第12話




 モヒートの食いっぷりに圧倒されながらも、バストラルは何とか気を取り直してルイザとの会話を再開させ始めた。


「そ、それでルイザ卿――君たちは二人で、これから旅に出るという事なのか?」

「はい、私はモヒート様の従者として、行動を共にするつもりです」

「しかし、アクマリアの支配圏を一歩出れば――」

「それは重々承知しています」


 街に留まることを勧めるバストラルと、頑なにそれを断るルイザ。二人の話し合いが平行線をたどる一方で、モヒートは銀皿の肉料理を平らげ、野菜がたっぷり入ったスープを飲み干す。それを黙って見ているライデンは何故か満面の笑みを浮かべていた。いや、それどころか――。


「――ほら、モヒート。このパンも美味しいわよ~ン」

ほふ、はひぃはおぅ、わりぃな


 モヒートはライデンが差し出した籠一杯のパンを一つ手に取り、スープに浸して口に放り込む。


 その汚らしい食べ方を見たバストラルは嫌悪感を隠すことなく、顔を歪めて溜息をついた。


ふはっくさっ! ほはえふへぇほお前くせぇぞ! へひのへひほはんはほほほはっへふんは飯の席をなんだと思っているんだ!」

「えぇぃ汚らしい! ルイザ卿、君は本当にこの意地汚い男と行動を共にするつもりなのか?!」

「私は可愛いと思いますが――」

「か、かわ――っ?!」

「あ~ら妬けるわ~ン。白騎士の寵愛を独り占めするなんて」


 ルイザは自分が発した一言に顔を朱くしていたが、バストラルは怒りで顔を赤くし、テーブルの下で力強く握る拳は今にも殴りかかりそうなほどに打ち震えていた。


「ルイザ卿、もう一度だけ確認する。本当に、この男と共にアクマリアの支配圏から出て行くのだな?」

「そうだ。今は自給自足が出来ているようだが、支配者が無能では資源を無駄に浪費するだけだ。近いうちに食糧生産力が低下し、遊んでいる無能どもを食わせる事が出来なくなる。その時に焦っても既に遅い、次に起こるのは限られた食糧の奪い合い……いや、ここの場合は独占か? まぁ、どちらにしろ、荒れるのは目に見えている。そんな集落コロニーはごめんだ」


 バストラルの問いに答えたのはルイザではなく、口の中の物を胃に流し込んだモヒートだ。アクマリアで作られた果実酒を飲み干し、空のカップをテーブルに置き――指先でカップを傾けてもてあそびながら、向かい合うバストラルを睨む。


「我がアクマリアに未来が無いと……? 不愉快だっ! これで失礼させてもらう!」


 顔を更に真っ赤にさせ、拳を震えさせて怒りを我慢するバストラルは、その肥えた腹を揺らして食堂を出て行った。







 バストラルは私室の扉を乱暴に開けると、中で待っていた傍女たちを一喝し、部屋の外へと追い出した。


「ジルーバ!」


 薄暗い私室の中は砦内とは思えないほど豪華な調度品に溢れ、バストラルがかつての繁栄の残り香に縋っていることが一目で判った。その中でも木目調の美しい一脚テーブルをはたき倒し、誰もいないはずの私室で叫んだ。


「――ここに」


 バストラルの叫び声に応え、部屋の陰から進み出たのは病的なほどに細身で全身をボロ布で包んだ男、ジルーバだ。


「今夜中にあの瓜顔を殺せ、ルイザもあの男が死ねばこの地を離れる理由がなくなるはずだ」

「――お任せください」


 顔を真っ赤にして激しい怒りと殺意を露わにするバストラルに臆することなく、ジルーバは深く頭を下げながら陰へと下がっていき、その気配を消した。







 バストラルが食堂を去った後、モヒートたちは食後の果実酒を楽しんでいた。


「モヒート、わたしは貴方が気に入ったわ~ン」

「俺はそうでもない」

「あら、残念」


 モヒートは別に同性愛者を嫌っているわけではない。むしろ、旧アメリカではありふれた存在だ。終末戦争で人口は激減し、男女の人口比は崩れ、同性愛に走る者が戦前に比べて急増したのも無理はない。


 それでもモヒートはそちら側にはいかなかったが、自然とその誘いを断る術を身に着けていた。


「ねぇ、モヒート――貴方も騎士ライダーなのかしら~ン?」

「ライダー? あぁ、バイク乗りライダーなのは間違いないな」

「そう、なら門前に置いてあるのは本当に幻装騎兵エクティスなのね~ン」

「アリオンのことか? 確かにあれは俺のだ――触るなよ」

「やだぁ、触らないわよ。攻撃と認識されて暴れられたら困るわ~ン」

「そういうお前も、幻装騎兵エクティスとやらで変身するのか?」

「えぇ、そうよ~ン」


 モヒートとライデンは互いに果実酒を酌み交わしながら、軽いさぐり合いを続けていた。ルイザはその会話を黙って聞いていたが、侍女が浴室の準備が出来たことを知らせに来たため、先に食堂を退出してモヒートとライデンの二人だけとなった。


