お、おいひい……
「どうぞ一人で食べてください。ごはんなら、わたしもちゃんと持ってますから。冷めても美味しい、塩むすびです!」
「米か。いいなあ」
「ふふ、いいでしょう? おかずだってあるんです。魔物ではなく牛のお肉を使った、食べ応えのある干し肉がっ!」
「……へえ。そいつは良かったな」
自慢してくるグレイスをあしらい、シイガは料理の作業に戻った。
肉を再び油に落とし、揚げていく。先ほどより高温になった油は、ジュワアアアッと激しい音を立て、沸騰するように泡立った。
「よし」
揚げすぎないよう、すぐに取り出す。油を切って皿に盛りつけ、八等分したレモンを添えれば――
「完成したぞ。師匠直伝〈デスゲイズ・コカトリスの唐揚げ〉だ」
◆ ◆ ◆
「んぎぎぎ……っ!」
「グレイス」
シイガは干し肉を噛み千切ろうと悪戦苦闘しているグレイスに、出来あがった料理を差し出してやる。
「そんなおかずじゃ合わないだろう? 食えよ」
「……いりません」
「揚げたてのアツアツだぞ~」
「い、いりませんっ……」
「冷たく硬い保存食じゃなく、温かくて柔らかい――」
「だから! わたしは、いりませんって……」
言葉をさえぎり、面をあげたところで、固まるグレイス。その視線はシイガの手元、コカトリスの唐揚げに注がれていた。
歯型のついた干し肉が、グレイスの手からぽろりと地面に落ちる。
「ぅ……」
黒い陶器の皿にこんもりと盛られた、出来たてほやほやの唐揚げ。狐色の衣に包まれた鶏もも肉は大振りで、一つ一つが大人の拳ほどもあった。
それが、全部でたっぷり八個。余分な油を吸い取る白い敷き紙の上、山のようにうず高く積みあげられている。付け合わせの野菜などはなく添えられているのはレモンだけだが、それは自信があるからだ。
この唐揚げに余計なものはいらない、と。
「……たらあ」
ぽかんと開いたグレイスの口端から、よだれが一筋こぼれ落ち、顎を伝った。それに気づいたグレイスが「ひゃあっ!?」と慌てて口元をぬぐうも、
――ぐるるっ、ぐきゅるるるるっ、ぎゅおおおおおおおおおんっ!
「あひいっ!?」
次の瞬間、腹の虫が絶叫。グレイスは頭から湯気を噴きあげんばかりに顔を赤くし、うなだれる。
「はははっ! 体は正直だなあ、グレイス? 我慢すんなよ。冷めちまうぞ」
「うう。してません……」
「ほんとに?」
「しっ、してませんったら! 魔物の肉を食べたいなんて、そんなこと……わたしは、ちっとも……思って、なんかあ……っ!」
「あ、そう。そんじゃあ、先にいただいちまうわ」
言うなり唐揚げに刺さっている木串を取り、口へ運んだ。
大口を開け、かぶりつく。
カリッと揚がった分厚い衣を前歯が突き破った瞬間、熱々の肉汁がジュワッと一気にあふれ出し、ボタボタと滴った。
「はふっ!?」
暴力的なほどジューシーだ。それでいて肉自体は淡泊であっさりしており、まったくクドさを感じない。肉質はやや硬めだが、そのぶん弾力に富んでいて、噛めば噛むほど肉の旨味と奥深いタレの風味がにじみ出す。
ザクザクとした衣の食感もいい。粉をまぶして揚げるだけにしようか迷ったが、卵を混ぜて正解だった。どっしりとしたもも肉の存在感に、分厚い衣が負けてない。
三口で、あっという間に平らげてしまった。
「美味えっ! これなら何個でも――」
すぐさま二個目に木串を刺したところで、シイガは気づく。
「…………だらあ」
口を半開きにしたグレイスがこちらを凝視し、硬直していることに。
シイガは笑って皿を差し出し、訊いた。
「食う?」
「!? いっ、いりま……」
答えかけたとき、またもやぐうううっと腹の虫が鳴る。グレイスがごくりと唾を呑み込んだ。
「……す……」
消え入りそうな声で続けて、木串をつまむグレイス。
「い……いただき、ますっ!」
