2章 商店街と学生

2−1 非協力的な大人たち



「イサミン。そっちはどうだった?」


「なかなか承諾してもらえませんね。『ベーカリームギタ』と『さいとう薬局』に行ってみましたけど、あんまりいい反応じゃなくて。慶隆さんと長野くんの方はどうですか?」


「こっちもダメだな。『高木家具店』のおっちゃんに関しては話しかけただけで怒鳴られたぞ。営業時間中に行ったのがまずかったかもしれん」


 学生四人は「スナックHAZAMA」のテーブルを囲んで深いため息を吐く。


 渓がアドバイスしたあの日から、フリーペーパーの広告掲載料に関して各商店への交渉を始めたのだが、思っていた以上に商店主たちの財布の紐は固かった。店先であしらわれることも少なくなかったが、たとえ話を聞いてくれたとしても、皆が口を揃えてこう言うのだ。


 商店会長の城山さんが許可しているなら、と。


「こういう話って商店会長の許可がないと動けないようなもんなんですか?」


 渓が店の奥で仕込みをしているはざまに尋ねると、彼は首を横に振った。


「そんなことないわよう。でも、面倒なことはみんなシロさんの判断に任せればいいやって風潮があるから」


 その言葉に花笑はしゅんと肩を落とした。


「もしかして、商店街の人たちにとって私たちの活動って迷惑になっちゃってるんでしょうか……」


「あらやだ、そういうつもりで言ったんじゃないわよう! そうじゃなくて、うずら通り商店街の人たちは新しいことに対する拒否感みたいなものを持ってるのよ。自分たちなりにやってきたものがあるから、新しいものに惑わされたくないみたいなプライドがね」


「そうだよ花笑。自分たちのアイディアにちゃんと自信持って行こうぜ。根気よく説明したらきっと分かってもらえるさ」


 慶隆が花笑の背中を叩く。渓にやるのと同じくらいの強さで叩くものだから、花笑は「うっ」とむせてその胸が揺れる。渓は思わず目をそらす。わざとやっているならセクハラだ。彼の場合脳まで筋肉でできてそうなので、そこまで深くは考えていないと思うが。


「私、城山さんとはまだちゃんとお会いしたことないんですよね。お店にいないことが多いみたいで。一体どんな方なんですか?」


 花笑が尋ねると、間はふぅと小さな吐息を漏らして宙を見つめた。


「そうねェ……シロさんはアタシの理想のオトコって感じかしら」


「意味がわかりません」


「んもー! イサミンってば最後までちゃんと話を聞きなさいよう! あなたそんなだから彼女ができないのよ!」


「げ、なんで俺に彼女がいないこと知ってるんですか」


「オカマの目利きを舐めるんじゃないわよう!」


「いや、本当は僕の調査結果ですけどね」


 そう言って理人はパソコンの画面を渓に見せた。そこにはエクセルで「まちづくり」授業受講者のプロフィールがびっしりとまとめられていた。渓のところには出身地やサークルに所属していないこと、予備校に通っていること、一番一緒にいる時間が長い友人・相沢のことなどが書かれていた。


 渓は額に冷や汗が浮かべながら問う。


「これ、どうやって……」


「うちの大学って学生数少ないですからね。そのつもりで観察してればこれくらいすぐに調べられますよ。SNSにも情報垂れ流しだし」


 まさかこの情報を元に自分を勧誘したのかと尋ねると、花笑は無邪気な表情で頷いて言った。


「理人くんってすごいよね。ネット上では”特定班”って呼ばれているみたいだよ。なんか探偵みたいでかっこいいよね」


(それ決して名誉な称号じゃないから!!)


 にやりと怪しい笑みを浮かべる理人。年次的には後輩だが彼には逆らわないでおこう……渓は心の中で堅く誓う。


「そういえば理人だったら商店主さんたちのプロフィールも調べられるんじゃないか?」


 慶隆がそう言うと理人は首を横に振る。


「ここの商店街、店舗のホームページ持ってないところがほとんどだし、当然みんなSNSやってないから情報が少ないんですよ。今わかっているのは……」


 理人は別のエクセルファイルを開く。そこには商店街の地図と、それぞれの商店に関する情報が書かれていた。




<うずら通り商店街:北東ブロック>

【ミドリ青果店】

 店主はみどりばあちゃんと呼ばれている。商店主たちの中では最高齢。耳が遠い。

【ベーカリームギタ】

 店主は麦田さん。「あかがわ」のメンチカツを使ったメンチカツサンドを売っている。

【空き店舗】

 NO DATA

【しろやま家電】

 店主は城山さん。商店会長の店。店主は平日ほとんど留守にしている。


<うずら通り商店街:南東ブロック>

【空き店舗】

 NO DATA

【さいとう薬局】

 店主は斉藤さん。学生に対しても敬語を使ってくる。

【ヨネザワ屋】

 酒屋。店主は米沢さん。

【高木家具店】

 店主は高木さん。学生を嫌っている?


<うずら通り商店街:北西ブロック>

【ビューティ・ソメヤ】

 美容院。店主は染谷さん。

【空き店舗】

 NO DATA

【お肉のあかがわ】

 店主は赤川さん。最近は精肉よりメンチカツが売れているらしい。

【空き店舗】

 NO DATA


<うずら通り商店街:南西ブロック>

【とりそば塩野】

 ラーメン屋。店主は塩野さん。

【空き店舗】

 NO DATA

【スナックHAZAMA】

 店主は間さん(みっちゃん)。マチカツ部の活動拠点。

【古巣堂安城】

 和菓子屋。店主は安城さん。





「主要店舗だけでもこれだけしかわかってないんですよね」


「で、この中で今のところフリーペーパーに載せることを承諾してくれたのは間さんと赤川さんだけか……」


 さすがに二店舗しかないと情報誌としての質が低くなってしまうし、印刷費の負担も大きくなる。だがどうやったら商店主たちを説得できるのだろうか。学生たちが頭を抱えていると、間はふと思い出したように言った。


「あ、そう言えばシロさんって確か毎週水曜はお店にいるかも。他の日は電化製品の出張修理サービスをやってるって聞いたことがあるけど」


 渓はスマホの待受画面で今日の日付を確認する。ちょうど水曜日だ。


「まずはシロさんに相談してみたら? たぶんそれが一番近道だと思うわよう」






 いきなり四人で押しかけても迷惑になってしまうだろう。そう思い、渓と花笑の二人が「しろやま家電」を訪ねることになった。


 店頭には隙間なく電化製品が並べられている。水素水生成器や電動歯ブラシ、補聴器……どうも高齢者向けの商品が多そうだ。


 花笑はすっと息を吸って店の奥に向かって声をかけた。


「すみませーん! 朽端くちばし大学の武森です。城山さん、ちょっとお時間いただけないでしょうか?」


 するとレジカウンターの奥からすっと人影が現れた。


「……何?」


 花笑と渓は思わず顔を見合わせる。


 不機嫌そうな声を発しながら姿を現したのは、とてもこの年季の入った商店街や高齢者向けの町の電気屋とは似つかわしくない、自分たちと同じ年頃くらいの若い女だったのだ。



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