2−2 商店会長・城山
丁寧に切りそろえられたアッシュカラーのマッシュヘアに、耳に敷き詰められた金銀のピアス。丈の長い黒のシャツワンピの上に着ている、店のロゴがプリントされたエプロンさえなければ、いかにも表参道を歩いていそうな小洒落た雰囲気だ。
そんな彼女が街の電気屋のレジカウンターの向こうで、まぶたの上にかかる前髪の奥からいぶかしむような視線を渓たちに向けている。
「あんたたち最近この辺でゴソゴソやってる学生でしょ。うちに何の用」
語尾には「忙しいんだけど」という不快感が込められていた。レジの奥にはパソコンが置いてあり、どうやら在庫管理の入力をしている途中だったようだ。
「お仕事中にすみません。私たち、商店会長の城山さんに相談したいことがあって」
花笑がそう言うと、彼女は「ああそういうこと」と一人納得した様子でレジの奥にある従業員室に向かって声をかけた。
「おじいちゃん、ちょっと来て」
すると奥から足音がして、白髪の背の高い男がレジカウンターの方へと出てきた。
「なんだ
男はすぐに渓たちに気づき、むっとした表情で腕を組んで立つ。
「
低い声音に、渓は思わず肩を震わせる。
美耶という女の祖父なのであれば、年齢は60代後半といったところか。歳の割には顔つきは凛々しく引き締まっており、深く刻まれた顔のシワは彼の威厳をひき立たせている。外見で似ているところは少ないが、渓たちに向ける視線は美耶のそれと同じだ。
「あの……」
渓は説明しようとしたが上手く言葉にならなかった。
こんな年上の人間に睨まれるなんて、よくよく考えてみれば人生で初めての経験だ。小中高と家族以外の身近な大人といえば学校の先生くらいで、それでも自分の祖父母ほど年が離れていることなんて滅多になかったし、そこそこ優等生だった渓は先生に疎まれるといったこともあまりなかった。
何世代も違う相手、しかも自分たちのことをよく思っていない相手に、一体どのように声をかければこちらの話を聞いてもらえるのだろう。
思考ばかりがぐるぐると回って、口が全然動かない。
隣を見やると、花笑も同じことを感じているのだと分かった。彼女のぎゅっと握りしめている拳がわずかに震えている。
それでも、先輩として、マチカツを言い出した人間として、彼女は責任を感じていたのだろう。花笑は城山に対してまっすぐに視線を返し、喉を震わせながら言った。
「私たち、うずら通り商店街についてのフリーペーパーを作ろうと思うんです。お店の紹介をして、お客さんを連れてこれればいいなと思っていて。それで、ちょっとだけでいいんです、ちょっとだけ広告掲載料としてご協力いただきたいなと思って……」
「だめだ」
やっとの思いで絞り出した花笑の言葉が、あっけなく否定される。
「お前たちはこの商店街のことを何も分かっていない。フリーペーパーで集客? 本当にそれが商店街のためになると思っているのか。お前たちがただやりたいだけなんじゃないのか?」
「それは……」
「フン。俺たちには学生のままごとに付き合ってやれるほど暇も余裕もないんだ。お前たちも自分の時間の使い方をよく考えることだな」
城山はそう言うと、美耶に「また作業の続きをしているから」と伝えて奥の部屋へと戻って行ってしまった。反論や弁解をする隙すら与えられず、花笑と渓はただ呆然とその場に立ち尽くす。見かねた美耶はため息を吐いて言った。
「……そういうことだから。帰ったら?」
渓はちらりと花笑の表情をうかがった。少しだけ鼻が赤らんで、瞳が潤んでいる。
悔しい。なんで話すら聞いてもらえないんだ。こっちは街のことを考えて提案しているのに。
渓ですらそう思っているのだから、花笑の頭の中にはもっと色んな感情があるはずだ。それでも彼女は口をぎゅっと一文字に結ぶと、「また来ます」と小さな声で言って渓を連れて店を後にした。
「おじいちゃん」
渓と花笑が店を出て行った後、美耶は従業員室で電化製品の修理をしている祖父の背中に向かって声をかけた。
「さすがにさ、さっきのはちょっとあたりが強かったんじゃないの? そりゃ確かにあいつらは軽い気持ちでやってるのかもしれないけどさ、それでも学生が商店街のために何かやってくれるなんて滅多にないことじゃん。別に否定するほどのことじゃ……」
だが城山は孫の方を振り返らないまま首を横に振る。
「中途半端な気持ちならやらん方がいい。俺はあいつらのことも思ってああ言ったんだ」
そう言って彼は再び作業に集中し始めた。これ以上その話を続けるなというサイン。
美耶はやれやれと肩をすくめた。
「そう思ってるならちゃんと伝えてあげないと。おじいちゃんは言葉一つ足りないよ。だからいつも苦労するんだってば」
どうせ聞く気はないだろう、それを良いことに彼女は思いのままにぶつぶつと小言を言いながらレジの方へと戻っていく。城山はふんと鼻を鳴らすだけで、作業の手を止めることはなかった。
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