コカトリスの唐揚げを持ちあげると、目を閉じ、決死の覚悟でかじりつく。
狐色の分厚い衣がサクッと軽い音を立てて割れ、肉の脂とタレが織り成す熱い肉汁がグレイスの舌を襲った。
「……っ!?」
衣と肉汁。怒濤の同時攻撃に、強張っていた表情がゆるみ、とろける。
「お、おいひい……」
一口目を頬張ったまま、グレイスが目を見開いた。
その顔に浮かんでいるのは驚愕、困惑、そして恍惚。木串を持った右手をぶるぶるとわななかせ、グレイスは改めて唐揚げを見る。
「なっ、なななななんですか、これ……魔物の肉が、こんな……こ、こんなに美味しいはずありませんっ! プリプリしてて、ジューシーで……」
グレイスの歯で噛み千切られた唐揚げは断面から透明な肉汁をあふれさせ、ポタポタ滴らせていた。その肉汁は、肉にフォークで穴を開けることにより染み込んだタレと、鶏の脂が混ざり合っている濃厚な旨味のスープだ。
噛むたびジュワッとあふれ出し、口全体に染み渡る。
「はぐっ!」
我慢しきれず、二口目。そこからはノンストップだった。夢中になってかぶりつき、揚げたての唐揚げをハフハフと頬張っていく。
「……はああ♡」
至福の溜め息がこぼれた。宙を見つめて放心し、ぼんやりと言う。
「とっても、美味しかったです……コクがあるのにさっぱりしてて、大振りなのに大味じゃなくて。脂が重たくないからなのか、ペロリと食べられちゃいました……ほのかに香る黄金草がさわやかですよね。衣もすごい美味しくて……はあ。一個だけでは物足りません。何個でも、何十個でも、食べ続けていたいですっ!」
「ふふっ、そうだろそうだろ」
期待以上の好反応に、ニヤニヤ笑いが止まらない。
「どんどん食えよ? まだまだ、たくさんあるからな!」
「はいっ、ありがとうございます!」
弾けるような笑みを浮かべて、二個目の唐揚げに取りかかるグレイス。
女だからと変に気取ったりせず、パクパクと食べ進めていく様子は、小気味が良くて気持ちいい。
その食べっぷりを見るシイガの脳裏に、ある女の姿が浮かんだ。
「ルイーナ……」
シイガの口から、名前が漏れる。
二個目の唐揚げを胃に収めたグレイスが、三個目に手を伸ばしつつ「はい?」と怪訝そうにした。
「今、なんと?」
「え? ああ、いや……」
シイガは目を泳がせてから、誤魔化すように提案する。
「あれだ、グレイス。そろそろレモンをかけてみるのはどうだ? 果汁の酸味で、よりさっぱりと食べられるんじゃねえかと思うぞ」
「ん。レモンを、ですか? どれどれ……ふああ、おいひいいい♡ シイガさんの言う通りです! レモンの酸味とお肉の甘い脂が、相性抜群で……ん~~~~っ!」
「ははは。だろ?」
もだえるグレイスを満足げに眺め、シイガは思い出していた。
生まれて初めて食べる料理を『美味い』『美味しい』『素晴らしい』と称賛し、無邪気に悦んでくれていた魔王のことを。
あの食いっぷりがもう見られないと思うと、胸に切ない痛みが走った。
残念だな、と。もっと色んな料理を味わわせてやりたかった、と。例えばこの唐揚げを食わせてやったら、あいつは一体どんな風に――
「はっ!?」
我に返った。
(いやいやいやいや! 何考えてんだ、俺っ! まるで魔王のところに戻りたがってるみてえな……ははっ、あり得ねえだろ)
「あの」
シイガが自嘲していると。三個目の唐揚げを平らげたグレイスが、二個ある塩むすびの一つを遠慮がちに勧めてくれる。
「良かったら、これ……どうぞ。唐揚げによく合いますよ?」
「……おう。ありがたく、いただかせてもらうわ」
魔王のことで心乱されていたシイガは、グレイスの清らかな優しさに癒され、弛緩。気を取り直し、一時の平穏を楽しんだのだった。
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