第11話
モヒートは田畑で働く少年たちの事よりも、モヒートを咎める監視員の事よりも、そこで育てられている作物に関心を持った。
「う、うめ? 味なんかするものか、腹を満たすだけの芋だぞ。まさか食べたことがないのか?」
近づいて来た監視員の男は、自分をバストラルの客だと言うモヒートに警戒を若干緩めたが、スガイモ畑を珍しそうに見ている姿にそれが全く無用のものだと感じ始めていた。
「まだねぇな」
あとでルイザに手に入れさせよう。そうモヒートが考えていると、防壁の下から別の男の声が聞こえて来た。
「何を遊んでいるの~? あなたの仕事はお喋りじゃないでしょ~ン」
「あっ、ライデン様! お疲れ様です!」
監視の男とモヒートの視線がそちらに向くと、
僅かに白髪が入り混じる頭髪を見るに、青年というよりは壮年と言った方が正しいだろう。
武装した男たちと似た軽装のボディアーマーを着けているが、鍛え上げられた体や身のこなしを見れば、相当に“できる男”だとモヒートは即座に見切った――が、なぜ紫のアイシャドウを入れているのかまでは判らなかった。
顎鬚短髪の男は監視の男と畑の方に視線を向けて僅かに顔を歪めたが、モヒートに視線を回した時にはそれは消えていた。
「この瓜顔のイケメンはどなた~ン?」
そして、そのしゃべり方は“できる男”というより、もっと女性的なものだ。
「バストラル様の客人だそうです」
「バストラルの~?」
二人の視線がモヒートへと向く。
「正確には、客人であるルイザの連れだ」
少しおどけてモヒートがルイザの名を出すと、ライデンの視線が僅かに鋭く変化した。モヒートはもちろんその変化に気づいていたが、ニコニコと笑顔の仮面を被ってライデンの目の奥を覗いていた。
(この世界にもオカマがいるのか、だがこいつは……)
「あら、ルイザ卿が来ているの~ン。なら、挨拶に出向かないといけないわ~ン。イケメンの貴方も、こんな所にいないで案内された部屋に戻っておいて頂戴」
モヒートは畑で農作業に従事する少年たちを一瞥すると――。
「――そうさせてもらうぜ」
と、手を振りながら防壁から下へ降り、最初に案内された部屋へと向かって歩き始めた。
*
玉座の間から一足先に部屋へと戻っていたルイザは、ここにいるはずのモヒートがいないことに戸惑っていた。
「一体どこに……」
アクマリアからいなくなるとは思えない。次にどこへ向かうか、そのあてもないはず……いや、あてもなくバイクと呼ばれる赤い箱で走り出した? 私を残して……?
ルイザの心中は不安と困惑で一杯になっていた。バストラルの申し出を断り、モヒートと共に旅に出る決意をしていたのに一人残されるとは――それまでは陽気なモヒートの傍にいたため考え込むことはなかったが、隠れ村の一族は全て殺され、ルイザは最後の一人。
友もいない、家族もいない、魔族によって滅ぼされたこの世界でたった一人――。
ルイザは部屋に立ち尽くし、周囲の音が急速に聞こえなくなっていくのを感じていた。自分の背後にまで迫った孤独という恐怖が背筋を走り、指先の震えとなって表れる。
「よいっしょ――」
「えっ?」
その時である。突然背後から聞こえてきた声に振り返ると、窓の外からモヒートが部屋の中に入って来た。
「おぅ、戻ってたのか」
「モヒート様! 一体どこに……?」
「ちょっと偵察にな――それより、話は終わったのか?」
「――はっ、はい……今晩は泊っていくように勧められましたが、どういたしますか?」
「急いじゃいないが、この
「なら出発しますか? バストラル卿は村の者たちを偲んで食事会を開いてくださるそうですが……」
「――だが、飯を用意するという、その男には興味がある。一晩だけならいいだろう」
窓際から移動し、腕を組みながら椅子に座るモヒートの姿に、ルイザは僅かに頬を緩め、「伝えておきます」と一言だけ答えて部屋付きの侍女を呼ぶための鈴に手を差し向けた。
その手が鈴に触れる直前で止まり――少しだけ指先を擦り合わせて震えが治まっていることを確かめ、鈴を手に取った。
◆
「バストラル~? ルイザ卿が来ているそうだけど、診療に来るにはちょっと早いわよね~ン?」
「残念なことだが、ルイザ卿の村が盗賊に襲われたそうだ。それで、お前にはすぐに戻ってもらった」
そこはアルマリアの玉座の間。人払いをし、バストラルとライデンの二人だけで話し合いをしていた。
「襲われた~? ちッ、それで奴らの拠点が手薄だったのか」
それまでのオネェ口調とは打って変わり、ライデンの声色は低く僅かな苛立ちを含んでいた。
「――そのようだ。それで、そちらの仕事はどうなった」
バストラルはその変化に気づいていなかったようだが、ライデンもすぐに怒りを隠して口調を戻していた。
「こちらは計画通り。結果的に本隊が狩りに出ている間に拠点を制圧する形になったわけね~ン。食糧に武器、全てを回収してきたわ~ン。それで……あの子はここに住むわけ?」
「それは拒否された。連れの男と共にこの地を去るそうだ」
「連れの……あぁ、あのイケメン。それじゃぁ、しょうがないわね。貴方はアルマリア一つで我慢なさいな~」
「ふんッ、そうはいくものか……」
バストラルはライデンから視線を外し、どこでもないどこかを睨んでいた――そして、ライデンはその様子を冷めた目で見つめていた。
ライデンはアルマリアに滞在しているもう一人の
この日もバストラルの親衛隊が入手した情報を頼りに、アルマリアの支配圏で活動する盗賊団の
結果的に極僅かな留守役だけが残る
だがそれは、一仕事を終えて後片付けを部下に任せてきただけではない。このアルマリアに、バストラルを一人残しておく事を危険視していたからだった。
日に日に強くなるバストラルの支配欲は、街の住人たちに更なる苦渋と不安をもたらし始めていた。ライデンは何度もバストラルを
ライデンは秘かに願っていた――欲に駆られて暴走する前に、誰かが――何かがバストラルを止めてくれないかと。
◆
ささやかな食事会――そう聞いてはいたが、モヒートの目の前に並べられた料理や食材は、今まで一度も見た事がないほど豪勢なものだった。
銀の大皿に盛りつけられた果物に肉料理、カップに注がれたワインらしき果実酒の香り、そして焼きたてのパン。
モヒートには、そのどれもが旧アメリカでは滅多に手に入らない食材ばかりに見えた。それどころか、モヒートは料理人と呼ばれる職業に就く者が調理したものを食べた経験自体がない。
ルイザとバストラル、ライデン両名との会話は全く耳に入らず、モヒートは頬がはち切れんばかりに料理を頬張り、食事のマナーも何もない、
「まったく、呆れるほどの食欲ね。見ているこっちがお腹いっぱいになるわ~ン」
ライデンの低く通る声とモヒートの咀嚼音だけが食堂に響き、バストラルとルイザもその食いっぷりに会話が思うように進んでいなかった。
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