第4話   柿子さんの再襲来

 翌朝、雨はようやく小降りになりました。

 小さな町が総出となる大騒ぎのあと、お隣のお屋敷は燃え落ちましたが、わたくしの家は、ほとんど奇跡的に無傷で残りました。

 風向きが反対だったのが、救いになったようです。

 仕事を休む連絡をした後、わたくしはお隣の残骸をぼやっと眺めながら、道路に座り込んでおりました。

 民生委員のおじさんがおとなりに座って、慰めてくださいました。

「ケガはなかったのですね?」

「はい、おかげさまで。」

「それは、まあ、よかった。現場検証が始まってますが、まだ人は見つかっていないようです。」

「そうですか。」

「実はびっくりしています。ここは、あの御夫婦が亡くなって以来、どなたも住んでいないはずでしたから。」

「あなたは、聞いてなかったのですね。柿子さんたちの事は。」

「ええ、まったく知りませんでした。」

「そうですか・・・」

 わたくしは、すこし、いえ、かなり、精神的に「うつろ」な感じでした。

「あの、消防の方と駐在さんと、それから町の警察署の刑事さんが話をしたいと言ってますが、大丈夫ですか?」

「はい。どうぞ。」

 わたくしは、自宅の応接間で、知っていること、起こった事は、みんなお話しました。ペンダントのこと以外は。

「つまり、お隣には夫婦が住んでいたと。」

 刑事さんが再確認しました。

「お寿司を食べたのですね。」

「はい。」

「お箸の袋は持ってきてないですね。」

「そういう趣味はないです。」

「ふん。いろいろと、不思議ですな。」

「そうですか?」

「ええ、焼け残った門には、確かにつっかえ棒がありましたが、釘で打ち付けてあって、簡単にははずれないようでした。」

「はあ、でも内側から、柿子さんはすっと外しました。」

「ふうん。不思議ですなあ・・・。」

「そうですね・・・。」

 そこに、警察の方がおひとり、伝令にやってきました。

「はあ? ・・・遺体が出たようです。しかも、沢山、らしい。」

「ええ?」

「ちょっと失礼、あなたはここにいてください。いいですね。」

「はい・・・」

 結局わたくしは、だいぶん待たされることになりました。

 けれど、新聞やテレビの方も来ましたので、暇ではありませんでした。


 もう、夕方も近くなってから、わたくしは再び消防と、警察の方と面接しました。わたくしの希望で、民生委員のおじさんにも同席していただきました。

「こんな不思議な事は、初めてですよ。」

 刑事さんは汗をかいていない広い額を、ハンカチで拭きました。

「出火原因は、雷が落ちたことによるものという事で、ほぼ間違いないですな。柿の木がよい証拠です。しかし、建物の中からは、あなたのおっしゃるような人の遺骸などは見当たりません。ところが・・・」

「ところが?」

 民生委員のおじさんが聞き返しました。

「ええ、柿の木のすぐ下に、大きな竪穴がありましてね。木が倒壊した事で入口が開いてしまったんですな。で、その深い竪穴から、人骨が多数発見されました。何人分かは確認中ですが、おそらく数十人は・・・。」

「はあ!?」

「しかも、はっきりしていることは、下の方はかなり古いものです。一番底にあった人骨は、専門家が言うには、弥生時代後期にまで、さかのぼるだろうと。」

「まさか。それじゃあ、遺跡、じゃないですか。」

 民生委員さんは、郷土史家でもありました。

「このあたりは、古い時代からの定住のあとが見られる地域です。」

「まあ、そうらしいですな。しかしですな。」

「しかし、ですか・・・」

「ええ、一番上の方は、まだ埋められてばかりで、ここ一週間以内とのことで・・・。」

「えええ~!」

 私は小さく叫びました。

「それも、ちょと言いにくい状態ですな。まあ、なにかに食べられたと言うか・・・。」

「え!?」

 わたくしと民生委員さんは、顔を見合わせました。

「まあ、そこで、申し訳ないですが、この家も家宅捜索させてください。正式に令状は取ります。」

「はあ、・・・・仕事、行けないんですか。」

「まあ、早く済ませるようにしますから。そんなにかからんでしょう。」

「はあ・・・・・。」

「ああ、それと、あなたがおっしゃっている事は、まんざら間違いではないようで、ほらこんなものが焼け残っていました。」

 それは、絵の切れ端でした。

 あの御主人が見せてくださった、火星の女王様の絵の切れ端しであることは間違いありません。周囲は燃えていますが、あの、ペンダントがくっきりと見えています。

「鑑定はします。それと、お寿司ですがね、町の『小大名寿司』さんに確認したところ、確かに昨日、女性の方から三人分注文があって、直接取りに来られたと。防犯カメラの映像がこれですが・・・」

「あ、柿子さんです。」

 わたくしは、即座にそう申しました。

「いやあ、ぼくは見たことないなあ・・。」

 民生委員のおじさんは、そうおっしゃいました。

「また不思議な事に、出前に行っていた息子さんが、その時、丁度帰ってきたのですが、特に自動車とかは来ていなくて、女性が歩いてお店の角を左に曲がって行った、と証言しています。しかしその向こう側は、行き止まりですが。」

