第7話




 マナを吸い取る。その初めての感覚と快感に溺れ、モヒートはルイザの唇を貪るようにマナを吸収した。結果――モヒートは今までにない満足感と満腹感を味わったが、加減が判らずにルイザは急激なマナ欠乏状態へと陥り気を失った。


 モヒートの胸に顔を埋め、死んだように眠っているルイザの体を支えながら、モヒートは一人静かにこの世界と自分の体について考えていた。


(異世界人、幻装騎兵エクティス、マナ、魔族……それに、この身体)


 モヒートはルイザの背に回した手を見つめ、自分の中にあるブラスターライフルを思い浮かべると――その銃身の一部が手の平から顔を出した。

 自分が普通の人ではなく、マナで構成されたマナ人間だと言われても、不思議と何の感慨もなかった。むしろ、あの生き地獄とも言える旧アメリカでの暮らしを考えれば、自然が色濃く残るこの世界で生きていく方が面白そうだ、とまで考えている。


(それに……コイツもいるしな)


 ブラスターライフルの銃身を身体の中に戻し、空いた手の平でルイザの髪を撫でる。


 なんと穏やかで安らかな一時か……今までに感じたことのない感情とそれを与えてくれた一人の女、モヒートの心は急速にルイザへと惹かれていた。


「――ん」


 どうやらルイザが目を覚ましたようだ。直前までその艶やかな黒髪に触れていた手は即座に離れ、ルイザを押しのけるように胸元から起き上がらせる。


「やっと目が覚めたみてぇだな」

「あっ、申し訳ございません……気を失ってしまったようです」

「俺も吸い過ぎたみてぇだが、身体に異常はないのか?」

「大丈夫です。幻装騎兵を長時間纏っている時にも似たような状態になりますが、休息とマナが豊富な含まれた食事をとっていればすぐに回復します」


 少しふらつきながら立ち上がるルイザを支えながらモヒートも立ち上がり、小屋の外へと歩き出した。


「それで、これからどうする?」


 崩壊した隠れ村を見渡し、横に立つルイザへとモヒートは聞いた。この集落コロニーではもう暮らせない――口には出さないが、次の行動を求めるモヒートの声色の意味はルイザにも十二分に伝わっていた。


 死と絶望に呑み込まれた場所で人は生きられない。それがモヒートの実感であり、ルイザが見て来た国の行く末だった。

 ルイザの隠れ村はもう人が住める場所ではない。ここに居座る限り、死と絶望が心を――身体を蝕むだろう。


「サルムの森を抜けた先に小さな湖と街があります」

「へぇ~、あの盗賊どもはそこを狙わず、わざわざこっちを狙ったわけか」

「街と言っても、防壁に囲まれた砦と騎士ライダーが二人います。いずれは狙われたでしょうが、先にこの村のことを知って狙ったのだと思います」


 モヒートはジャケットからメタルコームを取り出し、モヒカンヘッドを整えながら盗賊の狙いについて考え始めた。


(襲撃の常套手段だな……警備の数とそれが手薄な時間、お宝の場所や量を調べて一番おいしい時間に攻め込む。その下調べの段階で隠れ村の話を聞きつけたんだな)


 だが、一つ腑に落ちないことがあった。盗賊たちが一度引き、夜の内に食糧などをすべて奪わずに明るくなってから戻ってきたことだ。

 レッドスパイクならそんな面倒なことはしない。ハリケーンのように暴威と共に襲いかかり、根こそぎ奪い、破壊して過ぎ去る。一度戻って再び奪うようなことはしない。


 盗賊たちの動きには何か理由がある――そう考えはしたが、その答えがモヒートに判りようがなかった。


「とりあえず、その街にいこう……と、言いてぇところだが、ここに備蓄されていた食糧はどうする? 二人だけじゃ持ちきれねぇぞ」


 この村の食糧を持てるだけ持ち、残りを捨てるには余りにも惜しい。貴重な食糧を奪い合いながら生きて来たモヒートにとって、目の前の食糧を捨てるという選択肢はありえない。たとえ食べきることなく腐らせたとしても、その時はその時だ。


