第6話


 幻装騎兵エクティス――それは魔族に苦しめられた人間たちが生み出した一つの奇跡。


 この世界の人や魔族、生きとし生ける全てのものにマナが宿っている。魔族は内包する強大なマナを力に変え、あらゆる自然現象を具現化し、人を遥かに超える強靭な肉体を持っていた。


 それに対抗するために、人は内包するマナを形に変える方法を生み出した。それが幻装騎兵エクティス、人の思いを――精神を――欲望を具現化し、魔族と戦う力とする奇跡の術だ。


 しかし、これには大きな欠点が存在した。


 人の誰しもが幻装騎兵エクティスを具現化できるわけではなかった。人が内包するマナの量は個人によって差があり、それは修練などで容易に増やせるものではない。

 生まれ落ちた時よりマナの内包量が少ない子供には、どう訓練しようとも幻装騎兵エクティスを具現化できるほどのマナを持つことが出来ない。


 結果、魔族と戦うための力である幻装騎兵エクティスだったが、人間側の劣勢を跳ね返すには――その絶対数があまりにも少なかった。


 人間側が魔族に敗北して数多の国々が滅亡したあと、幻装騎兵エクティスを具現化できる人数はさらに減少し、その矛先も魔族から同族である人へと変わった。

 そのいい例が先ほどの盗賊たちだ。他にも生き残った人々の集落を守る最大戦力として、または己の欲望を優先して力を振るう暴力の象徴として。


 モヒートはルイザの話を聞きながら、明らかに自分が生き抜いてきた旧アメリカとは別の場所に来ていると実感していた。


(なるほど……天使エンジェルには羽が生えているし、悪魔ディアブロが火を噴いたのはそういうことか……)


 モヒートは治まらない空腹感からお腹を軽く擦り、もう一つの疑問をルイザへと投げかけた。


「その幻装騎兵エクティスってのは、俺にも使えるのか?」


 モヒートの目から見れば、幻装騎兵エクティスは映像データの中だけに残る変身ヒーローそのものだ。


 ほんの数度しか見たことがない、平和だった時代の残り香。その中にあった超人へと変身して悪と戦うヒーローのドラマを、モヒートは記憶の片隅にいつも置いていた。


「モヒート様には幻装騎兵エクティスを纏うことは不可能です」


 だが、モヒートの僅かばかりの憧れはルイザの即答によって切り捨てられた。残念がる気持ちがモヒートの顔に出たのだろう、ルイザは少し口角を緩めて微笑むと、さらに言葉を紡いでいく。


「……ですが、それはモヒート様のマナが幻装騎兵エクティスを纏える者――“ライダー騎士”に劣っているからではありません。モヒート様がこの世界へと召喚された際に、内包する莫大なマナによって肉体が構成されました」

「なに? すると……俺は普通の人間じゃぁない、マナ人間だってことか?」

「そうとも言えますが……それこそ幻装騎兵エクティスを超越した先の、特別な存在だとも言えます」


 そうでなくては勇者として――魔族を打倒す者として召喚した意味がない、とルイザの一族が生き残っていれば言っただろう。しかし、ルイザにはそれを言うつもりはない。


 すでに召喚した意味は存在する――私の目の前に。


 決して口には出さないが、それがルイザの本心であった。


「とっ、特別な存在かぁー」


 そしてモヒートはというと、思い掛けないルイザからの持ち上げに頬が緩み、同時に恥ずかしさから顔を赤らめていた。


 ぐぅ~~。


 ヘラヘラと気持ちの悪い笑みを浮かべていたモヒートだったが、赤面する意味を反転させる不躾な音がむき出しのお腹から鳴り出した。


「は、腹減ったな……」


 モヒートはルイザから視線を逸らし、頬を掻きながら素直に呟いた。


「一族の皆を浄化します。そのあと、食事にいたしましょう」


 ルイザの頬も少し赤らみ、モヒートとは別の方向へと僅かに視線が逸れていたのだが、モヒートはどことも言えぬ集落コロニーの空を見ていてその変化には気づかなかった。


 そして、そんな二人を遠くから監視する影が一つあった。二人の会話は聞こえない距離だったが、盗賊たちが一人残らず倒されていることを密かに確認すると、二人に気づかれることなく隠れ村から離れていった。



 広場に集められた遺体はルイザの一族だけではなく、モヒートが始末した盗賊たちの遺体に加え、ルイザが地面に叩き付けた悪魔ディアブロの遺体もある。正確には悪魔ディアブロに変身していた盗賊の遺体だが。

 純白の天使エンジェルが黒髪のルイザへと戻ったように、悪魔ディアブロも黒い塵が吹き散るようにその姿をただの盗賊へと変えた。


 ルイザは数十もの遺体が横たわる広場に一人跪き、静かに鎮魂の祈りを捧げていた。それはどれほどの時間だっただろうか、一〇分か二〇分か、一時間か――。

 モヒートは広場の外に腰を下ろし、祈り続けるルイザの姿をジッと見続けていた。


(深い心の悲しみは時間が癒すなどと大昔の本に書いてあったが、そんなものは嘘だな。どんな傷も治療すれば完璧に治るわけじゃねぇ、必ず傷跡となって体に残り続ける。特に心の傷は厄介だ……すぐに絶望って死に至る病に掛かりやがる、だから――)