「貴方、さっき防壁で何を見ていたの?」


 それまでの軽い探り合いから打って変わり、ライデンの質問はもっと直接的なものに変わっていく。


「畑だ。それと、資源だな」

「資源……貴方、さっきもそう言ったわね~ン」


 二人の果実酒を飲む手が自然と止まり、カップを弄びながら会話を続けていく。


「ここの資源の使い方は最悪だな。ひたすらに消費し、使えなくなれば捨てるだけだろ?」

「そうね……その通り」

「おまえ、あそこで顔をしかめていたよな?」


 今度はモヒートが一歩踏み込んだ問いを投げかけた。あそこ――とは、二人が初めて出会った防壁に他ならない。ライデンは畑の方向に視線を向け、何かに対して嫌悪感を示し、その僅かに滲み出た感情のサインをモヒートは見逃していなかった。


「あら、そうだったかしら~ン」

「まぁいい。俺には関係ねぇことだが、おまえはあのデブよりかは資源の使い方が判っていそうだ」


 ライデンはモヒートの言葉に眉を顰めたが、すぐに何事もなかったかのように話題を変えた。


「この街が許容できる人数は少ないわ~ン。だから溢れ出た者たちは盗賊や山賊として生きていくしかないの。そして、その賊たちをアタシたちが狩ってまた糧とする」

「それには賛成だ。生み出せない者は奪い取るしか生きる道はねぇし、奪う者は奪われても文句は言えねぇ。弱者は強者の食い物であり、資源でしかない」

「その通りだわ~ン」

「だが……」

「だが……?」

「――騙す奴は気に喰わねぇ」

「あら、アタシはモヒートのことを騙してはいないわよン?」

「ふぅ~ん」


 モヒートはライデンを――と言うより、バストラルのことを全く信用していない。モヒートが食事に夢中になっている時に見せたバストラルの目の色――色欲に独占欲、相手をひれ伏させたいという支配欲。そういった欲に溺れた者の目だ。

 だが、このオネェ口調のライデンがなぜバストラルと共に行動しているのかが判らなかった。

 畑で見せた視線と表情から、資源――幼い少年たちに過酷な労働を強いることに嫌悪感を抱いていたのは明らかだった。

 ルイザのことをバストラルと共に独占しようと考えている素振りもない。むしろ、村の者たちが皆殺しにされたことを共に悲しみ、ルイザの今後を考えていた。


 まさか……資源少年やスラムの老人ジジババを心配してここにいるわけでもないだろう。


 その真意を見抜けないでいると、ライデンは空のコップをテーブルに置き、椅子から立ち上がった。


「アタシも汗を流しに行くわ~ン。どぉ? 貴方も一緒に入るぅ?」


 ライデンは体をしならせてウィンクしながらモヒートを風呂へと誘ったが――。


「一緒に行って間違いでも起きたら大変だ――遠慮させてもらうぜ」

「あら、それは“間違い”じゃなくて、“正解”っていうのよ~ン」


 ライデンも冗談半分だったのだろう。それだけ言い、一人で食堂を出て行った。







 一足先に一人で女性用の浴室に向かったルイザだったが、誰もいないはずの浴室で思わぬ人物と鉢合わせしていた。


「ここは女性用だと聞いていましたが、間違っていましたか?」


 一糸纏わぬ姿を薄布一枚で隠し、不健康そうな青白い肌ながらも出るところは出て、引き締まるところは引き締まった身体は女性としての魅力に溢れていた。


「いいや、ここは女性用の浴室で間違いないぞ、ルイザ卿。だが、同時に全ての部屋と設備は私のものでもある。どこで過ごそうと、何を使おうと、それは私の自由というものだ」


 ルイザの正面で大きな木製の浴槽に身体を沈めているのは、アクマリアの支配者であるバストラルだ。

 両脇に見知らぬ裸の女を抱え、大きく膨れた腹を水面に浮かべてニヤニヤとルイザの姿を見つめていた。


「そうですか、それではバストラル卿が出られた後で入り直させてもらいます」


 顔を僅かに赤くしつつも、毅然な態度で浴室を出ようと振り返ったルイザだったが、いつの間にか浴槽から出てきていた見知らぬ女たちに両手を抱えられ、浴室の風呂椅子に座らされた。


「せっかく来たのだ。彼女たちに身体を洗ってもらうが良いだろう」


 女たちは慣れた手つきで石鹸を泡立て、ルイザを体洗い用の布で前後から挟み込み、撫でるように全身を洗っていく――。


「ちょ――ちょっと、バストラル卿――」


 ルイザは他人に身体を洗われるという初めての体験に戸惑い、その快感とも言える感触に抗う力が抜けてきていた。

 バストラルやこの女たちに裸を見られているという羞恥心は当然存在する。しかし、魔族によって国が滅び、大陸文化が崩壊した後は個人のプライバシーと言ったものはそれほど重要視されていなかった。そんな個人的な心情よりも、命の保護の方が重要だったからだ。


 今のルイザは見られている羞恥心よりも、得体の知れない快感に溺れないように意識を保つことの方が重要となっていた。


 その様子を浴槽の中で見ているバストラルは更に淫欲の笑みを浮かべ、女たちに指先一つで指示を出すと、それに応えるように女たちは布を使わずに自分の身体を使ってルイザの身体を洗い始めた。


 女たちの柔らかい身体がルイザの体に絡みつき、石鹸の泡が三人を包み込んでいく――。


「――んっ」


 吐息と共に漏れ出た艶やかな声が更に思考を快楽に溺れさせる――そして、柔らかくもきめ細やかな身体を使い、ルイザと体を重ね合わせていく女たちの動きもより情欲的になっていく。

 

「うーん、いい眺めだ」


 三人の女たちの動きを見て、バストラルは浴槽の中で下卑た笑いを浮かべていた。




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