五皿目 魔王と勇者と料理人
俺も行く
「おかわりだっ!」
空になった器を掲げ、ルイーナが命じる。シイガは器にご飯をよそえるだけよそい、ルイーナに手渡してやった。
「……またか。もう六杯目だぞ?」
「ふふふ。きたる勇者との戦いに備えて、英気を養わなければならないからな! 奴は恐らく並みの相手ではない。一騎打ちでライオネルを打ち負かすほどの手練だ。ふふ、楽しみだのう……美味い料理に張り合いのある相手、これ以上の幸せはない」
ウキウキとそう呟いて、ルイーナがカトブレパスの魔眼『風』肉団子(薬草入り甘酢あんかけ)を口へと運ぶ。
例の勇者にライオネルが敗れ、討たれてから五日。四人いた幹部のうち三人を失い、侵略した領土の多くを奪い返されて尚、ルイーナの様子は微塵も変わらなかった。
毎日欠かさず城で食事し、その美味しさに頬をゆるめる。
そんな魔王のあまりにも呑気すぎる態度は、傍から見ているシイガの方が不安になるほどだった。そわそわと訊く。
「……おい、ルイーナ。本当に平気なのかよ。リム以外の幹部が全員やられちまったんだろ? こんな風に飯食ってる場合じゃ――」
「心配いらぬ」
ルイーナがきっぱりと言い、フォークを振った。
「人間など我にとっては芥も同然。たとえ奴らが束になって城へ攻め込んでこようと、我の『雷』で一網打尽よ」
「…………。なら、最初からお前が出れば良かったんじゃね?」
「バカ者。それでは退屈だろうが」
呆れるシイガをぎろりとにらみ、ルイーナが嘆息する。
「圧倒的な力で以て蹂躙するのも愉快だが、そればかりではおもしろみに欠ける……我は強者と戦いたいのだ。我が見込んだ臣下たちを退け、自力で魔王城まで辿り着いてくるような者とな。その方が盛りあがるであろう?」
ニイッと不敵に口端を歪めて、ルイーナが微笑った。
シイガは呆れる。
「盛りあがるって、お前なあ……」
「魔王さまっ!」
そのとき大広間の扉が開けられ、配下の魔物がなだれ込んできた。その上を、リムがパタパタと飛び越えてくる。
「大変大変、魔王さまっ! ごはん食べてる場合じゃないですってば!」
「なんだお前たち、騒がしい……何事だ、リム?」
「勇者が攻めてきたんですよおっ!」
「……っ!?」
とうとう来たか。緊張するシイガのかたわら、ルイーナが食事の手を止め「ほう?」と唸った。愉しげに問う。
「海と次元の穴を越えたか。随分早いご到着だが、よもや一人ではあるまいな?」
「そうですね、今回はぼっちじゃないみたいですっ! 白い大きな鳥の背中に乗ってるらしくて――きゃああああ!?」
リムがアタフタ説明している最中。ドォン! という音がとどろき、城全体を地震のような揺れが襲った。魔物たちがざわめく。
リムが「ひいいっ!?」とシイガの腕に抱きついた。
「き、きききき来たあああ! ど、どどどどどうしましょう魔王さまっ!?」
「動ずるでない!」
静かだが、よく通る叱声。
まったく動揺していない魔王に、配下の魔物たちが鎮まる。ルイーナは残ったご飯とおかずを綺麗に平らげるや立ちあがり、
「――我が討つ」
泰然と宣言をした。扉に向かって歩き出しながら、命じる。
「シイガよ。お前は厨房へ行け」
「厨房? こんなときでも料理しろってか」
「うむ。宴の準備だ。我が勇者に勝利した暁の、な?」
甘酢のついた唇を舐め、ルイーナが答えた。
相も変わらず自信過剰なその物言いに、シイガは溜め息を吐く。
「……バカ。気が早えんだよ」
「む?」
「俺も行く」
エプロンをしめ直しつつ、後に続いた。
「勇者が乗ってる『白い大きな鳥』ってやつが、気になるからな……食材として。別にお前が心配だからとか、そういうんじゃねえから」
「シイガ……」
ルイーナが驚き、歩みを止める。くすぐったそうに目を細め、
「……ふふっ、そうか。そんなに我が心配か」
「あ? ちげえつったろ。俺は――」
「案ずるな」
ルイーナが嗤った。初めて会ったときから変わらぬ不遜な態度で、言い放つ。
「我は魔王さまだぞ? 相手が何者であろうと、遅れは取らんよ。貴様は見ているだけで良い。我が勇者をひねり潰す様、しかとその目に焼きつけておけ!」
◆ ◆ ◆
カツン、カツンと床を踏む音が、ゆっくり近づいてくる。
玉座で頬杖をつき、脚を組んでいるルイーナが「おでましだな」と唇を歪めた。
シイガと共に控えたリムが、にわかに落ち着きをなくしはじめる。
「わわわ! あたし、まだポーズが決まってないのに……こ、こうかな? それとも、こんな感じかな? ああんっ、どうしよ! どれが一番エロティックで強そうかなあ、シイガお兄ちゃん!?」
「知るか」
玉座にしなだれかかってみたり、頭の後ろに手を回して胸を強調してみたりしながら尋ねるリムに、シイガはげんなりとした。
「どうでもいいわ。ていうか、名前呼ぶんじゃねえ」
「どうして?」
「どうしてもだ」
などと、シイガとリムが玉座を挟んでしまりのないやり取りをしていると。
――カツンッ! 閉ざされている扉の前で、足音が止まった。
