第26話
魔族によって数多の国々が滅ぼされ、旧アメリカ同様に荒廃したフェイム大陸には、侵襲から生き残った人々が小さな
だが、大侵略の敗北から三〇年――人々は新たな国家の樹立には未だ至っていなかった。その大きな要因が、
魔族が振り撒く
この
しかし、一度崩壊した組織を立て直すのは容易ではない。生きるために必要なインフラ整備は、それ即ち戦える人をどれだけ配置できるかに掛かっている。
当然ながら、滅亡した国々の支配者層はその家系全てを根絶やしにされたわけではない。侵襲後に新たな
その新たな生活圏を代表する者たちが集まるのが、いまモヒートたちが向かっている領主会議であり、旧モントール王国の王都であった都市――モールだ。
アクマリアを出発して数日が経過していた。モヒートはルイザをリアシートに乗せ、アリオンで交易団の先頭を走っていた。その後方に続くのは二頭立ての幌馬車が二台、最後尾には護衛として追随している馬乗りが二名続いている。
幌馬車の一台には実務担当官のカーライルを中心とした実務官たちと、道中の世話役として給仕の女たちが乗り込んでいるが、もう一台は野営道具や物財の一部が積み込まれている。
モヒートの体内に物財の大半を取り込むことで、モールまでの道のりは荷物を少なくすることが出来た。そのお陰で人的余裕が生まれ、実務官の増員と世話役まで連れて来られたのは大きい。
御者台の横に座ったカーライルは、前を走るアリオンのリアと手に持つ書類に視線を往復させながら、領主会議でどういった方向へ話をもっていくかを悩んでいた。
モヒートが優れた
しかし、モヒートが優れた人物か? というと、その否定に疑いの余地は全くなかった。
だがモヒートはどうだ? 言葉は問題なく話すし、色々と経験や知識を持っていることは窺えるが、文字の読み書きに関しては殆ど出来ていない。
領主会議にライデンの代役として出席するのはいいが、読み書きが出来ないのなら会議や交渉の席についても意味がない。
交易団の出発直前に判明したこの事実に、魔族の肉片という貴重品を綿密な交渉なしに物財とするのは憚られた。
そのため、カーライルが補佐役として会議に出席することになった。
そんな自分の同行理由は横に置き、何やら聞いたこともない鼻歌を奏で始めたモヒートへと意識を戻す。
あの男はいつもあれだ――国が亡ぶその直前まで、祖国と民の未来のために自分の時間を費やしてきたカーライルにとって、その日、その瞬間を自分の好きなように生きようとしているモヒートの姿は、どこか胸の奥深くを突き刺す短刀のような不快さと、命を切り裂く危うさを感じさせた。
そんなモヒートの走りが突然変わった。
交易団が進む古い街道を逸れ、草原の先にある森のへと向かって走り出した。
「モヒート卿どこへ!?」
「向こうで馬車を襲っているのが見えた!」
草原に乗り出たアリオンが小旋回して幌馬車の横に並び、モヒートが顎で森を指して再び前へと走り出す。
「まさか、助けに行くつもりですか!」
「んなわけあるかッ! 横から両方とも狩り取るんだよぉ!」
「な――っ!? ちょっと待ってくださ――」
カーライルの制止に従うことなく。モヒートは速度を上げて草原を走り抜け、馬車とそれを追う馬群が消えた森の道へとアリオンを滑り込ませた。
「モヒート様、本当に追われている方も襲うのですか?」
リアシートに座るルイザがモヒートに体を重ねて問いかけるが、モヒートは前を見たまま振り返りはしない――ただ一言。
「これはレッドスパイクの流儀、お前は好きなように動け」
「……わかりました」
ルイザはそれだけ言い、同時にモヒートはアクセルを回してさらに加速した。落ち葉や小枝を巻き上げ、柔らかい後輪を滑らせながら馬車を追っていく。
逃げる馬車を追う馬群の尻はすぐに見えてきた。
「先に降ります」
「おぅ」
馬群を捉えたところで、ルイザは走行中のアリオンから跳ねるように飛び降り、脚だけに
リアシートからルイザが降りたことで、モヒートはアリオンを更に加速して前輪を浮き上がらせる。
追走してくるアリオンの走行音に、逃げる馬車を追う馬群の主たちも気づき始めた。
「おい、後ろから何か来るぞ」
「何かって、何だ……あれ?」
馬車を追う馬の数は六。アリオンの座高は低いので、馬と並んでも上に跨る賊を直接殴るのは難しい。
だが、旧アメリカでも燃料を使わずに移動できる馬という動物は重宝されていた。この世界と同じように荷車を引く馬として――もしくは、その馬車を襲う襲撃団の乗馬としてだ。
当然、襲撃団を襲うことも多かったレッドスパイクは、馬を傷つけずに乗り手だけを引きずり降ろす手段はいくつもある。
現にモヒートの手には体内から取り出した金属ロープが握られ、頭上で大きく弧を描くように振り回し始めた。
金属ロープの先は少しリング状の鍵輪になっており、モヒートは距離を詰めると同時に最後尾の馬乗り目掛けて|ローピング(投げ縄)の様に投擲した。
「う、うぉ――」
ロープの鍵輪は馬上の賊の首に直撃すると、そのまま首に輪をかけてロックする。その手ごたえを感じた瞬間――モヒートはロープを引くとともにアリオンを横に傾けてドリフトさせ、一気に馬上から賊を引きずり降ろした。
「まず一人めぇ!」
賊の首と繋がったロープの反対側をリアシートのサイドフックに掛けると、そのまま慣性をつけるように前輪を軸点として後輪だけを一周させ、そのまま急加速で前輪を浮かせて再び馬群を追い始めた。
「ぎゃぁー! やめぇ! ちょッ! とめてぇー!」
当然のことながら、ロープに繋がれた賊はそのまま引きずられ、森の道を跳ね転げながら絶叫を上げていく。
だが、モヒートは止まらない。乗り手を失った馬を追い越し、アリオンを左右に振りながら蛇行し、馬群を煽るように追走するほどだ。
前を行く賊の二騎が示し合わせるかのように反転し、手に持つ長槍を掲げて
「うおぉぉぉぉ!」
「殺せぇー!」
それを見て、モヒートの表情も瞬く間に狂気の笑みへと変わっていく。
「ハッハァー!」
アリオンの流線型カウルに体を隠すように身を屈めて加速していく。そして、二騎の間を走り抜ける直前に車体を真横に向けてスライドしながらフルブレーキング。
その加速と減速の連続に賊は長槍を振るタイミングを逸し、アリオンが森の道の土を巻き上げ、横滑りしながら二騎の間を潜り抜けた。
同時に、金属ロープに繋がれていた賊は車体を振る挙動の慣性に踊らされ、宙を飛ぶように振られて交差の瞬間に賊の一人へと激突した。
痛声を上げて吹き飛ぶ賊を視界の隅に捉え、アリオンのシートにまで伝わってくる激突の感触に、思わずモヒートの口元が歪む。
駆け抜けた一騎が再び反転しようと馬を動かすが、アリオンの動きを完全に止めたモヒートの手には、既にブラスターライフルが握られていた。
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