果たさなければならない『使命』があります
「わたしと、一緒に来てくださいませんか?」
それは恐らく前回の別れ際、彼女が一度は口にしようとしながらも止めた言葉だ。
頬をほのかに染めることもせず、グレイスは驚くシイガへ一歩近づき、真剣な面持ちで打ち明けてきた。
「わたしには『ある目的』があります。とても過酷で、困難で、簡単には成し遂げられない旅の目的が……その道中も当然苛烈で、だからこそ、わたしはこれまで極力仲間を作らないでいました。わたし以外の無駄な犠牲を生まぬように、と。でもシイガさん、あなただったら――」
「グレイス」
さえぎるように名前を呼ぶと、シイガはグレイスの肩に手を置き、そっと優しく体を離させる。
「悪い。俺は、お前と一緒には行けない」
「え?」
きっぱりと告げ、気まずさを和らげるように微笑った。
「俺には俺の目的があるし……事情があるからさ。ついていきたい気持ちはあるけど、無理なんだ。ごめんな?」
「シイガさん……」
グレイスがショックを受けたように固まる。
目を伏せ、弱々しく呟いた。
「……そうですか」
しかしすぐさま気を取り直し、シイガに明るく微笑み返す。
「あはは。そうですよね、すみません! シイガさんはお強いですけど、本職は竜騎士じゃなくて料理人ですもんね。ごめんなさい、変なこと言い出しちゃって」
「いやいや、すげえ嬉しかったぞ。俺、グレイスのこと好きだしな」
「はひいっ!?」
グレイスが変な声を漏らした。くもりはじめていた顔を赤くし、うろたえる。
「す、すすすす好きってシイガさんっ! そ、そそそそそんなあっさり……」
「はあ? なんだよ、嫌われてるとでも思ってたのか」
「そ、そういうわけではありませんけどお」
人差し指をつんつんさせて、グレイスがもじもじとした。
「まさか、誘いを断られた直後に告白されるだなんて……思わないじゃないですか」
「告白?」
「ううう。でも……ごめんなさい、シイガさんっ!」
勢いよく頭を下げて、グレイスが謝ってくる。
「先ほどお伝えした通り、今のわたしには目的が……なんとしてでも、果たさなければならない『使命』があります」
「お、おう」
突然どうした? と戸惑うシイガに構わず、グレイスは続けた。
「それが無事果たされるまで、わたしは決して立ち止まれませんし、使命以外のことに気を取られている余裕もありません」
「そうなのか」
「はい。ですから――」
グレイスが面をあげる。なぜか妙に緊張した表情で、
「少しだけ、待ってください。わたしが使命を果たし終えるまで……無事、帰ってくるまで」
待つって何を? などとシイガが尋ねるような暇もなく。
「必ず生きて戻ります。そう、誓いますから」
「…………おう」
強い決意に満ちた声で言われて、シイガは咄嗟にうなずいていた。
今さら『ごめん、どういう流れでそうなったんだっけ?』などと訊けるような空気でもない。
シイガの返事を聞いたグレイスの顔がほころび、幸せそうな笑顔に変わる。
「ふふふ。ありがとうございます」
「ど、どういたしまして……」
まだいまいち状況が呑み込めていないシイガを置いてけぼりにしたまま、グレイスがスッと踵を返した。背中越しに振り返り、言う。
「行ってまいります、シイガさん。またお会いしましょう」
「おう。またな、グレイス。気をつけて」
もう行っちまうのかと思いつつ、シイガはグレイスを見送った。
荒野を吹きすさぶ乾いた風に蜂蜜色の髪が煽られ、御旗のようにはためきながら遠ざかっていく。
サイクロプスの肉を食い散らかしていた翼竜が「クゥン!」と空に一声鳴いた。
そして、明くる日の朝。
シイガが料理の仕込みをしていると、魔王城に報せが飛び込んできた。
ヴルート大陸に砦を構えていたライオネルが、激闘の末〈勇者〉に敗れ、討たれた――と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます