2−4 城山の思い



「……で、次は今度の古巣神社の節分祭についてだが」


 店のシャッターを半分下ろして店じまいを始めた「しろやま家電」の中で、店主の城山は古巣市市役所の産業振興課職員・弦田と打ち合わせをしていた。


 美耶が奥の部屋からお茶を持ってきた。弦田は小さな声で礼を言い、かばんから書類を取り出しながら言った。


「奉納の催し物に関してはこちらで手配を進めています。例年通り古巣中学校書道部、朽端大学落語研究会、そして市民有志の和装ロックバンド『居座りがらす』の三団体です」


「相変わらず仕事が早いな」


「いえ……」


 城山は褒めたつもりだったが当の弦田は無表情のままうつむく。市役所職員の割に長く伸びた前髪が彼の顔に影を落とした。


 弦田は数年前から産業振興課に配属された市役所と商店会の間を取り持つ調整役だ。仕事はできるがどことなく覇気がなく、用件だけ伝えると世間話の一つもしないで帰ってしまう。もう少し打ち解けてくれてもいいだろうに。城山は弦田の仕事っぷりを買っている分、物足りなさも感じていた。


 そんな城山の思いは意に介さず、弦田はテキパキと書類をまとめて城山に手渡す。


「商店会の方はいかがですか? 出店数は例年通りだと伺っていますが」


 それで本当に大丈夫ですか、そんな意図が言葉尻に込められているのを感じた。


 弦田の心配はもっともだ。年々商店街の商店主たちは年を取り、働き手も減っている。毎年同じ数の屋台を出すのが苦しくなってきているのが本音のところだ。


 だが節分祭りは、この地域の子どもたちが地元の文化に触れる貴重な機会。できるだけ盛り上げて、地元を好きになれるような祭りにしてやるのが大人のつとめ——城山にはそんな思いがあった。


「問題ない。手配は進めている」


 隣で作業をしている美耶が顔をしかめて城山の方を見てくる。「私もまた手伝わされるの?」とそう言いたげだ。商店会長の孫で居候いそうろうなんだから当たり前だろう。城山はそれを言葉にせずフンと鼻を鳴らして一蹴する。


「分かりました。ではあとは当日に——」


 弦田がそう言って店を出ようとした時だった。


「城山さん!」


 バタバタと店の外が急に騒がしくなったと思ったら、半分開いたシャッターの向こう側に四人分の足が見えて、はっきりとした声が響いてきた。さっき店に来ていた男子学生の声だ。人数で押しかければなんとかなるとでも思ったのだろうか。


「フリーペーパーの件なら駄目だと言ったはずだ。何度来たって同じ……」


「違います! ちょっとでいいので、お話させてもらえないでしょうか」


 だったら何をしに来たというのだろう。城山は美耶に視線を送る。彼女は「はいはい」と言って閉めかけていたシャッターを上げた。そこにはマチカツ部の学生四人が立っていた。帰るタイミングを失った弦田は何事かと城山の方を見てきたが、城山はそれを無視して学生たちに問う。


「何の話だ。悪いが来客中だ。手短かに済ませてくれないか」


「俺たちに手伝いをさせてもらえませんか」


「手伝い?」


「はい。商店街で困ってることとかあったら手伝わせてほしいんです。あの、わりと何でもやりますから! 力仕事でもいいですし、花笑さんだったら店番をしたりとか、長野くんはパソコンが得意なので事務系でもお役に立てると思います」


「そんなことをしてどうするつもりだ」


 すると、茶髪パーマの男子学生は隣に立つがたいのいい方の学生に視線を送った。彼は一歩前に進み出て、城山の方にまっすぐ向き合う。


「俺たち、もっとこの街のことを知りたいんです。でもただ教えてくれっていうのはフェアじゃないと思って。こいつらになら自分たちのこと話してもいいなって信頼してもらえるために、まずは力になりたいんです」


 城山は唾を飲む。


 早いうちに諦めさせてやろう、そう思ってさっきはあえて厳しい言葉をぶつけておいたにもかかわらず、たったこの短時間の間に再び這い上がってきた。彼らなりの答えを見つけて。


 この学生たちは本気だ。


 しかしだからこそ迷う。特にこの体格の良い学生。わざわざ寂れた商店街に関わらなくても、運動部に入ればレギュラーになれたりして、その方が就職活動に有利になったりするんじゃないだろうか。


 廃れる一方のうずら通り商店街に関わることで、彼らの貴重な時間を無駄にしてしまう……それが城山の一番恐れていたことだった。だからこそ学生たちをはねのけ、自分たちの街は自分たちでなんとかしようと思っていたのだ。


 城山は腕を組み、低い声で答える。


「……なるほど。お前たちの考えはわかった。だが生憎あいにく、お前たちにできることなんてこの商店街には——」


 学生たちの表情が曇る。そうだ、そのまま呆れて商店街に見切りをつけてしまった方がいい。


 城山が言葉を続けようとしたその時、美耶が「あ」と場違いに明るい声を出して手を叩いた。


「おじいちゃん。せっかくだからこの人たちに手伝ってもらおうよ。今度の節分祭りの屋台とかさ」


「……美耶」


「何? 別に言っちゃいけないような話でもないでしょ。人手に困ってるのは事実なんだし」


 城山は孫娘をにらんだが、彼女はひるむことなくにやりといたずらな笑みを浮かべた。別に学生たちのことを思っての発言じゃない。自分だけ手伝いをやらされるのが嫌で悪知恵を働かせたのだろう。


 だが確かに、猫の手も借りたい状況であるというのは事実であった。


「お祭りの手伝い……ぜひ私たちにやらせてもらえませんか?」


 女子学生がにっこりと微笑む。先ほどの悔しさを押し殺した表情とは大違いに、憑き物が落ちたかのようにすっきりとした顔だ。彼女が確か「マチカツ」の言い出しっぺだったか。いつの間にかメンバーが四人に増え、きっと仲間に支えられてここに再び来られたのだろう。


 城山はため息を一つ吐くと、美耶に倉庫からあるものを取ってくるように命じた。美耶は普段の気だるげな態度からは信じられないくらいに機敏に動き、言われたものを持ってきて学生たちに手渡した。商店会の法被はっぴだ。


「……商店会の屋台に関しては赤川に段取りを任せてある。詳しいことはあいつに聞いてくれ」


 彼の言葉に、学生たちは目を輝かせてはつらつとした声で返事をした。




(俺も歳をとったな)


 足早に店を出て行く学生たちの背中を見送りながら、城山は一人そんなことを思った。



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