こいつはチョロい

「…………。なんだと?」


 急に態度を変えられて、ルイーナの表情が強張る。シイガの眉もピクンッと跳ねた。


 リムが頬に人差し指を押し当て「う~ん」とうめく。


「上の下、みたいな? あたし、料理は人間の街で何度か食べてみたことあるけど……正直これより美味しい料理、世界にいくらでもあるし? 魔王さまはまだあんまり経験ないから、べた褒めしてるだけだと思うなあ。シイガお兄ちゃんの料理が特別美味しいわけじゃなくって、魔王さまの舌がチョロいんですよ~」


「リムっ! 貴様――」


「まあ、確かにな」


 ルイーナが猛る一方、シイガはあっさり首肯した。


「こいつはチョロい」


「……殺すぞ」


 ルイーナの髪が逆立ち、黒い紫電がバチバチ爆ぜる。だが威嚇だとわかっているので構わず、落ち着き払って先を続けた。


「俺の料理が特別美味いわけではないのかもしれねえし、俺の料理より美味い料理も、世界にゃたくさんあるかもしれねえ。けど――」


 正面からリムを見据えて、シイガは告げる。空間魔法を行使するのと同時、虚空へと手を突っ込んだ。


「俺にも、料理人の……師匠の弟子としての意地がある。このまま素直に『はい、そ

うですね』なんて、引き下がると思うなよ?」


「……っ!? 魔王さまっ!」


 リムが血相を変え、主をかばおうとする。だが、遅い。


 リムが椅子から立ちあがったとき、シイガは既に異空間から取り出した『切り札』を鼻先に突きつけていた。


 カレーを煮込んでいる間、こっそり仕込んでおいたその秘密兵器は――


「『デザート』だ」

                 ◆ ◆ ◆


 シイガが実力行使に及び、武器を引きずり出すとでも思っていたのか。リムが大きな目をまたたかせ、呆然とする。


「……へ? で……でざあ、と……?」


「食後のお口直しだよ。これは〈スライムと果物のパフェ〉――砂糖で甘く味つけしたスライムと、惑いの森で獲れたフルーツを贅沢に使用した逸品だ」


 花瓶のようなグラスにはブルースライムやグリーンスライム、色とりどりのスライムゼリーとフルーツジャムが何層にも積み重ねられ、美しいグラデーションを生み出していた。そして何より圧巻なのは、その頂上だ。


 生クリームにアイスクリーム、カットフルーツに小麦の焼き菓子……。それらが器の縁からあふれんばかりに盛りつけられている様は、まさしく花のようだった。


「き、綺麗……」


 リムが見惚れる。しかしすぐさま我に返って首を振り、シイガをにらみつけてきた。


「だ、騙されないよ!? こんなのどうせ、見かけ倒しに決まってるんだもんっ!」


「見かけ倒しかそうじゃねえかは、食ってみりゃわかる。まさか逃げたりしねえよな?これは真剣勝負だぜ」


 シイガはパフェ専用の長細いスプーンを、まるで剣のように差し出す。


「……ふふ」


 リムの口から笑いがこぼれ、瞳に闘志の光が宿った。


「上等じゃん。受けて立ってあげるよ。負けないからね、お兄ちゃん……落とせるものなら、落としてみなよ?」


 シイガの手からふんだくったスプーンを、リムがパフェの頂上にずぶっと突き刺す。

黄色いフルーツソースがかかったバニラアイスと生クリームが抉り取られ、スプーンに小さな山を作った。


 大口を開け、挑みかかるように頬張る。瞬間、


「ひゃふうっ♡」


 リムがあえいだ。慌てて口を押さえると、表情を隠すようにうつむき、体をぷるぷる震わせた。


「な、何これ……冷た……す、すっごく……甘いよお……っ!」


 もだえるリムに、シイガは笑う。


「スイーツだからな。けど、パフェの美味さはそんなもんじゃねえ。次は、もうちょい深くスプーンを突き刺してみな? 層になってる部分をすくう感じで」


「う、うるさい! あたしに命令――」


「もっと甘いぞ?」


「……っ!?」


 リムがぎゅっとスプーンを握った。イラ立つようにパフェをぶっ刺し、層を破ると、グラスの底から青いスライムゼリーが掘り起こされる。


 手の震えに合わせてふるふると揺れるゼリーは、スライムの『核』を取り除いてから砂糖や果汁を混ぜてすり潰し、核を戻すことで再生。体内に材料を取り込ませた上で、再び核を除いたものだ。


 ポイントはスライムが液状になるまでよくすり潰すこと。それにより――


「ふああああ♡ プルンプルンのスライムが、舌の上で溶けた瞬間ジュワッと広がって……ううう。とろけるような食感だよお」


「ふふふ。だろ?」


 砂糖と果汁をまんべんなく体に取り込んだスライムは甘く、噛めばジュースのような甘い体液があふれ出す。極上の果物ゼリーだ。


「ちなみに今お前が食べた青いゼリーと緑のゼリーでは、混ぜ込んである果汁が違う。青は甘いが、緑は甘酸っぱい感じだ。ブルースライムとグリーンスライムじゃ口当たりや食感も少し違うし、生クリームやアイスと合わせて色んな味が楽しめる。気に入ったんなら、好きなだけ食え」