部屋の空気が緊張し、硬質な沈黙が降りる――と、次の瞬間。黒い重厚な扉に金色の剣閃めいた光がいくつも奔り、爆砕するように吹き飛ぶ。
「〈魔王〉ルイーナ・イルエンデ!」
直後、凜とした声を響かせ、勇者が部屋に踏み込んできた。
その右手には、抜き身の剣。銀色の軽鎧と長く美しい蜂蜜色の髪が、部屋の明かりを反射して光り輝く。
「ようやく辿り着きました……諸悪の根源たるその邪悪な魂、わたしの剣で跡形もなく浄化してさしあげましょうっ!」
瑠璃色の碧い瞳が、玉座に座る魔王を射貫いた。
シイガの心臓がドクンッと跳ねる。
「グ、グレイス……」
思わず声が漏れ、勇者――グレイスの目が、ルイーナからそのかたわらに立つシイ
ガへと移動した。視線が絡む。
「ん……魔王の側近、ですか? 名乗った覚えはないのですけど」
グレイスが小首を傾げた。シイガは自分の予感が当たったことにショックを受けると同時に、そっと安堵の息を吐く。
その表情は、漆黒の兜により隠されていた。
(瞳の色が違うから、別人かと思ったが……念のため、変装しといて正解だったな)
面つき兜で素顔を隠し、丈長の黒いマントで体をすっぽり隠したシイガは、さながら暗黒の騎士。傍目には『魔王の側近』にしか見えないだろう。
正体がバレないよう無言でたたずむシイガをにらみつけた後、グレイスが「まあいいでしょう」と剣を構えた。
「これが最後の戦いですから、正式に名乗らせていただきます。我が名は、グレイス・ラズワルド! この世界の〈精霊〉たちより侵略者たる魔族を討つべく選ばれ、聖なる剣を授けられし者……」
などと語りつつ唐突に、グレイスが気合の入った剣舞を披露しはじめる。玉座の魔王を斬り裂くように、ズバァン! と剣を振り抜いて、
「――〈勇者〉なりっ!」
魔王を見据えながら、迫真の表情でそうしめくくるグレイス。
ルイーナが「ふわあ」とあくびし、リムが「わー」と拍手した。
「か、かっこいい……とでも思ってるのかな? ぷぷっ、ださーい!」
「だっ!?」
グレイスが顔を赤らめ、絶句する。
「だだだだ、ださいとはなんですか! これでも、わたしは一生懸命――」
「練習したの? 考えたのお? あはっ、かっこ悪すぎ~。何が『まあいいでしょう』だよお~。名乗る気まんまんじゃん、ウケる!」
「くっ……」
リムの言葉が図星だったのか、グレイスが唇を噛んだ。
その反応を見たリムが翼をはばたかせ、玉座へ至る短い階段を飛び降りる。
「こんな奴、魔王さまが出るまでもない。前は遅れを取っちゃったけど、今度はそうもいかないよ! おいでっ――」
紅い敷き布の上に着地し、リムがパチンッと指を鳴らした。瞬間、眼前の床に色とりどりの魔法陣が浮かびあがり、一斉に光りはじめる。
「リムちゃん好き好き大好きまじ愛してる〈親衛隊〉っ!」
一つ一つの魔法陣から、リムの配下が召喚された。
彼らに守られたリムは、どこからともなく拡声器を取り出すと、
「さあさあみんな、よく聞いて! 見事、勇者を倒した子にはあ……リムちゃんから、特別な『ご褒美』がありますっ!」
「「「オオオ!」」」
「あんなことやこんなこと、そんなことやあ……どんなことでも! みんながあたしにしてもらいたいこと、ぜ~んぶしてあげちゃうよ♡ だからあ――」
グレイスを指し、リムが配下の魔物に命じる。
「やっちゃえ、みんな♡」
「「「オオオオオオ!」」」
魔物たちが雄叫びをあげ、猛烈な勢いで襲いかかった。
魔物の群れが欲望のまま、我先に突進していく様はまるで津波だ。呑まれれば、勇者とてひとたまりもないだろう。
だが――
「斬り飛ばします」
グレイスは逃げることなく真正面から魔物をにらみ、両手で剣を構えると、その刀身と瑠璃色の双眸が金色に輝いた。
「応えよ、神剣〈ディヴァインテイン〉っ!」
一閃。剣の軌跡をなぞるように薙ぎ放たれた光刃が、襲い来る魔物たちを切り裂き、爆ぜる。まばゆい波動があふれ、世界が白く染めあげられた。
「きゃあああああああっ!?」
リムの悲鳴が響く中、シイガもたまらず目を閉じる。
光はすぐに収まった。そして再び瞼を開くと――リムの配下は一匹残らず、肉片一つ残ることなく消し飛ばされていた。
ぽつんと独り残ったリムに、瞳の色が碧から金へ変わったグレイスが冷然と訊く。
「……おしまいですか?」
「え? あ、はい。終わりです」
敷き布の上にぺたんと尻もちをついていたリムは答えるなり立ちあがり、すごすごと玉座に戻った。主の後ろに半分隠れ、拳を突き出す。
「や、やっちゃえ! 魔王さまっ!」
「…………」
ルイーナの反応はない。リムが「あれ?」と玉座をのぞき込んだ。
「…………。ぐう」
「寝ていらっしゃる!? なんで寝ちゃってるんですか、もう! 起きてください、魔王さまあああっ!」
肩を揺さぶられたルイーナが、瞼をこすりながら目覚める。
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