……失礼。お待ちください。食事中です、魔王サマ
シイガが止める暇もなく具のロブスターを殻ごと口へと運び、ボリボリと食らいはじめる。ごくりと嚥下し、うなずいた。
「フンッ。悪くない」
「お前……」
唖然とするシイガを振り向き、ライオネルが謝ってくる。
「すまなかったな。料理にかける貴様の想い、しかと確かめさせてもらった……貴様は強い。ゆえに認めよう。貴様と、貴様が作る料理を」
「ライオネル……」
「おかげで、すっかり頭も冷えた。謝罪と共に感謝させてもらうぞ、シイガよ」
「さて」
食事を終えたルイーナが、ナプキンで口元をぬぐいつつ、リムの対面に腰かけているライオネルを見やった。
「……待たせたな。話を聞こう、ライオネル。例の勇者に貴様の配下が遅れを取ったと言っておったが、奴は未だに――」
「魔王サマ」
ライオネルが真剣な眼差しでルイーナを見返し、シイガが追加で焼いてきたバゲットを取る。それをブイヤベースに浸して頬張り、言った。
「おまひくらさい。ひょくじひゅうれす」
「口に物を入れたまましゃべるな。なんと言っているかわからん」
「お前が言うなよ」
「……失礼。お待ちください。食事中です、魔王サマ」
「だからどうした? 食事中でも話せるだろう、アホか貴様は」
「だから、お前が言うんじゃねえよ」
呆れるシイガ。自分勝手な魔王に対し、ライオネルは不平を漏らすことなく食事の手を止め、答えた。
「はい、魔王サマ。勇者は未だに一人です」
ルイーナが顎先を撫でる。
「ふむ……たった一人で我ら魔族を、かくも次々打ち破るとは。少々甘く見ていたな。今朝、リムからも話を聞いたが」
「今朝ですと!? リムが勇者に敗れ去ったのは、そんなに最近だったのですか!」
「いや。六日前だな」
「六日前……リム、どこで油を売っていた? 勇者から逃げ延びた貴様は、一刻も早く奴の情報なり被害状況なりを、魔王サマへとお伝えするのが責務であろう!?」
ライオネルがリムをにらんだ。リムが目を逸らす。
「う、うるさいな……忘れてたんだよ、シイガお兄ちゃんのせいで」
「俺のせいにすんなよ」
「リムっ! 貴様、どこまで呑気な――」
「良い」
荒ぶるライオネルを抑え、ルイーナが食後の薬草ティーをすすった。
「動ずるな。たかだか人間一匹に、何をそこまで慌てる必要がある? 我らは誇り高き魔族だ。泰然としろ、ライオネル」
「しかし、魔王サマっ!」
「我は、貴様たち臣下を信頼しておる」
自信に満ちた声で告げ、ルイーナが脚を組む。
「ゆえに、慌てることもない。フェゴールやグラディアス、あやつらを打ち破ったのは見事だが。だからといって余裕を欠けば、勝機も逃すぞ?」
「ま、魔王サマ……」
お茶を飲みながら言うルイーナの表情は、多くの仲間が殺られているにもかかわらず楽しげで、とても気分が良さそうだった。
それを見て、シイガは前にルイーナが語った『理由』を思い出す。暇潰し――娯楽で戦争をする魔王にとっては、今の窮地もただの
ルイーナは、まるで強敵との戦いを愉しむようにゆったりと、落ち着いた物腰で言葉をつむいだ。
「フェゴールは幻術を用いた策略で勇者を陥れ、グラディアスはその剣技を以って奴をあと一歩のところまで追い詰めたと聞く。女ゆえリムの従属魔法が通じなかったことは痛いが、それでもリムが従えている配下の物量は、勇者を手こずらせたはず……どれもたやすい勝利ではない。ならば、次こそ貴様が奴を屠るのだライオネル。魔界でも随一の
揺るぎのない眼差しで言い切られ、ライオネルが頭を垂れる。
「……はい、必ずや。勇者の首級、己がこの城に持ち帰ってみせましょう」
「うむ。なんなら体ごと持ってこい。シイガに奴を料理させ、勝利の宴を開くのだ!」
「いやいや……人の肉は勘弁してくれ」
さすがのシイガも、人肉料理は専門外だった。
なんだか微妙に魔王の恐ろしさを再認識させられながらも、会話の中でいくつか気になることがあったので尋ねる。
「おい、ルイーナ。勇者は人間の女なんだよな? 一人ぼっちの」
「うむ。たった一人で世界を旅し、各地の魔族や魔物から、民を救っておると聞く……ゆえに〈勇者〉と讃えられ、祭りあげられておるようなのだ」
「それは知ってる。有名だからな」
一年前くらいから、ちらほら聞くようになった噂だ。シイガは料理や食材にしか興味ないため、あまりよく知らなかったが。
「もっとこう、詳しいことが聞きたいんだよ。名前とか、容姿とか……」
「我は知らぬな」
「あたしも名前は知らなーい。ただ、見た目なら覚えてるよ~?」
「お。どんな奴だった?」
「えっとねえ、まず綺麗な長い金髪でえ~。お肌が綺麗で真っ白で、脚も綺麗で長くてえ~。でも、おっぱいは全然なくてえ~……綺麗な、金色の目の女の子っ!」
――金色? リムの話を聞いたシイガは最後の最後で予想を外され、ポカーンと口を開いた。リムが眉をひそめる。
「……お兄ちゃん? どうかした?」
「ん。ああ、いや……別に、なんでもねえよ」
シイガはごまかし笑いを浮かべながら内心、ある人物の姿を思い描いていた。
蜂蜜色の長髪に真っ白い肌。短いスカートからすらりと伸びる美脚に、スレンダーな体型。そして、深い碧眼。
(うーん。まさか、な……?)
エプロンのポケットに手を突っ込むと、シイガは『彼女』がくれたお守りに指を触れさせ、自らの胸中に芽生えた不安を払拭するように、ぎゅっと強く握った。
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