ほ、本気で食べるんですか?

「腹減ってんの?」


「へ、減ってないです」


「えっ。減ってないのか? すげえ腹の虫鳴ってたけど……」


「な、なななな鳴っていませんっ!」


 ――ぐきゅるるるるるるっ! 否定したそばからまた腹が鳴り、グレイスがビクンッと体を跳ねさせる。耳まで赤くなっていた。


「鳴ってんじゃん……待ってろ。今、美味いもん作ってやるから」


 シイガは竜切り包丁を異空間にしまうと、デスゲイズ・コカトリスの屍体に近づき、重力魔法を行使。空中高く吊るしあげ、グレイスが刎ねた首から血を抜くと、慣れた手つきで毛をむしり、獲物を丸裸にしていく。残った産毛を火魔法で焼き払っていたら、グレイスがアタフタと駆け寄ってきた。


「えええ!? ちょっ……な、なななな何してるんです、シイガさん――ひっ!?」


「解体してんだよ」


 尻から牛刀を入れ、内臓を出す。グレイスが口を覆った。


「バ、バラしてるって……あなた、まさか……まさか、魔物を……?」


「おう。食べるんだ」


「お゛え゛え゛えっ!」


「……吐くなよ。たぶん美味いぞ」


「た、たぶんって……」


「俺が前コカトリスを食ったときは、普通に美味かった。こいつはその上位種だろう? なら、美味いはず。魔物は強ければ強いほど、肉の旨味が増すからな!」


「うげ゛え゛え゛えっ!」


「吐くなって」


 保存用の容器に取り除いた内臓を入れ、選り分けながら苦笑する。


「見た目はグロテスクでも、食べると意外に美味いもんってあるじゃん? タコとか、シャコとか、エスカルゴとか、カエルとか」


「魔物は無理ですっ!」


「なんで?」


「な、なんでって……グ、グロテスクじゃないですか。体にも悪そうですし」


「いや、ちゃんと選べば大丈夫だぞ? 例えばコカトリスだったら、尻尾の蛇には毒があるから食べらんねえけど、他は食えるし美味いんだ。ほら、見てみろよ。こうやって処理しちまえば、ちょっとでっけえただの鶏だろ」


「…………。まあ、確かに鶏の丸焼きそのまんまですね」


 宙に浮かんだコカトリスの肉をにらんで、グレイスが顔をしかめた。ブツブツとした白い皮に包まれている鶏肉は、牛二頭分くらいの大きさがある。


「けどやはり、魔物の肉を口にするというのは……」


「抵抗あるか?」


「あるに決まっているでしょう!」


 グレイスが声を荒らげ、わなわなと震えた。


「魔物ですよ、魔物!? 魔族と同じ、かつて魔界から来た存在だと言われる悪しきモノども。そんな魔物を食べるだなんて……正気の沙汰じゃありません! 鶏が食べたいのなら、鶏を食べればいいじゃないですか。なんでわざわざ、こんなゲテモノ……」


「合理的だからだよ」


 調理台を用意し、特大サイズのまな板にコカトリスの肉を置く。巨大な肉のかたまりを部位ごとに切り分けていきながら、


「このご時世、家畜の肉を手に入れるには金がいるだろ? だけど魔物は、倒せば金が手に入る。タダで食材が手に入るどころか、金までもらえちまうんだからよ。冒険者をやってるんなら、そっちの方が断然お得だぞ?」


「お、お得ですけど……そんな節約したくないです。魔物を食べる冒険者なんて、見たことも聞いたこともないですよ!? あなたがはじめたんですか?」


「いや、師匠に教わった」


「……師匠?」


「ああ。七年前、野垂れ死にかけてた俺を拾って、育ててくれた恩人さ」


 シイガは、両親の顔を知らない。幼い頃から街の路地裏で暮らし、日々生きることで精いっぱいだった。師匠に弟子入りしなければ、とっくに死んでいただろう。

 まあ、むしろその後の『修行』で、しょっちゅう死にかけていた気もするが――


「そのとき食わせてもらったものが、魔物の料理だったんだ。俺は師匠に料理や体術、生きるためのすべを教わり、叩き込まれた。今はようやく独り立ちして、自分の腕を磨く修行の真っ最中だな」