「ああ、わかります。あそこね。」

 民生委員のおじさんが、しきりに肯いています。

「いずれにしても、よく分からないことが多いですなあ。お二人には、これからもご協力をお願いしますよ。」


 それから一週間後、まあ、いろいろとありましたが、その刑事さんがひとりでいらっしゃいました。

「いやあ、あなたには、ご迷惑をおかけしました。まあ、今のところ、ああいう状況でね、ぼくたちはお役御免です。県警本部と、なぜか警視庁さんが直に面倒見るとかですわ。あなたはお引越しとか?」

「ええ、さすがにここは居ずらいです。少し遠くなるのですが、町にある大学の寮に入ります。」

「そうですか、じゃあ、うちからは、お近くなりますな。これからも、地元警察をよろしく。では、失礼。」

 刑事さんは、すかっと、出て行かれました。

 実際、お隣には、見たこともないような異様な格好の、不思議な機材を持った方々とか、いかにもSF映画に出てきそうな科学者のような方とか、 いれかわりたちかわり、たくさん訪問してきています。

 わたくしには、あまり情報は入りませんが、その地元警察の刑事さんが内緒で教えてくださるところでは、例の何かに食べられたような人については、どこの誰なのか、まったく分からないとのこと。

 わたくしが、音と声だけ聞いていた、あのどんちゃん騒ぎに来ていた方なのでしょうか?

 しかも、食べた側の正体も、これまた全く分からないらしいんですが、ただ何かの生物のDNAは見つかったようだけれども、そこについては、当局の上層部が絶対に情報を出さないのだそうで、刑事さん曰く、

「その夫婦は、宇宙人かもしれませんな。はははは・・・」 だそうです。

 柿子さんと、ご主人のことは、実はまだ、全く何も、分かっていないようでした。

 居場所は、いつもはっきりさせておくとの条件で、わたくしは新しい住居に引っ越しました。


 大学の寮、というのは、民間の借家を職場が借り上げたものです。

 二部屋に小さなキッチンとバス・トイレというこじんまりしたところで、まあ、一人暮らしには、むしろぴったりでした。

 もともと大掛かりな荷物もなく、引っ越しはすんなりできました。

 気になったのは、五つ並んだ建物の庭に、また柿の木があった事です。

 わたくしは、軽自動車を買って、郊外の職場まで通勤していました。

 そうして、引っ越ししてから一か月たち、特に変わったこともなく、やっと、なんとなく落ち着いたころ、のことです。

 夕方七時過ぎ、玄関の呼び鈴が鳴りました。

 前の古い家と違って、わりとモダンな音がします。

「はーい、どなたですかあ。」

「あの、引っ越ししてきましたので、ご挨拶に来ましたあ。」

 どきっとしました。

 でも、何かに促されるように、わたくしはドアを開けました。

「こんばんわ。お隣に来ています。よろしくお願いいたします。」

「うわ、柿子さん。」

 それは、洋服ではありますが、柿子さんそっくりな女の人だったのです。

「あら、柿与と申します。双子の姉に柿子というのがおりますが。もしかして、姉のお知り合いの方ですか?」

「え、え、あの、その柿子さんは、ご近所にいらっしゃるの?」

「それが、最近亡くなりました・・・。火事だったんです。そうだ、姉のこと、ご存知なら、いろいろ教えてください、今夜ごいっしょにお寿司でも食べませんか? この町の美味しいお寿司屋さん見つけていて。というのが、姉の持ち物の中に、そのお寿司屋さんの箸袋があって。主人もきっと喜びます。先月結婚したばかりの、さっぱり売れない画家なんですが。ただ、あなたのようなきれいな方なら、すぐモデルしてくれって言うので、そこだけは注意なんですけれどね。」

 わたくしは、ばたん、とドアを閉め、鍵をかけました。

「あのー、どうしましたかー? もしもしー。おーい。」

 その人は、しばらくドアの外で心配そうに呼びかけてきておりました。

 

 その夜の深夜、わたくしは、大事なものだけを持って、その寮を出ました。その際、あのペンダントをバッグに入れたままだったことは、気が付いていませんでしたが。

 それから仕事を辞めて、空っぽだった実家に帰りました。

 警察には、もちろん、お知らせいたしました。

 でも、寮のお隣に引っ越してきた方が、その後どうなったのかは存じません。


 実家は、もともと結構大きな農家で、広い敷地を持つ家があり、周囲には借家も何軒か持っておりました。

 今では、親戚にすべてが任されておりましたが。

 ああ、でもわたくしは、まったく忘れておりました。

 実家の持つ借家の端っこには、柿の木があったのです。


 一週間後、借家に入ると言う、新しい店子さんがあいさつに来られました。

「どうもー。お世話になります。柿恵と申します。こちら夫です。画家なんですよう。」

 それは、もう、柿子さん、いえ柿与さん、そのものです。

 ご主人は、あの強いウエーブのかかった髪の、彼だったのです。


 


                             

 






































































 












 

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隣のかきはよく客喰うかきです やましん(テンパー) @yamashin-2

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