3章 前途多難なフリーペーパー

3−1 美耶のダメ出し



「印刷したやつ持ってきました!」


 渓と理人がはざまのスナックに戻ると、待機していた花笑と慶隆はまるで餌を待ち焦がれた子犬のようにすぐさま二人の元へと駆け寄った。


 理人が手に持っていたものを見せる。それはフリーペーパーの試し刷り、つまりはゲラだ。印刷会社に依頼する前に大学のプリンタを使って刷ってみることにしたのだ。


「わぁ……やっぱりこうして紙にしてみるとなんだか実感湧くね」


 花笑がゲラの隅々まで食い入るように見ながら呟いた。それを聞いて渓は頷く。


 節分祭りから二週間。


 城山から広告掲載料を得られたのは渓たちにとって大きかった。商店会長が許可したならと、他の商店主たちも次々に承諾するようになったのだ。


 掲載が決まったのは8店舗。そう、これでも交渉が上手くいかなかった店舗がいくつかある。


 例えば和菓子屋の「古巣堂安城」では店主にフリーペーパーがどんなものなのかを理解してもらえず、「よくわからないものにお金は払えない」と断られてしまった。


 また、「高木家具店」では相変わらず学生が声をかけるだけで店主・高木の機嫌が悪くなり、城山から許可をもらっていると伝えても全く響かなかった。むしろ火に油だったのか、「あいつがどう言おうと俺には関係ねぇ」と追い払われた始末である。


「まぁ高木さんとうちのおじいちゃんは犬猿の仲だからしょうがないね」


「わっ、ちょっ、急に声かけてくるなよ!」


 いつの間にやら美耶もスナックの中に入ってきていて、渓の背後からゲラを眺めていた。


「え、待って、もしかしてこれで完成じゃないよね。デザインちょっとダサくない?」


 美耶はため息とともに感想を吐いた。


 直球に痛いところを突いてくる……渓は美耶の言い方には苛立ちを覚えたが、その指摘はもっともだと思った。


 渓たちはデザインに関しては素人しろうとだ。見様見真似でフリーペーパーらしいデザインにしたつもりだったが、ロゴの雰囲気や写真とテキストのレイアウト……実際こうして印刷してみると自分たちが思い描いているものよりもずいぶんチープに思えてしまう。いや、無料配布するものなのでチープも何もないのだが、せっかく作るのならちゃんと手に取ってもらえるようなものにしたい、その気持ちはあった。だが彼らにはそれを実現する技術がない。


「文句言うならちゃんと改善点まで教えろよ」


 渓がむすっとして美耶に言うと、彼女はうーんと顎に手をやりながら少し考え込んだ後、ゲラを指差した。


「まずロゴね。これOSに初期搭載されてるフォントでしょ。使い古されてて目を引かない。ちょっとでも工夫したいならフリーフォントとか使ったら? あと商店街の雰囲気をイメージして明朝にしたんだと思うけど、ちょっとお堅すぎる印象を受けるかな。どういう人に手に取ってほしいかにもよるけど、学生が作ったにしては若さを感じられない」


 いきなりペラペラと喋りだしたので、理人が慌ててパソコンを開いて彼女の言うことをメモしだす。


「あと全体的な色合い。カラーパターンがページによって統一されてないから落ち着かない。あんたたちページごとに分担して作ったでしょ?」


 渓たちは互いの顔を見合わせる。美耶の言った通りだ。少しでも早くできるようにそれぞれ担当を決めてページを作ったのだが、ゆえに花笑のページにはピンク系の色が多く使われていたり、理人のページはモノクロ基調だったりとばらけてしまっている。


「あとテキストの細かさ。さっきロゴの時にはお堅い感じでこの辺の高齢者向けなのかなーって思ったけど、これだけ文字が小さいとお年寄りは読めないよね。ただのインタビューしましたアピールになっちゃってる。それってあんたたちの自己満であって、読み手には関係ない。誰に読んでほしいかがぼやけてるからデザインコンセプトもぶれぶれなんだよ」


「おっしゃる通りです……」


 思わず丁寧な敬語になってしまった渓。美耶は誇らしげにフンと鼻を鳴らした。


 ついついインタビューをして集めた商店街の情報を詰め込むことを優先してしまって、誰に読んでもらうかは考えていなかった。


 だがこの商店街の周辺に住む人に商店街の良さを再発見してもらうためなのか、それとも全く違うところにいる人にうずら通りに関心を持ってもらうためなのか、目的が違えば最適なデザインも違う。


「美耶ちゃん詳しいんだね。ありがとう、私たちもどうやって直せばいいか分からなかったから助かるよ」


「別に……これくらい普通でしょ」


 花笑に礼を言われて照れたのか、美耶の頬が少しだけ赤く染まった。


「それにしても美耶ちゃんがうちの店に来るなんて珍しいわねぇ。何かあったのん?」


 間がカウンター越しに尋ねると、美耶はハッとした表情を浮かべた。本来の用件を思い出したようだ。


「マチカツ部におじいちゃんからの伝言を伝えに来たの。三月初めに商店街の月に一度の定例会があるから、そこに顔出してフリーペーパーの進捗を共有してほしいって」


「あら、それはいい案ねぇ。定例会なら商店主がみんな集まるから、一人一人に見せる手間も省けるし」


「そういうこと。だから今言った指摘はそれまでに直しといた方がいいよ。あんたたちが思ってるほど、商店街の会議って物分かりのいい人たちの集まりじゃないからね」


 美耶はそれだけ伝えるとスナックを後にした。


 花笑は「早速直そうか」と言って自分のノートPCを開き作業に入る。


「商店街の会合に呼ばれたってことは、俺たちもそれなりに認められてきたってことなんじゃないか? そうだとしたらテンション上がるな」


 慶隆は嬉しそうに言ったが、渓は素直に同意できなかった。美耶の言ったことが引っかかっていたのだ。「物分かりのいい人たちの集まりじゃない」というのは一体どういうことなのだろう。イメージがつかない。


「イサミン、あんまり深く考えなくていいのよう。別にみんな悪い人たちってわけじゃないんだから」


 渓の考えを見透かすように間が声をかける。渓は「そうですね」と返し、まずはフリーペーパーの修正を優先することにした。




 そして三月、定例会の日——。


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