「そ、そうなんですね……」


 シイガに身寄りがないことを知り、グレイスが気遣わしげな表情を浮かべる。シイガは肉をさばきつつ、穏やかに微笑った。


「ああ。つまりさ、魔物料理は俺の『原点』なんだよ」


「はあ」


「だから、必ず美味いと思わせてやる。ほら、見ろよこの艶。すげえ綺麗なピンク色!身がしまってて脂も程良い、最上級の鶏ももだ」


「はは……」


 グレイスが一歩退く。シイガは手元に視線を戻し、解説しながら作業を進めた。


「このもも肉を、皮付きのまま一口大に切っていく」


「……………………」


「切り終わったらタレを作るぞ。しょうゆと酒に、すりおろしたショウガとニンニクを加え、最後に――おい、グレイス!」


「はひっ!? な、なななななんでしょう!?」


 シイガの元から離れかけていたグレイスが、ビクッとなって動きを止める。シイガはタレを混ぜながら尋ねた。


「あのさ。黄金草、持ってない?」


「も、持ってますけど……」


「何束かくれ」


「えっ。どこか、石化してるんですか!?」


 黄金草は黄みがかったニラのような植物で、石化によく効く薬草だ。急いで準備し、手渡してくるグレイスに、シイガは「いや」と首を振る。


「食材として使うんだ」


 分けてもらった黄金草を、菜切り包丁で小口切りにし、細かく刻んだ。それをタレにぶち込んでから、


「石化の力を持ってるせいなのか、コカトリスの肉は結構硬くてな。そのまんまでも、食べられなくはないんだが……こんな風に刻んだ黄金草を擦り込んでやると、ちょうどいい柔らかさになるんだよ」


 フォークで穴だらけにしたもも肉を、タレが入ったボウルの中に漬け、素手でぎゅ

っぎゅっと混ぜながら揉む。

 シイガの手元をのぞき込み、グレイスが「へえ」と指を咥えた。


「黄金草にそんな活用法が……普通のお肉に使っても、柔らかくなるんですか?」


「多少はな。それに黄金草は薬草だから、臭みを消す効果があったりもする。本当ならタレに漬け込んだまま、半日くらい寝かせときたいんだが……今日は時間がねえから、軽く馴染ますだけにしとくぜ」


 タレに漬けた肉を放置し、シイガはいったん調理台を離れる。


 穴を掘り、森で集めた木の枝や薪、石を並べて〈ファイヤーボール〉で着火し、焚き火を作った。金剛鉄の丸底鍋に油を注いで温める。


「あ、あのお……」


 ボウルの中に鶏卵を入れ混ぜてから、片栗粉と薄力粉をまぶして肉に絡めていると、グレイスがおずおずと問いかけてきた。


「ほ、本気で食べるんですか?」


「食べる」


「すごい勇気ですねえ……」


「そうか? そうでもねえぞ。一度食ったら病みつきになる」


「……はあ。そ、そうなんですね?」


「おう。安心して腹空かせとけ」


「は、はい……って、はいい!? わっ、わたしも!? た、たたたた食べるんですか!?」


「もちろん」


 驚き、自分の顔を指さすグレイスに、シイガは即答。にやりと笑った。


「食べさせてやる。迷子の俺を助けてくれたお礼だ」


「いっ、いいです! 結構ですうううっ!」


「まあまあ、心配すんなって。怖いのは最初だけだから」


「い、いや……」


 後ずさるグレイス。シイガは左手にコカトリスの肉が入ったボウルを、右手に菜箸を持ち、笑顔で近づいていく。黄色い粘液に覆われている魔物の肉を箸で取りあげ、


「いやああああああ!?」


 ――ぽちゃんっ、と。油を張った鍋の中へ落とした。ジュワジュワとさわやかな音が鳴る。適温だ。


「び、びっくりしました。それを、無理やり口にねじ込まれるんじゃないかと……」


「んなわけあるか」


 シイガは苦笑し、大振りな鶏もも肉を次々油の中へ投入していった。油がパチパチと爆ぜ、細かい泡がいくつも生まれる。


 肉に絡められている液体が、薄いレモン色から淡い黄金色に変わっていった。


 ――ぐううううううっ……。


「へあ!?」


「お。また腹が鳴ったな」


「な、なななな鳴ってないですっ!」


「美味そうだろう?」


 ニヤニヤ笑って尋ねるシイガに、グレイスが唇を噛む。親の仇でも見るような目で、油に浮かぶもも肉たちをにらみつけながら、


「騙されてはいけません、グレイス! あれは魔物です、魔物の肉ですっ! あなたが倒した恐ろしい魔物の……」


 などとブツブツ呟いているグレイスの眼前で、シイガは油から肉を取り出していき、網が敷かれた金属製のトレーに移した。


「あれ? あげるの、早くないですか。火通ってませんよね?」


「まあ、この時点じゃな。これから、余熱でじっくり火を通す。肉をいったん休ませてから、二度揚げするのさ。そうすることで肉と衣の余分な水分が飛び、外はカリッと、中はジューシーな仕上がりになる」


「なるほど。美味しそうですね……」


「ん? 今『美味しそう』って言った?」


「い、言っていませんっ! 誰が、魔物の肉なんて――」


「美味いぞ?」


 トレーをずいっと近づけられたグレイスが、息を呑む。未完成ながら美しい黄金色に揚がったもも肉を凝視し、体をぷるぷる震わせた。


「あ、ああ……お……おおお、お……」


「お?」


「お、美味しそう……なんて、全然思ってないんですからあああっ!」


 真っ赤な顔で叫ぶや否や身をひるがえし、グレイスは鍋の前から撤退。離れた位置にある木の根本に座り込み、革袋の中を探りはじめる。


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