人型の肉、不味いですもん
七日後の朝。シイガは
いつもは魔王の転移魔法で運んでもらっているのだが、最近ルイーナが勇者への対応などで忙しいため、リムに配下を貸りたのである。
尚、このワイバーンは先日アビス海でクラーケンに叩き墜とされながらも生きていた翼竜で、乗るのは二回目。名を『イヴァン』というらしい。
シイガは深緑色の鱗に覆われているイヴァンの長い首を撫で、話しかけてやる。
「美味い食材が見つかるといいなあ」
翼竜が小さく「クゥン」と鳴いて応えた。ちょっと可愛い。
「グリフォンとかユニコーンとか、マンティコアとかベヒーモスとか……」
「クゥン」
「大物を仕留めたら、お前にも少し食わせてやるからな」
「クゥン!」
「けどもし何も獲れなかったら、お前を料理して食わせちまうぞ?」
「グオオオォ――――ン!?」
「うわっ!? じょ、冗談だって! 落ち着け、イヴァン!」
前足の代わりに生えた翼をバッサバッサとはためかせ、暴れはじめた翼竜をなだめ、晴れた荒野の空を翔ぶ。
「うーん、いねえなあ。ゴブリン、コボルト……人型は嫌だし。クイーンマンティス、ドレッドホーン……虫も微妙だ。アンフィスバエナ……は、毒持ちだもんな」
竜の背中から地上に目を凝らし、シイガが良さ気な魔物を探していると、手に山刀や棍棒などを握った
砂と岩に覆われた平地でひとところに集まり、何かに襲いかかっている様子だ。
「ありゃ、単眼の
「やあああっ!」
裂帛の声と同時に振るわれた剣が、トゲつきの棍棒を握ったサイクロプスの手首を、鮮やかに斬り飛ばす。蜂蜜色の長髪が舞い、瑠璃のような碧眼が、絶叫する魔物の首を捉えた。刃を返し、刎ね飛ばそうとする。
「――グレイスっ!?」
「はへえっ!?」
いきなり名前を呼ばれた少女が、ビクッと体を跳ねさせた。剣を止め、周囲に視線を巡らせる。
「い、今の声……シイガさんっ!? い、一体どこから――」
「ここだ、グレイスっ!」
シイガは片手で手綱を打つとワイバーンを急降下させ、すれ違いざま、自由な右手で異空間から引きずり出した竜切り包丁を振るった。グレイスの隙を突き、襲いかかろうとしていた隻腕の鬼人が首を失い、崩折れる。
シイガは浮上するワイバーンの背から飛び降りて、グレイスのかたわらに着地した。手をあげ、笑顔であいさつをする。
「また会ったな。久しぶり!」
「シ、シイガさん……」
空を舞う翼竜を見て、グレイスが愕然とした。
「あ、あの……あなた今、ワイバーンに乗ってました……よね?」
「ああ。イヴァンだ。俺の相棒――」
答えつつ、振り下ろされた山刀を包丁で受け止める。
「兼、非常食!」
「非常食!?」
「グオオオォ――――ン!」
咆哮の後、上空から吐かれた火球を慌てて避けた。サイクロプスが炎に包まれ、悲鳴をあげる。
「だから冗談だっての、怒んなよっ!」
「よ、翼竜が……相棒? シイガさん、まさかあなたは――」
グレイスが声を震わせ、瑠璃色の目を見開いた。
「〈
「……おう。料理人の副業だ」
まさか魔族に配下を借してもらっているとは言えず、シイガは適当に答える。
グレイスが目をキラキラさせた。
「すごい、初めて見ました! まさか実在するなんて……伝説やおとぎ話の中にしか、いないものだと思ってましたよ。すごいですねえ、シイガさんっ!」
「お、おう」
尊敬の眼差しを向けられ、シイガは思わず視線を逸らす。自分たちを取り囲んでいる四匹のサイクロプスをにらみつけ、包丁を構え直した。
「まあ、話は後だ。こいつら、片づけちまおうぜ!」
「ん。あ、はい……そ、そうですね! ちゃっちゃと解体(バラ)しちゃいましょうっ!」
グレイスの剣が閃き、シイガの包丁が空を裂く。荒野に血しぶきが散り、魔物たちの断末魔がとどろいた。
「――ふう。終わりましたよ、シイガさん」
「ああ。こっちも、ちょうど終わったところだ」
