第28話




「やっと戻ってきましたか……」


 廃れた街道を離れ、襲撃団を追って森に消えたモヒートとルイザを待っていたカーライルは、森の切れ間から現れた真紅の四輪バイク――アリオンとモヒートの姿に安堵のため息を吐いた。

 遅れて森から出て来たのは、純白の全身鎧を纏ったルイザが跨った馬と、その手に握られたロープが引く数頭の馬たちだ。


 先行するモヒートが乗るアリオンがカーライルたちの幌馬車にまで戻って来た。


「カーライル、物財リストに武器と金物、それに馬を追加だ。それと、領主会議では人の売買はやっているのか?」

「本当に賊の上前をはねたのですか……いや、それよりも人の売買ですか? 確かに物財として交渉材料に使われることはありますが、領主会議の際には人身売買は一応、禁止されています」

「一応……か」

「一応……です」


 領主会議は生き残った人々の生活圏維持が目的で開催されている。その会議の場で人を物財として扱うのは、矛盾した行為としか言いようがない。

 普段なら自分の支配圏で道具同然に人を扱う支配者階級の代表者も、この時ばかりは人の生活圏の確立を第一で交渉の席に座り、各々の生活圏を維持・発展させるために――一応、話し合う。


『モヒート様、この少女はどうするおつもりですか?』


 アリオンに遅れてルイザが跨る馬も幌馬車の側にまでやって来た。ルイザが跨る前には、賊の一人に押し潰されていた少女が座っている。

 だが、少女に意識はなく。馬の揺れに合わせるように、体を揺らしてその身をルイザに預けていた。


「ん〜保留だな。とりあえずモールに連れて行き、そのあとのことはアクマリアに戻ってから決める」

「モヒート卿、新しい物財は野営の時に確認させてください。今はこの場を離れましょう、盗賊や野盗の類は必ず近い場所に拠点を持っています。ここは先ほどの賊の狩場でしょう。どこに偵察や斥候がいるかわかりません」


 ルイザとその前に座る赤毛の少女を見て、カーライルが周囲を伺いながら急かすようモヒートへ視線を向けた。


「拠点――? お前それ早く言えよ、全員やっちまった後だぞッ?! この辺の族どもは拠点ホームを中心に狩りをしてるのか……」


 それはモヒートにとって考えられないことだった。レッドスパイクとして強盗団に属していたが、旧アメリカ各地にある自分たちの拠点ホーム付近では決して狩りを行わなかった。

 そうしなければ、レッドスパイクにとって安息の地はない。モヒートたちは襲うことしか――奪うことしかできない。食料の栽培も、衣服を縫うことも、拠点ホームの掃除をすることもできないバカたちの集まりだ。

 文明が崩壊し、大地が荒れ果てた旧アメリカで生き抜くには、自分たちにできないことは奪い取るか、助力を請わなくてはならない。


 荒廃した世界では、奪うだけ奪い、枯れた地を転々として暴力を振るい続けるのは不可能だ。


 しかし、この世界の族は襲うだけ襲い、自分たちの安全圏の確保を二の次にして狂気の快楽に溺れていた。

 モヒートが生まれた旧アメリカと、ルイザによって召喚された世界、同じ文明が荒廃した世界だが、その過程が違いすぎた。


 旧アメリカは終末戦争によって文明崩壊と人類世界の荒廃を迎えた。それはある意味で新時代の幕開けだ。


 だが、この世界は魔族によって数多の国々が滅ぼされ、振りまかれた因子エレメントによる疫鬼グールの脅威に晒されている。それは今だ続く、終わりの見えない暗黒時代の最中でもあった。


 この世界はいつまでも闇を恐れ、それを忘れるために狂気へ走り続けている。

 

