1−2 寂れたアーケード
通学の途中いつも横を通っているはずだが、渓はこの日初めて商店街の名前を認識した。
うずら通り商店街。
アーケードの入り口のところに褪せたペンキでそう書かれている。その線の太いフォントはいかにも高度経済成長期の遺産という感じだ。
商店街は公団住宅につながる通りを間に挟んで北と南に分かれており、渓が今立っているのはちょうどその分かれ目の部分だった。北側は駅につながっており、南側は
(
渓は北側の商店街を歩きながらそう思った。まだ十八時くらいだというのにすでにシャッターが下りている店もある。もともと空き店舗なのか、それとも早めに店じまいをしているのか、普段この街を歩かない若者には判別がつかない。
ちなみに渓がいつも行く大型スーパーはこの商店街を東側に抜けた通り沿いにある。名称は確かピーコックストリート。駅から東側に伸びた、市内で最も広い大通りだ。両脇にはスーパーの他にもカフェやファーストフードなど人気の飲食チェーンが集まっているので、近隣に住んでいる大学生たちは基本的に商店街ではなくそちらに行くことが多い。
雪の降る音が聞こえてきそうなほどに静かな商店街の中でがさりという音が響いた。渓はびくりと肩を震わせて音がした方を見やる。通路の端を素早く駆ける、拳ほどの大きさの黒い影。ネズミだ。まさか東京に出てきてネズミにお目にかかることになろうとは。渓はモッズコートの上から腕をかく。なんとなくむず痒くなってきた。
(とりあえず食品が売っていそうなところは……)
渓は商店街の通りをざっと見渡す。立ち並ぶ店の看板はどれも煤けていたり錆びていたりして年季が入っている。駅側の方に青果店があるのを見つけ、渓はそちらへと向かった。「ミドリ青果店」。良かった、まだ営業している。
そーっと店の中を覗いてみた。特に統一性はなくまばらに野菜が並べられている。POPは付いているのだが、達筆なのか下手くそなのか判別しにくい手書きのため読み取れない。
とりあえず簡単な野菜炒めでも作れればいいだろう。そう思って渓は商品を見渡したが、さて困った、こういう店ではどういうシステムで商品を売っているのだろう。普段スーパーでしか買い物をしたことがないので分からない。勝手に商品を手に取ったりしたら怒られるだろうか。
よくよく店内を見てみると薄暗い店の奥にひとつ人影がある。おそらく店主だ。
「あのー……」
返事はない。ただのしかばねでないことを祈りたい渓はもう一度声をかけてみるが、相変わらず何も返ってこなかった。
(客を無視するとか、そんなのあり?)
先ほどのネズミのおかげで渓の買い物へのモチベーションはすでにかなり下がっていたが、店主の対応に一層心が折れそうになった。
もしかして一見さんお断りのプレミアムな八百屋だったりするんだろうか。いやそんなはずはない。だって陳列されているのは駅前のスーパーとなんら変わらない、いやむしろスーパーよりも品数は少なく工夫のないラインナップなのだから。
(くそ! 寒いからさっさと買い物終わらせて帰りたいのに!)
店主の対応にやきもきしていた渓は、その時まだ気づいていなかった。この静寂に包まれた
「
細身で眼鏡をかけた青年が渓を指差しながら言う。
「頼むぞ花笑。俺たちの未来はお前にかかってるんだからな!」
もう一人は冬服を着込んでいてもそのガタイの良さが滲み出ているたくましい青年。花笑と呼ばれ彼に強く肩を叩かれたのは、少し背伸びをしたフェミニンな洋服に身を包んだ、長くつやのある黒髪の女。
「う、うん。よーし、行ってくるねっ!」
彼女は自分を励ますかのようにぐっとガッツポーズをした。溢れんばかりの胸が少しだけ縦に揺れた。
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