剣を収めつつ振り返ってくるグレイスに、竜切り包丁を担ぎながら応じる。
各々二体のサイクロプスを倒し終え、ほぼ無傷。返り血すら浴びていない綺麗な髪を撫でつけて、グレイスが微笑んだ。
「また、助けられてしまいましたね……ありがとうございます」
「いやいや。その様子だったら、一人でも余裕だったろ?」
「いえいえ、そんなことありません! 一対五では、さすがに手を焼かされたかと……こうもあっさり勝てたのは、あなたのおかげです竜騎士さん」
「……俺は料理人だ。竜騎士は副業」
「ふふっ、そうでした」
口元に手を当てて、グレイスがクスクスと笑む。それから仕留めた魔物の死体に目をやると、恐る恐る訊いてきた。
「それで、あの……この魔物も食べるんですか?」
「食うわけねえだろ。人型は無理」
「あはは、ですよね。この前みたいに料理しはじめちゃったら、どうしようかと思ってました……人型の肉、不味いですもん」
「雑食だからな」
「はい。雑味が多いですよねえ」
「うん」
…………。うん? まるで、実際食べたことがあるみたいな言い方だな――と思っていたら、グレイスは溜め息を吐き、
「シイガさんの影響で、あれからわたしも色んな『魔物料理』に挑戦してみたんです。でも、だめでした。全然美味しく出来なくて」
「へえ。そ、そうなのか……ちなみに、どんな魔物を?」
「デスバジリスクやヘルタランチュラ、オークキングやドラゴンゾンビなどです」
猛毒持ちと蟲と人型、腐った死体。この娘、食材選びのセンスがおかしい。
「魔物は強ければ強いほど、肉の旨味が増すと聞いたので。とりあえず戦って強かった魔物を、片っ端から料理してみたんですよね。ゾンビは不味そうでしたけど、発酵食品とか熟成肉みたいな感じで、もしかしたら……と」
「もしかしねえよ」
「はい。まあ、食中毒で死にかけましたよね。〈ドラゴンゾンビの炙り焼き〉です」
「うん、お前バカだろ。俺の師匠でも、そこまでエキセントリックな料理しねえよ……食材に謝れ!」
腐敗と発酵は似て非なるものだし、ゾンビはただの腐肉であって、熟成肉じゃない。強い魔物は基本的に美味いが、それでも食えないものはあるのだ。
「は、はい……すみません」
グレイスが肩を落とした。シイガは笑う。
「ともあれ、元気そうで何よりだ。改めて久しぶり」
「……はい。お久しぶりです、シイガさん。あなたも、元気そうで良かった」
「ああ。グレイスのおかげだよ」
「わたしのおかげ?」
首を傾げるグレイスに、シイガはエプロンのポケットを探ると、青い魔石の魔道具を引っ張り出した。
「
「えっ、窮地を? それは一体どのような……?」
「……『夢魔の女』に狙われたんだよ」
「夢魔? サキュバスとかですか」
「ああ。危うく骨抜きにされかかったぜ」
『魔族』と言わなかったのは、詮索されたくなかったからだ。
シイガは一応『ただの冒険者』ということになっている。だから、もし尋ねられても『魔王城の料理人』という正体を明かすわけにはいかない。
いくら事情があるといっても、人類の敵である魔族と一緒にいることが知られたら、今まで通りの間柄ではいられなくなるだろうから――
「助かったよ。ありがとな」
シイガは微笑って礼を告げると、グレイスの手に魔道具を返した。
一介の冒険者に過ぎないグレイスがなぜ、高位魔族の魔法を完璧に防いでしまうほど強力な魔道具を持っているのか。
なぜ、そんなにも腕が立つのか。
たった一人で旅を続ける理由と、その目的は?
それら彼女の素性を暴くような疑問を、自ら素性を隠すシイガは、どうしても投げることができなかった。
「……あの。シイガさん」
ふいに、グレイスが宝石めいた碧い瞳でシイガを見つめる。そして――
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