第9話

〈死の戦士達〉はその強靭な脚力で轟音と共に聖堂の石扉を蹴り開いた。これに巻き込まれて入り口間近に居た何人かのエルフ達が潰れ死んだ。

 聖堂はしんと静まり返った。

 全てのエルフがこちらを見ていた。〈死の戦士達〉のことを見ていた。彼らの先頭に立つロギインのことを見ていた。敵意の視線を向けていた。ロギインはその視線を全て受け止めた。そして彼はその右腕を振り上ると、口が引き裂けんばかりに吠えた。


「『そして人は神を殺した』!」


 死の戦士達はそれを復唱した。


「『そして人は神を殺した』」


 こうして戦端は開かれた。


    ◆ ◆ ◆


 大剣。大槌。大斧。大槍。〈死の戦士達〉の武装は様々である。だがいずれも巨大であった。神殺しのための得物であった。

 鍛えられたその身体ははるか昔に死に絶えていながらも、いまだその巨躯を誇っていた。〈戦士達〉は骨のむき出しになった両腕でその得物を振るった。〈戦士達〉は蛆に食われた脚で調度品を蹴り飛ばしながら進んだ。〈戦士達〉は空っぽの眼窩やとろけた瞳で彼らの敵を睨んだ。〈戦士達〉は敵の血を浴びる度に大声で吠えた。〈戦士達〉はエルフの〈騎士〉の剣でその腹を貫かれる度に怒りの声を上げた。〈戦士達〉は何があろうと二度目の死を迎えるまで戦うことをやめなかった。それこそが〈死の戦士達〉であった。

〈死の戦士〉と〈騎士〉がお互いの腹を大剣で貫きながら倒れ込んでくる。彼らはお互いに通じ得ない言葉を叫びあっていた。血にまみれたロギインはそれを避けると、次に殺すべき敵を探した。

 もういくつ殺しただろう。こちらはもう何人殺されただろう。血と潮の臭いで頭がぼんやりとする。ああ師匠。師匠。必ず仇は討ちます。大丈夫です。任せて下さい。ロギインはうつろな目をしながら、殺し合う人の群れの中を彷徨っていた。


「おやめなさい」

「そうです、おやめなさい」


 ロギインの前に再び〈左耳と右耳〉が立ちはだかった。


「この方々はかの神の血を引く種族なのですよ。畏れを知りなさい」

「無駄なことだとわかりませんか。いずれ彼らが何もかもを支配することがわかりませんか」


 ロギインはその左手で〈左耳〉を、その右手で〈右耳〉の喉首を掴んだ。


「おお、無駄なことを」

「やはりあなたにはわからないようです。残念なことです」


 ロギインは呟いた。


「『そして人は神を殺した』」


 そしてその右手から魔法の暗く青い炎が吹き出した。魔法の炎に包まれた〈右耳〉は驚愕の悲鳴を上げた。彼は身をよじり暴れたがその炎はどうしても消えなかった。彼は燃えた。炎が消えたとき、そこに残っていたのは小柄な人の形をした黒い燃え滓だけであった。こうして〈右耳〉は真の死を迎えた。

 ロギインは〈左耳〉を見つめた。

〈左耳〉は命乞いをした。

 ロギインは〈左耳〉を燃やした。


 ロギインは〈右耳〉と〈左耳〉の死体を投げ捨てると、さらに奥へ進んだ。血の〈泥〉に捕らえられ叫んでいる〈死の戦士〉がいる。ロギインはその〈泥〉へ射すくめるような視線を浴びせた。〈泥〉は散った。〈死の戦士〉は再び立ち上がると驚いているエルフの術士へ切りかかった。

 進むロギインの前にエルフの〈騎士〉が二人立ちふさがる。すかさず二人の〈死の戦士達〉がロギインの補助に入った。

 エルフの〈騎士〉の一人は大剣を、もう一人は大槍を持っていた。一方〈死の戦士〉のうち一人は同じく大剣を持ち、もう一人の得物は大槌であった。ロギインは一声雄叫びをあげ合図すると、大槌の〈戦士〉と共に大槍の〈騎士〉に襲いかかった。

