第5話




 食糧庫の中では、盗賊たちが籠の中に詰まる穀物にだらしない笑みを浮かべていた。それを見ながらも中々動き出せないモヒートだったが、その視界に映るジャケットの袖に目が留まった。


(そう言えば……)


 モヒートはルイザの言葉を思い出した。この世界に召喚された時、展開された魔法陣の周囲にあったものが一つに再構成され、モヒートの中に呑み込まれたと。


 モヒートは爆死する直前まで身近にあった物を思い浮かべ――それが自分の中に確かに存在していることを感じ取った。


「よーし、そっちの籠を運び出せ! 腐りやすいものはこっちに入れ替えろ」


 盗賊の一人が大籠を抱えて食糧庫から出てくる。積み上げた大籠で前が見えないのか、フラフラと足元が覚束おぼつかない。


「おう、ちょっと道開けてくれー」


 出てきた盗賊がちょうどモヒートが立つ方へ歩き、大籠の隅にモヒートの体が僅かに見えたのか、仲間と勘違いして一声かけてきた。


「重そうだな、手伝ってやろうか?」

「おぉわりぃな、上の籠頼めるかって……お前誰だ?」


 大籠の横から無理やり顔を出した髭面の盗賊は、長身のモヒートを見上げ――さらに天を衝くような真っ赤なモヒカンヘアーに視線が動く。


 モヒートはジャケットの内ポケットからロングメタルコームを取り出すと、髭面が凝視するモヒカンヘアーをさらに丁寧に整え――。


「置いてけ」

「なにっ?」

「それ……両方、置いてけ」


 そう言ってヘアーを整え終えたコームで指すのは抱える大籠二つ。


「お前なに言ってるんだ。さっさと運び出さないと頭目とうもくにドヤされるっていうか、本当にお前だれだ? こんな目立つ頭の奴見たことねぇぞ」

「まぁまぁ、俺が誰でもいいじゃねぇか。それよりもよぉ、頭目ってのはさっきからドヤしてる、あの一番大きい男だよな?」


 モヒートは二段積みされた大籠の上に肘をつき、軽く体重をかけて髭面の盗賊を見下ろす。


「ぐっ、お、おもてぇー」

「落とすなよー。中の食糧をぶちまけたらお前、頭目にぶっ飛ばされちゃうよぉー?」

「なっ、なら、肘をどけてくれ……」

「まぁまぁ、それで――お前たちの頭目は誰だ?」

「あっ、あんたの言った通り……体が一番大きいのが……頭目……だ」


 髭面の足がプルプルと震えだし、モヒートが故意に掛けている負荷に耐えられなくなっているのは明らかだ。

 欲しかった情報は聞けた――モヒートは大籠の上から肘をどけると、髭面を労うように肩に手を回し――負荷が消えたことで表情が緩んだ髭面の首を、コマを回すように軽々と一八〇度ひねり上げた。


「っがぁ――ッ!」


 髭面が緩んだ表情のまま発した声にならない声を聞き、モヒートは「ご苦労さん」と呟いて膝から崩れていく髭面の動きをコントロールして正座させる。

 大籠を抱えたまま座り込んで動きを止めた髭面に満足すると、モヒートはそのまま食糧庫の中へと入っていく。


「おう、次はこの籠を――誰だお――」


 食糧庫内で指示を飛ばしていた頭目が声を出せたのはそこまで、中に入ってきたモヒートの存在に気づいた瞬間、その頭部はいつの間にか握っていたモヒートのブラスターによって焼失し、糸の切れたマリオネットのように横倒しに倒れていった。


 一対多の戦闘で重要なのは、最初に誰を倒すかだ。


 目の前に立つ捨て石を殺しても何の意味もない。それは資源を無駄に消費するだけだ。なら、誰を最初に狙うか?

 その答えは状況によりけりだろうが、一つ言えることは――敵の中で一番地位の高い者、集団の指揮者であるリーダーを狙うことだ。


 食糧庫の中で指示を飛ばしていた盗賊たちのリーダーを最初に始末したモヒートは、頭部を失い倒れたリーダーの姿に硬直する盗賊たちを、有無を言わせぬ速さで撃ち抜いていった。


「へぇー、俺の身体の中で作ったブラスターだが、普通に使えるなコレ」


 思わず零れた独り言だった。その言葉通り、モヒートの手に握られたブラスターライフルは、旧アメリカの武器製造プラントで作られたものと全く同じものだったが、その性能もまた遜色ないものだった。

 ルイザが言っていた通り、この世界へと召喚された時にモヒートの傍にあった物全てが、モヒートに取り込まれる形で体内に内包されていた。


 モヒートが意識して感じられるものがいくつもある。自分が着ていた服やコームなどの小道具――そして、死の直前に寄りかかっていた武器製造プラント。

 これこそがブラスターの出元であり、今後のモヒートにとって最も重要な能力――武器製造能力の根幹となった。


 素肌にジャケットだけを着ているモヒートはむき出しの腹を擦り、食糧庫の中に撒き散らされた鮮血を見て――朝からあの赤い実しか食べていないな、と空腹感を思い出していた。

