3−3 うずらちゃん



「フリーペーパー『うずらスタイル』本日創刊です!」


「一部店舗はすぐに使えるクーポンもついてます! よろしくお願いします!」


 いよいよフリーペーパーが完成したその日。


 渓たちは古巣駅前に立ち、道行く人々に配って回っていた。狙いはピーコックストリートの方へと歩いて行く人たちだ。


「渓、そっちはどうだ?」


 慶隆に声をかけられ、渓は肩をすくめる。


「いや、全然ダメですね……」


 理人も近寄ってきたが彼も首を横に振る。


 抱えているフリーペーパーの量はなかなか減らない。四人の中では花笑が一番さばいていたが、それでも受け取ってくれる人は少なかった。


「花笑さんでもダメかぁ。なんか俺、急にティッシュ配りの人に申し訳なくなってきました」


「俺もだ。普段無視してしまうからな」


「僕は違いますよ。ティッシュはもらえるならもらう派です」


「もーっ! みんなお喋りしてないでちゃんと配ろうよーっ!」


 花笑がむすっとして叫び、渓たちはそそくさと持ち場に戻った。だがどんなに声を張り上げて配っても状況はそう変わらない。


「ヘックシュン!!」


 大きなくしゃみの音がして渓は振り向いた。理人の鼻から鼻水が垂れている。渓が駆け寄る前にさらに二発目、三発目。立て続けにくしゃみをして理人はその場に座り込んでしまった。


「おい、大丈夫か。風邪でも引いた?」


 理人が弱々しげに顔を上げる。その表情を見て渓は風邪ではないということを理解した。目は赤らんでいて肌はいつもより荒れている。理人はズルズルと鼻をすすりながらダミ声で言った。


「すみません……僕花粉症ひどいんです。普段こんなに外にいることがないから、一気にやられたみたいでヘクシュンッ!」


 また一つ盛大なくしゃみ。透明で粘りけのある液体が渓のコートに付着する。


「……花笑さん、いったん戻りませんか」


 渓の低い声に、駆け寄ってきた花笑は「そ、そうだね」と言うしかなかった。






 うずら通り商店街の方へと戻る途中、渓たちはいつもと違う光景を目にした。普段は何もなかったアーケードの柱に旗のようなものが設置されていたのだ。


「あ、うずらちゃん!」


 花笑がその旗に描かれている鳥のキャラクターを指差した。うずらをまるっとデフォルメした愛嬌のあるキャラクターだ。いわゆる「ゆるキャラ」というやつである。


「知ってるんですか?」


「イサミンが入る前にね、商店街の企画であのフラッグに載せるマスコットキャラのデザインを募集してたことがあったの。私も応募したんだけど、結局あっちのデザインが採用されて」


 花笑の口調には少しだけ未練があるように思えて、渓はどんなデザインで応募したのか尋ねてみた。花笑は自分のスマートフォンの画像フォルダから応募したイラストを見せてくる。


「これ。どう? 可愛いでしょ! 絶対こっちの方が良かったと思うんだけどなぁ……」


「え、えっと、そうですね……」


 渓はしどろもどろに答えた。


 花笑の作ったキャラクターのデザインは「うずらちゃん」と同じく鳥の形をしているようだったが、線がいびつで両目の大きさのバランスが悪く、色合いは蛍光色が一部入っていて眩しい、見ていて少し不安を覚えるような出来であった。


 渓たちがそんなやりとりをしている最中、団地の方へと向かって歩く親子の姿が見えた。幼い娘は今日から設置された旗に早速気づき、それを指差して言った。


「ママー、うずらちゃんがいるー」


「あら、ほんとだ。可愛いねぇ」


 娘と母親は和やかに会話しながら商店街を横切っていく。


「街の人もあのキャラクターのこと知ってるんですね」


「うん。あのデザインに決まった時はけっこう盛り上がったんだよ。認めるのは悔しいけど、あまりローカルな商店街らしくないクオリティだしね」


 花笑は口を尖らせながら言った。


 確かに、一般人が応募できるコンテストの中で決まったにしては妙にちゃんとしたデザインだ。愛着の湧きやすいシルエットに、街の特徴をとらえた装飾。プロに依頼して作ったと言われても納得しそうである。


(この街にこれだけのデザインができる人がいるってことか?)


