奴隷の優雅な日常

闇猫

第1話 奴隷の朝は早い

─奴隷の朝は早い。


ピク、と黒い獣の耳が鳥の囀りを聞き届けて、リュカは東の山々から朝日が差し込むよりも早く、寝台から身を起こす。


「……飯の準備、しないと。」


ここ、コルトポグの村は山あいにあるどちらかというと小さな村である。

フィリルという織物が名産品であり、リュカの主人であるウィリアム・ラトナプタはその織物の名人と呼ばれる存在だ。


くあ………、という大あくびを隠さずにもそもそと着替えて部屋を出る。

季節は春先、まだほんの少し寒さが感じられる空気の中厨房へ。


「朝飯……あの人食うのか…?」


村の宿屋兼酒場『コルトの宴』の女将、マルディからは首根っこ引っ掴んででも飯をしっかり食わせろと言われている……。

連れて来られた日から、おおよそ一般的な奴隷という扱いではないことは承知しているが、身分としては自分は奴隷なのである。

とりあえず2人前作っておけば間違いはないか、と魔導陣に火を付け、卵、ウインナー、ベーコン、をフライパンに放り込んでジュウジュウと焼いていく。

塩コショウで味付けをして、人よりも利く鼻がいい匂いを感じ取りヒクヒクと動く。


「〜〜〜〜〜♪」


つい、鼻歌なんてものが出るくらいにはリラックスしていると。

カタン と後ろから音がして振り返る。


「おはよう、リュカ。ご機嫌だね」


厨房の入り口にボサボサの長い蒼色の髪をゆるく右で結って、にこにこと微笑むこの家の主人、ウィリアムの姿があった。


「……おはよう、ございます。」


鼻歌を聞かれた気恥ずかしさもあり、返答がぎこちなくなる。


「いい匂いがしてね、ついお腹が空いてしまって。」


「すぐに準備します。」


厨房に備え付けられたテーブルに焼き上がった目玉焼き、ウインナー、ベーコンを皿に乗せてサーブし、そこにバゲットの籠を差し出す。


「ありがとう、じゃあ君も一緒に食べよう。」


「まだです、サラダも出します。」


主人からの誘いを断り、手でレタスをぶちぶち千切ってトマトを切り、添えてそれも出す。


「ふふふ、リュカがいると助かるね。私、ひとりだと食事忘れちゃうから。」


「俺がいなくても食べてくださいよ……。」


くすくすと主人が笑うが、言っていることが悲しい事に事実であるため笑えない。

いただきます、と手を合わせて綺麗な所作で食事をする主人を見て思うのだ。


───なんて変な人なんだろう、と。







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