第27話
モヒートは目が細め、その奥の光は隠し切れない明確な殺意と狂喜を浮かび上がらせていた。
残った賊の頭部をブラスターライフルで焼失させ、騎手のいなくなった馬が速度を落としてパカパカと森の道を歩いてくるのに満足すると、モヒートはアリオンの後輪を滑らせながら方向を変え、残り三騎と馬車を追って再び走り出した。
襲撃団の影はすぐに見えてきた。逃げていた馬車は道を外れ、斜面に落ちて木と激突していた。
「きゃぁー!」
「ぎゃははッ! こいつはすげぇ!」
「大当たりだな!」
「馬に積めるだけ積み込め!」
賊たちは馬を降りて木々に繋ぎ止め、斜面を降りて馬車から撒き散らされた積み荷に群がっていた。賊たちの下卑た笑いの中には少女の叫び声も混じり、自分たちを追う者がいたことを完全に忘れ、目の前の成果に酔いしれていた。
モヒートはアリオンを狂宴の少し手前で止めると、何も持たずに体一つで斜面を見下ろし、降りていく。
賊を撃ち抜いたブラスターライフルは既に体内に戻し、上着からメタルコームを取り出して真紅のモヒカンヘアーを整えながら賊たちの略奪を見ていた。
「じいちゃん! じいちゃん、しっかりして!」
積み荷に群がる賊たちは近づくモヒートに気づく様子はなく、まだ一〇代と思われる赤毛の少女が、御者台から投げ出されたと思われる高齢の老人へと駆け寄っているのが見えた。
「お前はこっちに来い! くっく――若い女は良(い)い値で売れるからな。さぁ、こっちだ!」
「痛い、痛い! 離せこの野郎!」
賊の一人が動かぬ老人に駆け寄った少女の髪を掴み、引きずりながら斜面を上がり始めて視線を前に向けると、そこには見知らぬトサカ髪の男――モヒートが立っていた。
「だ、誰だおま――」
モヒートを見た瞬間――その視界は振り下ろされたスパイクメイスで覆われた。
衝撃音と共にスパイクが皮膚に突き刺さり、眼球を潰し、肉を引き裂いて骨を砕く。賊の頭部は割れた石榴(ザクロ)のように真っ赤に染まり泡立った。
「きゃぁぁー!」
瞬時に絶命し、声を上げる暇もなかった賊に変わり、その手に引きずられていた赤毛の少女が悲鳴を上げた。
モヒートはその叫びに舌打ちを鳴らすと、頭が潰れた賊の腹を蹴って赤毛の少女の上へと押し倒した。
「うわぁぁー! ちょ、ちょっと何するのよ、あんた! お、おも……」
意思の途絶えた大人の男の体だ。押しつぶされてしまえば、一〇代の少女にとってかなりの重量になる。それに、止まることなく溢れる血潮が少女の体を恐怖で強張らせ、思うように力が入らなくなっていた。
「うるせぇよ。お前が喚くからバレちまったじゃねぇか」
モヒートは一瞬だけ赤毛の少女に視線を下すと、すぐに正面に戻して戦闘態勢を整えた残りの賊二人を見据えた。
「俺たちを追って来てたのはお前だな……」
「足止めに出した二人はどうした!」
散乱した荷を蹴り飛ばしながら、腰に佩いた長剣を引き抜いた賊たちがモヒートへと近づいて行く。
この二人が賊たちのリーダー格か――モヒートはそう見当をつけながら、蹴り倒した賊の頭からスパイクメイスを抜き取り、ゆっくりと斜面を降り始めた。
一対二の状況だが、モヒートに防衛用多脚ドローン“キャスター”や無人強襲型ドローン“キラービット”を使うつもりはない。スパイクメイスを左手に握り、右手からはスルスルと鍵輪付きの金属ロープが伸びていた。
「盗賊狩りで一番楽しいのは、狩り終えて成果を品定めしているところを潰すことだな。この楽しさだけは、こっちに来てもやめられそうもない」
「な、なにを――ッ」
ニヤケ顔を抑えられないモヒートの呟きに賊の一人が反応したが、その直後にモヒートはロープをしならせ、鞭のように扱いながら賊の一人へと振った。
鍵輪の重さから勢いずくロープは賊の一人が盾のように立てた長剣で回り込み、その後頭部へと直撃した。
「――ッ!」
後頭部を襲う衝撃に声にならない痛声を上げ、体勢を崩して屈みこむ。モヒートの攻めはまだ終わらない————金属ロープを操り、今度は屈み込んだ腹部を狙って突き刺すように繰り出した。
「ぐぅ――」
後頭部に続いて腹部に喰らった一撃は、賊の意識を刈り取るのに十分な威力を持っていた。嘔吐物をぶち撒け、そこへ頭から倒れ混んでピクリともしなくなった。
「さぁ、これでお前一人になったな」
「ひゃッ、いや、ちょっと待ってくれ! この馬車は諦める、あんたの好きにしてくれ、小娘も娼館に売りつけるなり、飼うなり好きにしてくれ!」
仲間を四人討たれてなお強気を見せていた賊だったが、最後の一人になった途端にその態度を急変させた。
だが、それも無理はない。
賊たちからすれば、逃げ惑う馬車を追い込み、その積み荷を奪うだけの簡単な仕事のはずだった。
統治者を失った大陸に、治安を維持するための組織など存在せず。街単位の小さな支配圏を出れば、そこは無法者たちの世界だったはずだ。
旅する馬車を守る者などいない。御者台に座るものが老人と小娘だった段階で、今回の狩りは容易に完了できるはずだった。
それがどうだ? 追ってくる者に気づいて蹴散らしに向かえば、いつのまにか残っているのは自分一人。
こうなれば生き残ることを最優先に考えるしかない。そう思い、手に持つ長剣を捨てて真紅のトサカ髪へと笑みを浮かべながら近づいていった。
しかし、モヒートが賊の浮かべる汚らしい笑みに応えることはなかった。代わりに近づく族を迎えたのは、モヒートを飛び越えて舞い降りた純白の騎士だった。
『問題ございませんか、モヒート様』
「おぅ、もう最後の一人だ」
舞い降りた純白の騎士————ルイザの幻想騎兵(エクティス)は腰の四枚羽を広げ、モヒートの盾になるように賊の前に立ちはだかった。
「う、嘘だろ……この辺りに幻想騎兵(エクティス)がいるはずは……」
汚らしい笑みを浮かべながら近づいた賊はルイザの姿の足を止め、今度は逆に後退りしながら助けと逃げ場を求めるように周囲を見渡し始めた。
だが、その視界に入るのは――木に激突して横転した馬車の残骸、頭と腹を強打されて嘔吐物に顔を突っ込む仲間、頭部が割れた仲間とその下敷きになって足掻くのを諦めた小娘――。
どこにも自分の助けになる者はいない。
絶望に包まれた最後の一人は手に持つ長剣を地面に落とし、膝から崩れ落ちて命乞いをした。
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