 かつての師匠との修行を思い出す。槍に対しては恐れないことだ。見切って飛び込む。それだけだよ。近づけばこちらの勝ちさ。

〈騎士〉の鋭い連続突きがロギインの頬をかすめる。その傷からは血の代わりに魔法の暗く青い炎が吹き出した。ロギインは感じた。時間が無い。身体が変わりつつある。速く。もっと速く。ロギインの両脚を魔法の炎が包む。それは身を焼く激痛とともにさらなる活力をロギインに与えた。一瞬のうちにロギインは〈騎士〉の懐へ踏み込んだ。その速さは師匠のそれをも超えていた。ここだ。だがしかし〈騎士〉は驚異的な速さをもって槍の柄でロギインを打ち返さんとする。これは。避けられない。その槍を大槌の〈戦士〉が弾き飛ばした。〈戦士〉は快哉の声を上げた。ロギインは機会を逃さず、刺剣で〈騎士〉の喉から脳天を貫いた。鮮血を振りまいて槍の〈騎士〉は倒れた。

 大剣の〈騎士〉と大剣の〈戦士〉は激しい打ち合いを繰り広げていた。ロギインは大槌の〈戦士〉にその加勢を任せるとさらに奥へ進んだ。

 四方から血の〈泥〉がロギインに襲いかかる。ロギインはそれらを魔法殺しの刺剣に載せるとその全てをエルフの元に叩き返して殺した。ロギインの身体に激痛が走った。

 八方から血の〈泥〉がロギインに襲いかかる。ロギインはそれらを魔法殺しの刺剣に載せるとその全てをエルフの元に叩き返して殺した。ロギインの身体に再び激痛が走った。

 まだ倒れるわけにはいかない。痛みに膝をついたロギインはしかし立ち上がった。もはやその身体のほとんどを魔法の炎が包み込んでいた。

 その時聖堂の全ての時間が止まった。飛び散る肉片や吹き出す血など、全てが空中で止まっていた。その凍りついた時間の中を、聖堂の奥からゆうゆうと歩いてくる一人の老いたエルフがいた。

 青いローブを着た〈時の魔法術士〉は、ロギインの顔を、身体を、その得物を間近でじっくりと確かめた。若い人間だ。とても若い。よくもここまでやってくれたものだ。

 許しがたい。


「『そして神は人を殺した』」


〈時の魔法術士〉はそう呟くと、ロギインの腹を数度その短剣で突き刺した。満足した様子でそれをしばらく眺めると、今度はロギインの首をその短剣で切り裂いた。

 そしてその場を立ち去らんとしたとき、その右肩をがっちりと掴んだのはロギインの右手だった。


「まだ死ねん」


 ロギインの口は止まった時間の中でそう動いた。ロギインの燃える瞳は〈時の術士〉の目をしっかりと見つめていた。時の束縛を引きちぎるように、ロギインはぎしりぎしりと音を立てながら動き出した。

 なんということだ。振り返った〈時の術士〉は短剣を振り上げる。その手首をロギインの短剣が突き刺し引きちぎった。〈時の術士〉は思わず悲鳴を上げて時間の戒めを解く。ロギインのその素早い刺剣の突きは、〈時の術士〉の全身を何十回と貫いた。〈時の術士〉は全身から血を吹き出して死んだ。

 まだ行けるか。まだ行けるのか。燃え盛るロギインはじりじりと聖堂の奥へ歩き出す。〈空間の魔法術士〉がロギインの左腕を切り離した。ロギインは瞬時に階上にいる術士の居場所を感知すると壁を蹴って飛ぶようにそこへたどり着き〈空間の術士〉を貫き殺した。左腕は戻らなかった。それはもはや萎びた燃え滓だった。

 大槍を持ったエルフの〈騎士〉が飛び降りたロギインに襲いかかり、その腹を槍で貫いた。ロギインは意に介さずそのまま前に進むと、エルフの〈騎士〉の喉元を掴み燃やし殺した。ロギインは腹から槍を引き抜いた。

