は慌てて追加分を取りに
フリーペーパーには理人が急ぎで作ったマチカツ部の紹介ペーパーも挟んでいる。大学の決まりでサークル入部は四月からなので、それまでにいかに興味を持ってもらえるかが勝負だ。
新入生たちの反応を見るに、少なくともうずらちゃんやフリーペーパーを作るという活動には関心を持ってもらえている。もしかしたら四月から新しい後輩が入ってくるかもしれない、そう思うと渓は心踊らずにはいられなかった。
名実ともに後輩ができるというのは彼にとって初めての経験だった。転校続きだと、学年が下でも学校にいる長さでは自分の方が短くてあまり後輩という感じがしなかったからだ。理人にしたって学年は一つ下だが、浪人しているので年齢は同じだし、マチカツ部の歴は渓よりも長い。
なんだか四月を迎えるのが楽しみになってきた……そう思ったところで渓はハッと気づく。
「俺、顔出ししてないから後輩に覚えてもらえないじゃないですか!」
しかし時すでに遅し。合格発表の盛り上がりはほとんど収束し始め、サークル勧誘に来ていた学生たちは立て看板やチラシを片付けて帰り始めている。
写真撮ってくださいと寄ってきた新入生たちの中には可愛らしいがまだ垢抜けていない女子——つまりはほぼ女子高生——もいて舞い上がったものだが、彼女たちが見ていたのは「うずらちゃん」であって伊佐見渓ではない。
悲嘆にくれていると、誰かの手が渓の(着ぐるみの)頭部を優しくなでた。
「イサミンお疲れ様。私たちもそろそろ帰ろっか」
「花笑さん……」
彼女がいつも以上に積極的なボディタッチをしてくれるのはおそらく渓の身体に対してではなくうずらちゃんに対してだからなのだが、その優しさについ深く考えずに「好きです」と言ってしまいそうになり、渓は慌てて視線を逸らした。
商店街に戻ると、向かい側から美耶が歩いているのが見えた。彼女は片手にA4サイズの封筒を抱えながらスマートフォンの画面を見ていて、まだこちらには気づいていない。
寂れた商店街に突如現れた着ぐるみ……彼女がどう反応するのだろうか。試してみたくなり、花笑たち三人は渓を道の真ん中に置き去りにして物陰に隠れた。
美耶はふと顔を上げ——そしてぎょっと目を見開く。
「うずらちゃん!?」
彼女はパタパタと足音を立てて駆け寄ってきた。
(えっ、なんか意外なんですけど)
美耶は渓たちには普段見せないようなきらきらとした眼差しを着ぐるみに降り注ぐ。そんなにこのキャラクターが好きだったのだろうか。渓が疑問に思っていた時、彼女の次の行動はますます彼を混乱させた。
美耶が細い両腕でぎゅっと着ぐるみの身体を抱きしめたのだ。
(ええええええええええええ!!??)
丸いシルエットの着ぐるみではあまり身体が触れているという感覚がしない。だが目の前の彼女は確かにうずらちゃんに対して愛おしそうに頬をすり寄せていた。
「ああ嬉しい……自分が作ったキャラが着ぐるみになるなんて……」
「えっ」
思わず漏れ出た渓の声に美耶はハッとなって離れてしまった。その顔はみるみるうちに赤く染まっていく。
「え、ちょっと、やだ、まさか……」
「やだとは何だよ、やだとは」
渓はむすっとして着ぐるみの頭を外した。美耶は「うわぁぁぁぁ」と顔を覆ってその場にしゃがみ込んでしまった。
(お、おいおい……勝手に抱きついてきたのはそっちの方のくせに)
態度を変える美耶に文句を言いたくなったが、あれだけ無防備な表情を見てしまったことへの罪悪感で胸の内にとどめておくことにした。
やがて花笑たちが物陰から出てくる。
「もしかして……うずらちゃんて、美耶ちゃんがデザインしたの?」
美耶はしばらく黙っていたが、うずくまったまま小さく縦に頷いた。
「すごいな美耶ちゃん! 前にフリーペーパーの指摘をくれた時も詳しいなと思っていたんだが」
慶隆が関心したように言うと、美耶はよろよろと立ち上がって抱えている封筒を渓たちに見せてきた。
「受からないと恥ずかしいから黙ってたけど……私、来月からここの学生だから」
封筒に印字されているのは近隣にある美大の名前だ。
「もしかして浪人って美大浪人だったの……? すごいよ美耶ちゃん、おめでとう!」
「あ、ありがとう……」
花笑に褒められ、より一層顔を赤らめる美耶。
「か、勘違いしないでよ。別にこの街を出ていくってわけじゃないんだから。むしろおじいちゃんちから通うことにしたから、今まで以上にあんたたちが変なことしないかちゃんと見張ってやる」
彼女の強気な口調はあからさまな照れ隠しだった。渓たちは顔を見合わせて笑う。
もしデザイン力のある美耶がマチカツ部の活動に協力してくれるようになれば、もっとフリーペーパーの質を上げられるし、うずらちゃんの完成度もなんとかできるだろう。
美耶もまんざらではないようだし。
そう、頼られるって嬉しいことなんだ。
美耶の表情を見ながら、渓はようやく自分がマチカツ部の活動を続けている理由を理解できるような気がした。
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