「き、気に入って……ないっ!」


 リムがゆっくり顔をあげ、三白眼を向けてきた。その瞳には、未だ消えることのない敵意の炎が燃えている。


「気に入ってなんか、いないもん! ただ、ちょっと……さっきの料理で舌がピリピリしてたから、甘いのが気持ち良くって……だからっ――」


「そうか。じゃあ、もういらねえな?」


 食べかけのパフェを取りあげてやったら、リムが「えっ」とこの世の終わりみたいな顔をした。


「い、いらないなんて言ってないじゃんっ!」


 シイガはパフェを取り返そうと伸ばされたリムの手を、ひょいっと避ける。


「気に入らないとは言ったよな? つまり『いらねえ』ってことだろ」


「うう。そ、それは……」


 リムが目を伏せた。悔しげに唇を噛む。ややあって、


「……わかったよ」


 深くうつむいたまま、リムがぽつりと呟いた。


「認める。そのパフェは……シイガお兄ちゃんの作る料理は、確かに美味しい。パフェだけじゃなくてカレーも、昨日のお料理も……ほんとはすごく美味しかったし、もっとたくさん食べたいなって思ってたんだ。意地張って、嘘ついてたけどさ?」


「!? まじか」


 いきなり素直になったな。


 シイガが拍子抜けしていると、リムはあきらめたように微笑って、上目遣いにシイガを見つめる。


「うん。だからね、シイガお兄ちゃん――」


 ピンク色の目が光り輝き、虹彩に術式のような紋様が浮かんだ。


「あたしのものになってほしいの♡」


「あ?」


 それは、今朝の夢で目にした魔法らしきもの。シイガの背筋に悪寒が走る。

 事態を静観していたルイーナが、立ちあがって声を荒げた。


「リムっ! 貴様、シイガに〈リリムアイズ〉を――」


「はい。使いましたよ」


 ルイーナの怒気に怯むことなく、リムがにたりと妖艶に笑む。


「魔王さまを守るためです」


「我を、守る……だと? 何からだ?」


「この人間からです」


 シイガのことを指さすリムに、ルイーナが眉をひそめた。


「シイガから? ふんっ……バカを言え。こやつの首には、とびきり強い隷呪を刻んであるのだぞ。万が一――否、億が一にも我の脅威になることはない!」


「……だといいんですけど」


 ルイーナから目を逸らし、リムがぼそっと吐き捨てる。


「魔王さま、シイガお兄ちゃんのこと気に入りすぎなんですよ。なんかもう、既に胃袋つかまれちゃってるし。このまま、心までつかまれちゃったら……」


「おい。何をぼそぼそ言っている?」


「念には念を入れた方がいいって言ってるんです!」


 リムがわめいた。シイガを指さしたまま、腕を上下にぶんぶんと振る。


「どこの馬の骨ともわからない人間を、本拠地に入れるだなんて……どうかしてます! 不用心ですっ! だから魔法をかけたんですよ。リムの従属魔法にかかれば、どんな雄もイチコロですからね♡ なんでも言うこと聞いてくれるし、あたしのために動いてくれるようになります」


「ほう? だからシイガを貴様のものにして、奴の料理を独り占めしようというのか。ふふ……いい度胸だなあ、リム?」


 ルイーナの体から殺意があふれ、黒雷が爆ぜた。リムが慌てる。


「えっ!? ち、ちちちち違いますってば! 別に、料理は独り占めしたりしませんっ! ちゃんと魔王さまにも作らせますから……」


「料理『は』?」


 ルイーナが目を細め、訊いた。リムが「え?」と首を傾げる。


「何か問題あります?」


「あるに決まっておろうが!? シイガは我の――」


「魔王さまのお気に入りは『料理』ですよね? シイガお兄ちゃん自体じゃありませんよね?」


「……ぬ。そ、それは……そうだが」


 口ごもるルイーナに、リムが意地悪くニマニマとした。


「なら、問題ありませんよね?」


「…………。むう」


 尋ねられると、ルイーナは沈黙。リムが「やった!」とガッツポーズする。


「――ってことで、シイガお兄ちゃん。〈リムちゃん好き好き大好きまじ愛してる隊〉への入隊、おめでとうございます♡ できればこんな従属魔法に頼らず、今朝の夢――〈リリムドリーム〉みたいな誘惑魔法で、落としてあげたかったんだけどさあ。意外に手強かったから、あたしも仕方なく『切り札』使っちゃいました~。ごめんね?」


「あ? ああ……そう、なのか……?」


 戸惑うシイガに、リムが笑った。


「あはは、うん。もうメロメロのお兄ちゃんには、よくわかんないかもしれないけどさ……とりあえず、パフェ返してくれる?」


「ほい」


「ありがとっ!」


 パフェをもらうや食事再開。青と緑のスライムゼリーをいっぺんに食べ、リムが幸

せそうにほっぺを押さえる。


「甘あああぁ――――い♡」


「美味いか?」


「うん、美味しいよお兄ちゃん! 今まで食べた料理の中で、一番美味しいっ!」


「そいつは良かった」


 シイガに魔法を使ったことで、意地を張るのをやめたのか。屈託のない笑顔で答え、パフェを食べ進めるリムに、シイガは口端を吊りあげた。


「なら、勝負は俺の勝ちだな」

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