シイガお兄ちゃん、リムのこと好きだよね?

「……へ? え、ええっと……何言ってるの? 勝負は、とっくに終わってるじゃん。リムの勝ちだよ。だってお兄ちゃん、リムにメロメロ――」


「じゃねえけど?」


 リムの手からスプーンが落ちる。


「えっ……あ、あれ? シイガお兄ちゃん、リムのこと好きだよね?」


「いや?」


「だ、大好きだよね?」


「別に……」


「まじ愛してるよねっ!?」


「全然」


「なんでえええぇ――――っ!?」


 リムが叫んだ。


「あたし、従属魔法かけたじゃん! リリムアイズっ! あれは雄なら絶対メロメロにする魔法だよ? 上位竜でも魔族でも骨抜きにする、最上級の精神魔法なんだよっ!? なのに、どうして……」


「精神魔法?」


 リムの言葉に思うところがあり、シイガはエプロンのポケットをまさぐる。指先に、硬い魔石の感触があった。精神魔法を防ぐ効果があるという、惑いの森でグレイスから手渡された魔道具〈静藍のアミュレット〉だ。


(……ああ、なるほどな。こいつのおかげだったのか)


「い、意味わかんない……誘惑魔法はちゃんと効いてたじゃんかあ、もおおお!」


 リムが両手で頭を抱え、荒ぶる。今朝、シイガは寝間着でエプロンを身につけていなかった。だから、リムの魔法を喰らってしまったのだろう。


 だが、今は――


「シイガお兄ちゃんっ! あたしの目を見て! しっかりと、凝視してっ!」


 リムがずいっと身を乗り出して、顔を近づけてきた。シイガを映す大きな瞳が妖しい輝きを帯び、複雑な術式が浮かびあがる。


「〈リリムアイズ〉!」


「……っ!」


「ふふん、直撃♡ 今度こそ落ちたでしょ! ねえお兄ちゃん、リムにメロメロ?」


「ああ。メロメロ」


「やったあ!」


「じゃねえけど」


「なんでなのおおおぉ――――っ!?」


 リムが椅子ごとひっくり返った。

 ルイーナが「おおっ!」と腰を浮かせる。


「驚いた……貴様、正気を保っておるのか? リムの従属魔法を受けて」


「お、おう。まあな? 俺、誘惑には強えから」


 シイガは誤魔化すように笑うと、ポケットから手を引き抜いた。

 この魔道具は、グレイスがくれた大事なお守りだ。没収されるわけにはいかないし、リムの魔法が効かない理由を話すこともできない。


「ふははは! そうか。まったく、禁欲的な奴め~」


「いやいや、絶対おかしいですからね!?」


 笑ってうなずくルイーナに、リムがすかさず噛みついた。


「だって、あり得ませんもんっ! あたしに落とせない雄がいるわけ……」


「すげえ自信だな。負けたのに」


「ああ、まったくだ。負けたのに」


「負けた言うなあああ!」


 真っ赤になってキレた後、リムがその場にへたり込む。


「…………シイガお兄ちゃん」


「ん?」


「あたし、そんなに魅力ないかな?」


 消え入りそうな声で訊き、リムがしょんぼりとした。その目が涙でうるうるしているのを見て、シイガは答える。


「いいや? 別に、んなことねえと思うぞ」


「あはは……うん、そうだよね。あたしがあれだけ猛アタックしても、ちっともなびかなかったんだもん。別に、全然そんなこと……え?」


 自嘲気味に呟いていたリムがパッと顔をあげ、目をしばたたいた。


「今『そんなことない』って言った?」


「ああ」


 シイガは顔を背けると、後頭部を掻きながら、


「なびかないのは当たり前だろ。勝負なんだから……別にお前に魅力がないとか、そういうんじゃねえよ」


「えええ!? けどお兄ちゃん、あたしのこと超ディスってたよね? 幼女とか痴女とか態度でかいとか願い下げとか!」


「それは、お前が俺の料理をけなしてきたからだ」