「時間があれば周囲を探索して拠点に攻め込みてぇところだが……」

「そんな時間はありませんよ。領主会議に遅れたら手に入れた物財の処分先も失います。さぁ、行きましょう」


 周囲を見渡すモヒートの呟きを、カーライルが即座に否定して先へ進むことを促した。


「しゃーない、小娘を馬車に運んで馬を馬車に繋げ」


 アリオンに跨る膝を一叩きし、モヒートはアクセルを回して馬車の先頭へと移動した。




 領主会議が行われるモールの街は、荒れ果てた荒野にそびえ立つ岩壁と共にあった。


 そこはフェイム大陸にかつて栄えた王国の王都だった場所だ。滅びた王国の名前を捨て、今はモールとだけ呼ばれている。

 ボロボロの廃都市にはいくつものテントが張られ、先乗りした人たちによって早くも取引交渉が始まっていた。


 領主会議の参加者だけでなく、そこに集まる様々な物財を求め、街という単位で生活していない小さな集落コロニーから、僅かな物財を持ち寄って取引している者も多い。


 モヒートはアリオンを低速で走らせながら、随分と昔に戦火で燃え落ちたと思われる廃都市の様子を観察していた。


 かつての王都は美しい白亜の石造彫刻に囲まれ、通りに敷き詰められた石畳からは高い土木技術を感じさせたことだろう。

 だが今は、まともに造形を維持できている彫刻は残っておらず、どれもが欠け、崩れ、倒れていた。

 通りの石畳も幌馬車が走れる程度に補修されてはいるが、端に視線を向ければ破片や放置された補修材など、まともな管理がされているとは到底思えなかった。


 旧王都の街並みには確かな権威を感じさせたが、現在のモールはスラムに毛が生えた程度の居住性しかなく、とてもここで誰かが住み続けているとは思えない。


 だが、そびえ立つ岩壁の中腹に見える、掘り刻むように建設された宮殿は別だ。


 盛んに取引が行われているテント群を横目にモヒートたちアクマリアの一団は通りを進み、馬車一台程度が通れる細い山道をつづら折りに登っていく。


 細い山道の岩壁には何箇所もの待機所らしき場所が掘られ、この地が健在だった頃はここに多数の兵隊が待機していた。


 この領主会議の期間中も、今回の会議を取り仕切っている代表者の配下が待機している。領主会議の参加者以外が宮殿に近づくのを監視すると共に、夜間は疫鬼グールの接近を防ぐのが役目だ。


 山道を登りきり、宮殿前のゲートが見えてきた。門は固く閉じられているが、両サイドの見張り台には監視員が立ち、モヒートたちの姿を見とめて門を開けるように下へ指示を出した。


 ギシギシと軋む音を立てながらぶ厚い木製の門が開かれ、一団はゆっくりと中へと進んだ。


「そこで止まってくれ。こちらの代表者はどの街から来られたのか?」


 開かれた門の先には、軽装の男が出迎えに立っていた。


「アクマリアだ」


 自然と一団の先頭に位置していたモヒートが問いに答えた。


「アクマリア……騎士ライダーが二名とお付きの方々ですね、ようこそモールへ。馬車は三番格納庫へ、領主会議の期間中はこの荷受け札がないと格納庫へは入れないので紛失に注意してください。馬は厩舎でまとめて管理しますのでご安心を――」


 出迎えの男から何かが書かれた木札を受け取ると、それを御者台に座るカーライルへと投げ渡した。


「お前が持っておけ」


 それを受け取ったカーライルは、木札の文字を確認して説明に間違いがないことを確認すると、服の内側へとしまってモヒートに視線を向ける。


「預かっておきますが……積荷も格納庫へ置きますので、そこまではついて来てもらいますよ」


 カーライルはモヒートの意識が宮殿の内部に向いていることを見抜いていた。このまま自由にさせていれば、モヒートはすぐにでも宮殿内の散策に出てしまうだろう。

 その結果、会議の出席者や取引交渉の担当官と鉢合わせになり、バストラルとの激突以上の事態を引き起こすのは目に見えていた。


 領主会議の会場周辺では、騎士ライダー同士はおろか、幻想騎兵エクティスを持たない参加者であっても、直接的な争いは厳禁になっている。

 もしもこのルールを破れば、その都市は領主会議の会場から追い出され、今後二度と参加することができなくなる。


 もちろん、カーライルはこの事をモヒートに伝えていたが、軽い返事だけで聞き流されしまったため、モヒートがどこまで理解していたかは判らなかった。


 アクマリアの支配体制がライデンに変わってからというもの、実務担当官としてカーライル最大の懸案事項がモヒートの動きだ。

 同じ騎士ライダーであるルイザは従者だと言ってモヒートの行動を全肯定し、ライデンは「モヒートの好きにさせなさい」と言って放置していた。


 モヒートの実力に懐疑的だったヘッケルも――魔族襲来以降、すっかりモヒートの配下に納まってしまった。


 カーライルも既にモヒートの実力を疑ってはいないのだが、その人間性や言動は一切信用していない。今やアクマリアでモヒートの行動に苦言を呈すのは、カーライルただ一人と言ってもいい状態だった。


「小娘も格納庫に置いておくのか?」


 そんなカーライルの性格を、モヒートも受け入れていた。上着の内ポケットからメタルコームを取り出し、真紅のモヒカンヘッドを整えながら幌馬車の中へと視線を向ける。


「アクマリアの代表団として参加人数は既に通達済みです。部屋割りも決められていますので、我々の部屋は許容人数を超えています。あの少女はモヒート様が責任を取って部屋に置いてください」

「責任……か、夜はルイザとゆっくりしっぽり――」


 冗談交じりに肩を竦めてニヤけるモヒートだったが、カーライルが無表情に見つめるのを見て言葉を続けるのを止めた。


「――わかったよ、そう睨むな。ルイザ――小娘を運んでくれ」

「かしこまりました」


 事態を見守っていたルイザが、一人静かに頭を下げた。

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