オオカミ少年

@popkorn

第1話 男と少年

「ここに帰ってきちゃったな」


男は少し苦笑いをしながら、故郷への道を歩いていた。


生まれ育った村が嫌で嫌で、遠くのまちへと飛び出していってから数年たっていた。


そのまちでは楽しいこと、刺激的なことがそれなりにあった。悔しいこともつらいこともそれなりにあった。

恋もした。失恋も経験した。

それなりに楽しく過ごしていたのだが、どこか根無し草である感じはいつまでもぬぐえなかった。


まちを出た。故郷に帰ろう。憧れていた外の世界は想像の中で肥大化していただけで、慣れてしまえばどうということはなかった。

そうして男は故郷に戻ることを決意した。

決意というほど大層なことではなく、まちにも飽きたし、親と暮らすのも悪くないかなと思ったくらいのものであった。


まちで出来た友達や恋人とも別れを告げた。

みな口々に、なんで戻るんだ、何が嫌になったんだ、と聞いてきたが、理由はなんとなく故郷に戻ろうかなと思った。そんなものであった。


故郷への道中、さっそく後悔が始まった。故郷に近づけば近づくほど、店もなくなり、民家もなくなり、まちには当たり前にあったものがなくなっていった。

本当にこんな所で生活できるんだろうか、と少し後悔し始めたが、まあ嫌になったらまたまちに戻ればいいや、それくらいに考えて故郷への道を歩いていた。


男は子どもの頃から深く物を考えないタイプの人間であった。

それでも生まれてから35年たった今も、大して困ったことに直面してこなかったので、なんとなくそんな感じで生きてきていた。


楽しければいいだろう、自分のやりたいことをすればいいだろう、いつもそんな感じだった。

とりたてて大きく成功するわけでもないが、幸運にも大きな失敗をするわけでもなかった。



「やっと村が見えてきた」

五時間ほど歩きっぱなしで疲労の限界だった男は、久しぶりに見る故郷の灯りに少しホッとしながら言った。


そのときだった。

男の横を少年が走り抜けていった。

背格好から少年はおそらく未成年だろう、何を慌てているのか村へ向かって一心不乱に駆けていった。


「何をあんなに急いでいるんだろう?」

その少年に少し興味がわいてきて、男も後を追うように走り始めた。走るといっても疲労は限界、よたよたと力なく走った。走るというより早歩きほどの速度であった。


前を走る少年が村の手前で立ち止まった。

後ろから見ているだけでも、肩を上下させて息を整えているようだ。しめた、とばかりに、男は少年との距離を縮めようと速度を上げた。

距離はみるみる縮まる。少年は息を整えている。


「おーい」男が少年に声をかけようとしたその瞬間、少年の背中がわっと膨らみ、少年は大声で叫んだ。

「オオカミが来たぞー」

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