 だから今は祈れ、少しでも傷跡が小さくなるように――。




 終末戦争によってモヒートの生まれた世界は絶望に覆われた。誰もが生きる希望を――方法を――場所を失った。

 世界から喜びが消え、楽しみも消え、残ったのは深い哀しみと激しい怒りのみ。心を蝕む絶望は動く気力を失い、生き残った人々は何もせずにただただ死のトキを待った。


 幼少期のモヒートはそんな死を待つだけの人々に囲まれて育った。僅かに残った資源に縋り、死ぬためだけに生きる日々。

 モヒートが自分の意思で絶望を振り切ることが出来たのは、寝床としていた倉庫の奥で見つけた、一台のバイクとの出会いがあったからこそかもしれない。


 鎮魂の祈りが終わったのか、ルイザがゆっくりと立ち上がり、空を見上げて両手を上げる――気づけば、ルイザは両手だけに幻装騎兵エクティスを纏い、右手には白銀のメイスが握られていた。


 自然とモヒートの視線も白銀のメイスが掲げられた先の中空へと動く。


 そして降り注ぐのは輝く光の粒子。その一つ一つが並べられた遺体に落ちた瞬間――白い炎が舞い上がり、並べられた遺体の全てを白く包み込んだ。


 モヒートはその余りにも幻想的な白い炎に目を見張り、無意識に腰が浮いて立ち上がっていた。燃え盛る白い炎に一歩ずつゆっくりと近づいていくが、熱さも人の焼ける独特な臭いも感じない。


白炎ビャクエンは浄化の炎。すべてをマナへと分解し、世界へとかえします。みなはこの世界と一つになり、私たちを見守ってくれるはずです」


 背後に立つモヒートに気づいていたのか、ルイザは振り返ることなく静かに呟いた。

 



 白い炎が全てをマナへと還した後、モヒートとルイザは比較的荒れていない小屋に入り、そこで食事をとっていた。

 少数の村とはいえ、一季節は楽に越せるほどの食糧――といっても、穀類や干し肉、塩漬けされた野菜ばかりだが、二人で食べるには多すぎる量を確保することとなり、モヒートにとっては久しぶりの満腹感を得られる食事となるはずだった。


 しかし――。


「おかしいな……空腹感が消えねぇ」


 どれだけ食べても消え去らない空腹感に、モヒートはむき出しの腹を擦りながら首を傾げていた。


「きっと、モヒート様のマナが減っているせいでしょう。食事からもマナは補給できますが、加工された食材からは時間が経つほどにマナが失われます」


 ルイザは自分の住んでいた小屋だった場所に一度戻り、そこで服を回収して着替えを済ましていた。

 この地を離れることを想定しているのか、今はズボンとサイズの大きいローブのようなものを着ている。


 なんだか魔法使いみたいだな、とモヒートは一目見て思ったが、それを口にすると「モヒート様の世界にも幻装騎兵エクティスがいたのですか?」と、話が通じない返事が返ってきて会話が続かなかった。


「マナが減るってのは、どういう意味だ?」

「モヒート様はそのお身体全てがマナで構成されています。それに加えて今朝のように服を生み出したり、先ほどのように生み出した武器を使用したりすれば、その分だけマナを消費します」

「……マナが補給できなければどうなる?」

「お身体を構成し続けることが出来なくなり、少しずつ崩壊していくものと」


 平然と語るルイザに比べ、モヒートの顔色は明らかに曇っていった。爆発からの死を免れ、よくわからない世界で新たな生を手に入れたかと思っていが、どうやら話はそう単純でもないらしい。


「それで……マナを補給するにはどうすればいい?」

「はい、私たちなら普通の食事で十分な量を取ることが出来ますが、モヒート様の場合は豊富なマナを持つ人から直接採取する必要があります」

「直接――?」


 まさか人を食えとでも言うのか? とモヒートは怪訝な表情を浮かべたが、モヒートに近づくルイザの様子を見るに、そういうわけではないようだ。


 小屋の壁に寄りかかりながら座っていたモヒートに跨るようにルイザが腰を下ろし、青白い頬を僅かに朱に染めて――桃色の唇が触れ合う直前にまで近づく。


「人から直接マナを採取するのは簡単なことではありません。心が――精神が無意識の障壁となってそれを防ぐからです」


 ルイザは両手をモヒートの首へと回し、目と鼻の先で囁く。その大体な行動に恥ずかしさを感じないわけがなく。ルイザの視線は何度もモヒートの瞳から外れ、鍛え上げられたむき出しの腹や胸を見ては、頬をさらに朱に染めてモヒートの瞳へと戻ってくる。


「で、ですが……身も心もモヒート様に捧げると決めた私からなら、マナを吸い取ることが出来るはずです」

「――っ」


 そうルイザが囁くのと、モヒートの口が塞がれたのは同時だった。


 もうすでに散々味わったはずのルイザの唇だったが、マナを吸い取れと言われた後のそれは、昨夜とは全く違う感覚――快感をモヒートに与えていた。





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