「それについてですが、たぶん問題ないかと思います。モヒート様の身体はマナを消費して取り込んだものを作り出す能力のほか、外部から新たに物を取り込む能力も持ち合わせているはずです」

「取り込む? ってぇと、食糧を俺の中に取り込んで持ち運ぼうってわけか?」

「モヒート様を道具のように扱うのは申し訳ありませんが……」

「いやぁ、気にするな。だが……たとえば取り込んだ食糧を俺が新たに生み出すと――どうなるんだ?」

「生み出す段階でマナを消費します。誰かに与えるなら有効かもしれませんが、自己消費するおつもりなら無駄にマナを消費するだけかと。モヒート様には食糧を一旦体内に取り込み、それを消化せずに内部に保管していただければ、意思一つでマナを消費せずに取り出せると思います」


 モヒートはルイザの説明を聞きながら思い浮かぶ疑問点を確認しつつ、自分の手を握っては開き、また握っては開く。そうやって内部に保管している状態のブラスターライフルを僅かに出し入れして自分の身体を確かめていた。


「よし、ならさっさと回収しちまうぞ。他にも持っていくものがあれば用意しろ」

「かしこまりました」


 ルイザは静かに頭を下げ、モヒートが食糧庫に消えていくまでその態勢を維持していた。

 そして、再びゆっくりと頭を上げ――村の仲間を浄化した広場に僅かに視線を向けると、それを振り切るように視線を外し――自分が住んでいた小屋へと向かった。


 


「しかし、取り込むったって……どうすんだよ?」


 再び食糧庫に戻ったモヒートは、穀類が詰まった籠に手を当てながら悩んでいた。自分で産み出したブラスターライフルは手足の延長線のように扱えたのだが、目の前の籠をどうやって体内に取り込むのか全く判らなかった。


「あぶらかたぶら、ちんからほい!」

「開けゴマ!」

「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム、我は求め訴えたり……」


 とりあえず、昔聞いた覚えある意味の判らない呪文を口にしてみたが、竹で編まれた茶色の籠に変化はない。


「…………」


 モヒートは食糧庫内をそっと見渡し、自分以外の誰もいないことを改めて確認して――。


「ウォッホン!」


 ――わざとらしく咳を一つ。


 改めて籠の周りを撫でるように触り、ポンポンッと軽く叩くも反応なし。


「ふぅ~む」


 モヒートは顎を撫で、無意識にジャケットの内側よりメタルコームを取り出して真っ赤なモヒカンヘッドを再び整え始め――。

 何も考えずに軽く籠の上に右手をのせれば――籠は何の抵抗もなく、溶けるように右手に吸い込まれてその姿を消した。


「あっ、できた」


 自分の身体の中に籠が溶け込んでいく不思議な感覚に戸惑いながらも、モヒートは籠を吸い込んだ右手や腕に異常がないかを確かめ、今度は逆に取り出せるかどうかを意識してためしてみる。


 籠の一部が手の平から出てくるのを見届け、また体内へと沈ませる。


「モヒート様、取り込みは出来ましたでしょうか?」


 ちょうどそこへ、ルイザがバッグを抱えて入ってきた。


「お、おぅ、やっと勝手がわかってきて取り込み始めたところだ。荷物はそれだけか?」

「はい、荒らされた小屋を回って使えそうな道具と衣類を詰め込みました。お願いできますでしょうか」


 ルイザが置いたバッグに手を伸ばし、難しいことは考えずに撫でるように右手を振るう。それだけでバッグは溶けるように右手へと吸い込まれていった。


 その不思議な現象にルイザは一瞬だけ目を見開いたが、驚きを声に出すようなことはなかった。モヒートの身体に関する知識は、一族の口伝として聞き覚えていたものだ。

 マナを消費しながら生きる身体、その補給方法、召喚時に取り込んだものを体内で生成する能力、外から物を取り込んで保管・生成する能力、そのどれもが確証のない知識だ。

 だが、死を迎えた直後とはいえモヒートを身勝手に召喚したのはルイザを含めた一族のエゴ。


 だからこそ、モヒートに余計な心配を与えることなく、ルイザは問いに応え続けなければならない――また、応えるためなら自分の全てを差し出す。


 今は――それがルイザの誓いであった。



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