 六本の腕を生やした〈蜘蛛の騎士〉が〈死の戦士達〉を蹂躙していた。ロギインはそこに飛び込むと、腹や足を切り裂かれながら〈蜘蛛の騎士〉の左目にその右腕を突っ込んだ。〈蜘蛛の騎士〉は燃えながら死んだ。

〈騎士〉の大斧がロギインの左肩からみぞおちまでに食い込んだ。ロギインは雄叫びをあげその大斧を引き抜いて奪うと、逆に〈騎士〉へ叩きつけて殺した。

 彼らは殺した。彼らは殺された。聖堂の中は、どこもかしこも血で溢れていた。


    ◆ ◆ ◆


 聖堂の中は、エルフ達と〈死の戦士達〉の死体の山、そしてうめき声で一杯だった。

 もはや動くものはほとんど残っていなかった。

 吊り下げられている〈見つめるもの〉の死体たちは、ただこの様を眺めているだけだった。

 ロギインはもはや死にかけていた。彼の火は消えかけていた。だが殺すべき魔法はまだ残っている。彼はそう感じていた。

 ロギインはよろよろと歩きだすと、聖堂の奥の扉を開けた。

 そこには一人の肥え太ったエルフが座っていた。

 そのエルフは冒険者の死体を食っていた。

 部屋の中には数々の冒険者の死体が吊り下げられていた。

 待ち構えていた大槍の〈騎士〉が扉の脇からロギインの首を貫く。ロギインはその槍を握ると燃やし尽くした。大槍の〈騎士〉は燃えて死んだ。

 エルフの指先から輝かしい光線が放たれた。それはロギインの脳天を貫いた。燃え盛るロギインは意に介さず進んだ。

 エルフの指先から再び輝かしい光線が放たれた。それは再びロギインの脳天を貫いた。燃え盛るロギインは少しふらついたが意に介さず進んだ。

 エルフとロギインの間に光の壁が生まれた。ロギインはそれを殴り割った。

 エルフは光の獣を呼び出した。ロギインはそれを魔法殺しの刺剣で貫き殺した。

 ロギインは肥え太ったエルフを見つめた。

 もはやそのエルフに出来ることはなかった。

 ロギインはそのエルフに近づいた。そしてその肌に触れると呟いた。


「『そして人は神を殺した』」


 魔法の炎がロギインの腕からエルフに伝わっていく。エルフは悲鳴を上げて燃え盛った。

 ロギインはその様をじっと見ていた。

 エルフは燃え続けた。エルフの燃える身体からは禍々しい膿の様なものが絶えず流れ出していた。

 そしてそのエルフは焼けて死んだ。

 それで全てだった。これでこの迷宮の魔法殺しは成ったのだった。

 ロギインは雄叫びを上げた。それに応えるものはどこにもいなかった。


    ◆ ◆ ◆


 ロギインは一歩一歩、ゆっくりと、聖堂の奥の階段を登っていた。涼やかな香りがする。〈街〉の香りがする。これは魔法だろうか。いや。魔法は全て殺した。これは本当のことだ。これは〈街〉へ続く道だ。どこまで歩いていけるだろうか。果たしてたどり着けるのだろうか。先はまだ長く、出口は見えなかった。

 ロギインは座り込んだ。その炎はくすぶりかけており、焼け焦げた皮膚の割れ目から青い炎がちらちらと見えるばかりになっていた。

 少し休憩しよう。そしてちょっと、ちょっとだけ、これまでのことを思い返してみよう。ロギインはそう思った。

 ジャン。

 ヴィンセント。

 ロールス。

 クロンコ。

 タマリ。

 そして師匠。

 ロギインはゆっくりとため息をついた。そして声に出さず、彼の師匠へと礼を言った。

 姿勢を立て直した彼は刺剣をその手に持つと、それで手近の壁に物語を掘り始めた。これまでのことを書き始めたのだ。きっと誰かがこれを見つけてくれるだろう。そしてその誰かが、これを覚えていてくれるだろう。それなら十分だ。彼はそう思った。

 おれたちはこのように戦って、そして死んだ。ロギインはそう書き始めた。

 そしてそれは、長い長い物語になった。


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