 だが、食糧庫内に散乱する穀類や干し肉を見ても食欲が湧いてこない。赤い実一つであれだけの幸福感を実感したのだ。

 目の前に散乱している物が穀類や干し肉とはいえ、旧アメリカでは中々手に入らない食材ばかり、特に肉――モヒート自身、ビーフフレーバーのペースト食品以外で本物の肉を最後に食べたのがいつなのか記憶にない。

 数ヵ月前だったか、数年前だったか――肉を食べたことはあっても、その元となる動物は貴重な家畜であり、生きている限り生み出せる乳や卵の方が何倍も重要だった。

 その家畜が死んだとしても、その肉の扱いは属する集団のトップが決める。レッドスパイクの幹部クラスになっていたモヒートであっても、そのおこぼれに預かることは数少ない。


 それほど貴重だった肉を目の前にしても、飛びつきたくなる食欲が湧いてこなかった。


 そんな自分の空腹感に疑問を感じながらも、モヒートは食糧庫から出てルイザの様子を確かめに歩き出した。




『くそっ! くそっ! くそぉぉぉ!』

『そろそろ諦めたらどうですか?』


 天使エンジェル悪魔ディアブロの戦闘も、一つの終わりを迎えようとしていた。


 悪魔ディアブロの全身甲冑は数え切れないほどの凹みでボコボコになり、片膝をついて巨大な両刃の斧を支えにし、何とか倒れずに踏ん張っていた。

 それに対して天使エンジェルに負傷は見えない。腰から生える四枚の白い羽を広げ、白銀のメイスと円盾をたずさえて、凛々しくも雄々しい彫像のように直立不動で悪魔ディアブロを見下ろしていた。


『黙れぇ――“地獄の豪火ヘルズ・フレイム”!』


 悪魔ディアブロは吠えると同時に左手を突き出し、食糧庫を片付ける前に見た火炎よりも激しく、大きな火球を生み出して撃ち放った。


 天使エンジェルはすかさず円盾を構えて直撃を防いだが、その衝撃と爆炎が全身甲冑を包み込んで燃え上がらせていく。

 その姿に思わず足が一歩前へと動きだすモヒートだったが、爆炎の中で天使エンジェルがメイスを直上へと掲げると、輝く光の粒子が天使エンジェルを包み込み――爆炎どころか焼けた痕など一切ない、純白の白い天使エンジェルそのままの姿で仁王立ちしていた。


『何度やっても無駄です……もう、終わりにしましょう』


 そう呟くと――天使エンジェルの体がふわっと宙に浮き、左右に滑るように身体を振りながら滑空し、悪魔ディアブロを追い抜きざまにメイスでその顎を打ち砕く、そして白い四枚羽を羽ばたかせて踊るように回転すると、仰向けに倒れ込む悪魔ディアブロの頭部にトドメとばかりに白銀のメイスを振り下ろした。


 地を割る大打撃に悪魔ディアブロの頭部は地面に埋まり、激しい打撃音の中に僅かな呻き声が聞こえた。


(おぉーすげぇ)


 モヒートは食糧庫の外壁に寄りかかり、天使エンジェル悪魔ディアブロの決着を見届けていた。


 天使エンジェルがゆっくりと立ち上がり、モヒートのもとへと歩き出す。一歩進むごとに純白の全身甲冑から白い羽が舞い散り、モヒートの目の前に立つころには純白の天使エンジェルから黒髪のルイザへと戻っていた。


「モヒート様、ご無事で何よりです。相手の幻装騎兵エクティスに少し手間取りました」


 ルイザはモヒートの前で片膝をつき、深くこうべを垂れてモヒートの言葉を待った。


「おぅ、ご苦労さん」


 だが、モヒートの言葉はルイザの最敬礼に対してあまりにも軽かった。


「食糧庫を荒そうとした盗賊はこっちでボコしておいた」

「ありがとうございます――それと、少しお時間をいただいてもよろしいですか? 村の皆を、ちゃんと送ってあげたいのですが……」

「おぅ、構わないぞ。ちゃんと処理をしないと疫病えきびょうの元だからな」

「はい、私も皆を疫病グールの元にしたくはありません」


 ルイザとの間に何か小さな勘違いを感じつつも、モヒートにはまず確認しなくてはならないことがあった。


「それで……そのエクティスってのは、何だ?」

「それは――」


 盗賊の夜襲によって、隠れ村の一族はルイザを残して皆殺しとなっていた。既に若い世代もおらず、最年少のルイザもすでに大人――遠くない未来で似た状況にはなっていたことだろう。

 だが、その過程は余りにも狂気に満ちていた。一族の長であるガルムの体は相当に痛めつけられていたが、それは他の遺体も同じだった。


 その一体一体を村の広場に集めて寝かせながら、モヒートはルイザから幻装騎兵エクティスや召喚された世界の特殊な一面について話を聞いた。



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