 リムに半眼を向け、溜め息を吐く。


「素直にそう感じてたならともかく、当てつけみてえな感じだったから、俺もムカッときちまって……わざとああいう態度を取ってたんだよ。お前と同じだ」


「あたしと同じ――」


「少なくとも」


 シイガは、胸に手を当てうつむくリムへと歩み寄り、


「俺が作ったデザートを美味そうに食べてくれてるお前はすげえ可愛かったし、魅力的だった。だから、あんまり落ち込むな」


「……っ!?」


 素直な想いを伝えてやったら、リムがガバッと面をあげた。シイガのことを見あげる瞳が潤み出し、真っ白い頬が紅潮していく。


「シイガお兄ちゃん……」


「ん?」


「ありがとおっ!」


 リムが思いきり抱きついてきた。

 シイガの胸に頬をすり寄せ、回した腕に力を込める。


「優しいんだね、お兄ちゃん? えへへ……好きになっちゃう♡」


「はあ? なんでだよ。俺のこと、あんなに警戒してたじゃねえか。どこの馬の骨ともわからないとかなんとか言って――」


「言ったけど。シイガお兄ちゃん、優しいからさ。作る料理は美味しいし。馬の骨でも竜の骨でも、なんでも良くなっちゃった!」


「…………。あ、そう」


 チョロいなあ。心を開くのは大変だったが、一度開いたら落ちる速度がすさまじい。きゃっきゃとじゃれついてくるリムを、シイガが持て余していると、


「おい」


 仏頂面のルイーナが、ずんずん近寄ってくる。


「シイガ! 何をしている?」


 低い声音で問うルイーナに、リムが「あれあれあれえ~?」と絡んだ。


「魔王さま、さっきまで上機嫌だったのに、また不機嫌に戻ってませんか? さては、あたしの魔法が効いてなくって安心したけど、あたしがシイガお兄ちゃんを気に入ったから、ヤキモチ妬いて――」


「雷!」


「ひゃわああっ!?」


 リムが慌てて体を離し、魔王の手からほとばしった黒雷を避ける。シイガもギリギリ飛びすさって躱した。手を持ちあげたまま、ルイーナが凄む。


「あんまり我をイラ立たせるなよ?」


「ひいっ!」


 リムがシイガの背中に隠れた。


「ご、ごごごごごめんなさい、魔王さまっ! ちょっと調子に乗りすぎました、すいません! ちゃ、ちゃんとお返ししますから……」


「いらんっ!」


 背中を押してずいっと突き出されたシイガを、ルイーナが押し返す。


「……おいこら」


「我が求めているのは、シイガではない。デザートだ!」


 にらむシイガに憮然と告げ、ルイーナが腕組みをした。テーブルには、綺麗に平らげられたカレーの器が残されている。


「よもやリムのぶんだけ用意して、我のデザートを用意しておらんとは言わぬだろうなシイガよ?」


「ああ……」


 なんだ、そっちか――と苦笑して、空間魔法を行使した。

 氷魔法の冷気が満たされている異空間から作り置きのパフェを取り出し、ルイーナに手渡してやる。


「ほら。〈スライムと果物のパフェ〉だ」


「おおっ、素晴らしい!」


 ご所望のパフェを受け取り、ルイーナが目をキラキラさせた。リムが「あっ」と口を押さえる。


「いっけなーい! あたしも早くパフェ食べなきゃ、アイスが溶けちゃう……どいて、お兄ちゃんっ!」


「邪魔だぞシイガ!」


 リムとルイーナがシイガを突き飛ばし、テーブルに戻った。シイガのことなど忘れた様子で、パフェにありつきはじめる。


「「甘あああぁ――――い♡」」


 シイガは「お、お前らなあ……」とぼやきながらも、声をそろえて悦ぶ二人に、頬

をゆるめて呟くのだった。


「……はは。俺も、たいがいチョロいよな」


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