 ミドリ青果店のスムージーや和装ロックバンドの『居座り鴉』にしてもそうだが、この街には自分が知らないだけで才能を持った人たちが何人もいる。


 また別の親子が商店街を通りうずらちゃんの旗に気づく様子を見ていて、渓の頭にはふとあるアイディアが浮かんだ。


「……そうだ。うずらちゃんの着ぐるみを作って、それでフリーペーパー配るっていうのはどうですか? 俺たちが配るよりは受け取ってもらいやすいかも」


「おお、それはいいな!」


 慶隆と理人が頷いて同意した。一方花笑はあくまで自分のキャラクターではなく「うずらちゃん」であることに少し不満げだ。


「アイディアは面白いけど……着ぐるみなんてどうやって作るの?」


「俺、なんとなく作り方わかります。前に高校の文化祭で作ったことがあって。その時はネットで調べましたよ。最近コスプレする人とか増えてきてるから、作り方がアップされてたりするんです。今も調べれば出てくると思います」


 高校の文化祭——渓にとってそれはあまりいい思い出ではなかった。


 転校したタイミングが文化祭直前という絶妙にクラスの輪の中に入りづらい時期で、とりあえず居場所を得るために人手の足りなかったマスコット作りに参加することにしたという経緯だった。マスコットなんて興味のかけらもなかったが、少しでも役に立ちたくて無駄に調べ物をしたり買い出しを進んで引き受けたりした。


 その経験がまさかこんなところで役に立つとは。


 慶隆は感心したように渓の肩を強く叩く。


「渓、お前ってほんと多才だよなぁ」


「いや、俺はなんでも中途半端に手をつけたことがあるってだけですよ。何か一つ特化したものがあるわけでもないし」


「そうひがむなよ。それも一つの才能だって」


 慶隆は笑ってそう言った。


 なんだか褒められているのか馬鹿にされているのか分からない、複雑な心境だ。だが「才能」という言葉に、少しだけ身体が軽くなるような感じがした。


「あ……大学の合格発表の日までに作れたらいいかもしれませんね。初めてこの街にくる新入生も多いから、うずら通り商店街だけでなくマチカツ部の宣伝にもなりますし……ヘクシュンッ!」


「確かに、サークル勧誘にはちょうどいいかもしれないね……」


 理人のアイディアに、ようやく花笑も折れた。


 そう、三月といえば大学の合格発表がある。この日入学が決まった新入生たちは入学の手続きの後、先輩たちによるサークル勧誘によってもみくちゃにされるのがお決まりだ。


 マチカツ部は今のメンバーでも不足がないように思えるが、四月になれば花笑と慶隆は四年生になりそろそろ就職活動に本腰を入れなければいけない。サークル活動を継続させていくには新入生の勧誘は欠かせないのだ。


「よし……やりましょう!」





 合格発表の日まであと五日もない。渓たちはすぐさま城山に「うずらちゃん」の使用許可を取りに行き、その足で手芸品店のある隣町まで材料を調達しに行った。


 作り方は簡単に調べられても実際に作るには時間がかかる。渓はその日から徹夜覚悟で着ぐるみの製作に取り掛かった。今が大学の春休み期間で本当に良かったと思う。授業がある日は課題も出たりするのでこう思うように時間を使えないのだ。


 やがて着ぐるみの原型ができてきた頃、花笑がふと思い出したように言った。


「そういえば、この着ぐるみって誰が着るの?」


 四人は顔を見合わせる。皆連日の作業で疲れた表情を浮かべていた。


「ぼ、僕は無理ですよ……肌弱いので、こういうのすぐ痒くなっちゃうし……」


 理人が声を震わせながら言った。それ以前に彼の細い身体では着ぐるみの重さに耐えられるか不安だ。


「俺ならやってもいいぞ」


 慶隆はそう快諾したものの、試着してみて無理だとわかった。彼は身長180cmを超えているのでやたらと威圧感のある「うずらちゃん」になってしまう。


「やっぱりここは私かな!」


 花笑は得意げにそう言ったが、彼女も試着の時点で無理だとわかった。うっすらそんな予感はしていたのだが、豊満な胸がつかえてしまうのだ。


「俺しかないですよね……」


 渓は半ば諦めたようにそう言った。


 今や着ぐるみ製作所と化しているバーの奥で、はざまが「あらーアタシがやってもいいのよん」と言っていたが、渓はわざと聞こえなかったふりをした。


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