絶対にまた、会えますように……

〈惑いの森〉に入り込んで数刻。デスゲイズ・コカトリスを打ち倒した場所から歩くとすぐに緑が途切れ、森の出口に辿り着いた。


 シイガは「うーん」と伸びをして、外の空気を胸いっぱいに吸い込む。


「いやあ、お前のおかげで助かったよ、グレイス……ありがとな」


「いえ。わたしの方こそ、ありがとうございました。デスゲイズ・コカトリスの唐揚げ……すっごく美味しかったです」


「それ、最高の褒め言葉だわ」


 まぶしい笑顔で言うグレイスに、シイガは鼻の下を掻いた。


 八個作ったコカトリスの唐揚げはシイガとグレイスで四個ずつ、塩むすびも一個ずつ食べたから、お互いすっかり満腹である。


 重たく張った腹を撫で、シイガが空を仰いでいると――


「また食べたいな……」


 背後から、ぽつりと呟く声が聞こえた。シイガが振り返ってみれば、グレイスはどこか思い詰めた様子で、深々とうつむいている。


「……グレイス?」


「シ、シイガさんっ! あのっ……」


 グレイスが面を跳ねあげ、瑠璃色の真剣な瞳でシイガを見つめた。


「そ、その……さ、差し支えなければ……わっ、わた……わわ、わたしとっ……」


「ん?」


 中途半端に言葉をつっかえさせたグレイスが、みるみる赤くなっていく。


「……あ、やっぱりいいです。な、なんでもないです……すみません」


 口にしかけた言葉を呑み込み、グレイスがまたうつむいた。

 シイガは「なんだそりゃ」と微笑って、話を変える。


「グレイスは、次どこ行くの?」


「えっ?」


「目的地だよ。ほら、道が二つに分かれてるだろ。右か、左か……グレイスはどっちの道を行くんだ?」


「あ……は、はいっ! ええっと、わたしは西へ行くので……右ですね」


「そうか。じゃあ、ここでお別れだな」


 言って、左の道に歩を進めた。グレイスが「ぁ……」と名残惜しそうにする。

 シイガは最後に足を止めると、振り返り、


「またごちそうしてやるよ」


「へ?」


「今度会ったら、唐揚げより美味いもん食べさせてやる。約束だ」


「シ、シイガさん……」


 グレイスが目を丸くした。惚けるようなその表情がほころんでいき、見惚れるような笑顔に変わる。


「はいっ、ありがとうございます! 楽しみにしてますね?」


「ああ。俺もだ」


「あ、あのっ! そ、それと、これ――」


 グレイスが小走りに近づいてきた。スカートのポケットから青い魔石の魔道具を取り出すと、シイガに手渡してくる。


「お守りです。受け取ってください!」


「……いいのか?」


「はい。美味しいごはんのお礼です」


「いや、あれはグレイスが俺を助けてくれた礼だし……」


「いいんですっ! なんなら、返してくれても構いませんから。また、どこかでお会いしたときに」


 押しつけるようにして魔石を握らせ、グレイスが頬を赤らめた。


「……お、おまじないです。絶対にまた、会えますように……あなたの旅路に、不幸がありませんようにっていう」


「グレイス……おう。ありがとな」


 告げられたひたむきな想いにシイガは破顔し、そのお守りアミュレットを預かる。グレイスもホッとするように微笑った。


「はい。では、シイガさん……お元気で」


「ああ。グレイスも達者でな」


 エプロンのポケットに魔石をしまい、グレイスに別れを告げると、シイガは独り歩きはじめる。しばし無言で足を動かした。


「……はあ。もうちょい、一緒に旅したかったなあ」


 森から充分離れたところで、ぼそりとこぼす。

 本音を言えば、グレイスには今夜辺りにでも『唐揚げより美味いもん』を作って食べさせてやり、驚かせてみたかった。だが――


「おい」


 シイガの背中に声がかけられる。冷たくふてぶてしいその女性の声に、シイガの歩みがピタリと止まった。ドクンッと鼓動が跳ねたのは恐怖か、別の感情ゆえか。


「どこへ行く? 良い食材は、獲れたのだろうな」


「ルイーナ……」


 いつの間に現れたのか。振り向くと、漆黒のワンピースドレスを身にまとった女性が腕組みをして悠然と立ち、シイガを見つめ返してきている。


「ふふふ。どうした? 驚いた顔をしよって。逃げられるとでも思っていたのか」


「……思ってねえよ」


 少し期待はしていたが。そんなにうまくはいかないだろう、と感じてもいた。だからシイガはグレイスと別れ、彼女を巻き込まないようにしたのだ。

 嗤うルイーナに笑い返して、シイガは軽口を叩く。


「格好が痴女じゃないままだったから、ビビっただけだ」


「……ふむ。きつい仕置きが必要みたいだな」


「よ、よく似合ってると思うぜ?」


「ぬ――」


 苦し紛れに褒めてやったら、ルイーナがシイガに向けていた手の平を下げ、目をしばたいた。尚『似合っている』というのは一応、本音だ。


 普通の衣服を身にまとうことで、スタイルの良さがより際立って見えている。胸元を窮屈そうに押しあげているバストや対照的に細いウエスト、スカートから伸びる脚は全てを晒していないからこそ、逆に想像力を掻き立てられる気がした。


 シイガがまじまじ眺めていたら、ルイーナが髪を撫でつけ、視線を逸らす。


「ま、まあ良いだろう。ふんっ……森を抜けられたのは予想外だが、どうということはない。隷属魔法が発動している限り、貴様の居場所は筒抜けだからな。どこへ行こうと追いかけ、連れ戻すまで」


「ひでえ魔法だ……」


 やはり別れて正解だった。今シイガの胸を満たす安堵は、グレイスをこの暴虐魔王と会わせず済んだからであり――


「それで? 良い食材は獲れたのか、シイガよ」


「……ああ。おかげさまでな」


「ならば良い。早く帰って料理を作るのだ。我は待ちくたびれておる!」


 ルイーナが近づいてきて、シイガのエプロンをつかむ。


「はあ? 誰のせいだよ。どっかの魔王が邪魔しまくってきた挙句、機嫌損ねて勝手に帰っちまったんだろうが。じゃなきゃ、とっくに……」


「やかましいっ! 口答えをするな。黙って、美味い料理を食わせろ」


「へいへい」


 横暴なご主人さまに、シイガは嘆息。自らの境遇を仕方なく受け入れた。


 ――そう、仕方なく。


 別にルイーナとの再会を喜んじゃいないし、奴にまた料理を食べさせてやれることを嬉しくなんか思っていないし、安堵もしてない。するわけがない。


 だからシイガは大仰に肩をすくめて、


「作ってやるよ、魔王さま。そいつが俺のお仕事だからな」


 ことさら面倒臭そうに吐き捨てるのだった。

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